第27話 何かあった証拠はありません
「なぜそんなことを聞くんだ?」
「だって、こないだ森の中で男たちに襲われたでしょ?でもギオンはなんか襲われても驚いてなかったし。それに噂でロイバルト王子と仲が悪いみたいなのも聞いたし」
ギオンは私の顔を見ながら言う。
「まあ、ミアは俺の正体を知ってるから話してもいいかもしれないな……。確かに俺を襲った連中はロイバルトの手の者だ」
「それでロイバルト王子がギオンを狙うのはギオンを王太子にしないためなの?」
「そうだな。俺は別に王太子になりたいなんて言ってはいないが周囲の連中が俺を王太子にしたがっているのは事実だ」
「それってルクセル竜王もギオンを王太子にしたがっているの?」
私は王宮で見たルクセル竜王のことを思い出す。
少なくともルクセル竜王はギオンが王太子になることを望んでいない。
そのことにギオンは気付いているのかな。
「あの男は俺のことを嫌っている。昔からな」
「え?ルクセル竜王はギオンを嫌っているの?」
「ああ。俺がじいさんに気に入られていたのが気に食わなかったようだ。噂ではルクセル竜王が俺を王太子にしたがっていると言われてるが俺はそうは思わん」
ギオンは渋い顔になる。
そうか。ギオンは少なくともルクセル竜王がギオンを王太子に望んでいないことを知っているのね。
「なぜそう思うの?」
「……ルクセル竜王が本当に俺を王太子にしたいならさっさと俺を王太子に指名すればいいだけだ。俺はもう大人だから王太子の指名を受けられるからな」
「王太子って竜王が指名するモノなの?」
「そうだ。普通は王子たちの中で成人していればその者を王太子に指名できる。だがルクセル竜王は実際には王太子を誰にするかを先延ばしにしている」
「ギオンが王太子になるのを断ったわけじゃないの?」
「いいや。確かに俺自身は王太子になることに興味はないが今まで一度もルクセル竜王に「王太子になれ」なんて言われたことがない」
そうなのか。じゃあ、確かにルクセル竜王がギオンを王太子にしたいと思っていないとギオンが思うのは当たり前ね。
でもそれじゃあ、なんでギオンを王太子に望んでいるなんて噂が流れたのかしら?
「じゃあ、なんでルクセル竜王がギオンを王太子にしたがっているなんて噂が流れているの?」
「それは俺にもよく分からん。確かに一部の臣下の中には俺を次代の竜王にと考える奴らはいるが……ルクセル竜王が王太子に俺を望んでいるという噂が流れたのは不思議だと俺も思ってる」
「ふ~ん、そうなんだ」
もしかしてルクセル竜王がなんらかの意図でそういう噂を流したかもしれない。
そしてその噂を聞いたロイバルト王子がギオンを殺そうと思っても不思議ではない。
「その噂を聞いたロイバルト王子がギオンの命を狙っているの?」
「たぶん、そうだろうな。ロイバルトは単純な馬鹿だからな」
単純な馬鹿って、そこまでハッキリ言ってしまうとロイバルト王子がなんか哀れね。
「ギオンはおじいさんの先代竜王になぜ気に入られていたの?」
「よくは分からんが……たぶん、俺がレッドドラゴン種だからじゃないか?」
「でもルクセル竜王もレッドドラゴン種だよね?ルクセル竜王は先代竜王とは違って同じレッドドラゴン種のギオンを嫌っているということ?」
「……まあ、そうだな」
ギオンは歯切れの悪い言い方をする。
「先代竜王って病死したのよね?」
私はギオンが「先代竜王が殺された」となぜ思っているのかの探りを入れてみる。
「……シャナールに何か聞いたのか?」
ギオンの声は若干低くなる。
私はドキリとしながらも答える。
「マクシオン商会のシャナールがギオンから依頼を受けたことは知っているけど内容は聞いてないの。でもギオンが抱えているトラブルって王太子の件かと思って。ルクセル竜王は先代竜王にギオンが気に入られていたのが気に食わなかったようだってさっきギオンは言ってたでしょ?」
「ああ、そうだな」
「だったらルクセル竜王は先代竜王にもあまりいい感情を持っていなかった気がするから、もしかして先代竜王とルクセル竜王の間に「何か」あったのかと思ったの」
私は敢えてルクセル竜王が先代竜王を殺したのではとは聞かなかった。
だがギオンは私の言葉の意味を理解したようだ。
「確かに、「何か」あったとしても不思議ではないが「何か」あったという「証拠」はない」
そうか。ギオンもルクセル竜王のことが怪しいとは思っているのね。でもその証拠はない。
「俺はじいさんは病死ではないと思っている」
「え?」
「……じいさんはある日突然倒れたんだ。それまで何の体調不良の兆候はなかった。だから「もしかして」ってことがあったんじゃないかと思っているんだ」
ギオンは言葉を濁したがその「もしかして」は「殺されたかも」って意味に違いない。
ある日突然倒れたなら一番可能性が高いのは「毒殺」だ。
その証拠がどこかに残っていないだろうか。
「目的地に着いたぞ」
ギオンの言葉で私は我に返る。
そうだった。子馬を見に来たんだったわ。
私はギオンの馬から降りて牧場の小屋に向かった。