第18話 悲しみは一緒です
「私は「商人の町」で育ったの。ギオンは「商人の町」を知ってる?」
「ああ、大陸の中央を流れるシャガー大河の側にある商人たちだけが住む町だろ?」
「そうよ。そこで育って商売の旅に出るのは今回が初めてなの」
「ミアは商人の娘なのか?」
ギオンの言葉に私は自分の正体を話そうか迷う。
ディオンからは不用意に自分の身分を明かさないようには言われてるがギオンは二度も私を助けてくれた。
ギオンが何者かはまだ分からないけどギオンなら信頼できる。
「私の名前はね。ミア・マクシオンよ。マクシオン商会の会長なの」
「え?マクシオン商会の会長?」
ギオンは驚いたように目を瞠る。
まあ、14歳の娘が名高いマクシオン商会の会長だって言ったら驚くわよね。
「そうよ。父が亡くなって私が後を継いだのよ。今は父のような商人になるのが目標なの」
「……そういえば、マクシオン商会の会長が代替わりしたとは聞いていたが。それがミアだったとはな。その年齢で父親を亡くしたのは辛かっただろう」
ギオンはそう言って私の頭を撫でてくれる。
確かに父が亡くなったのは私も悲しかった。母も幼い頃に亡くなってしまったし。
父と母に兄弟姉妹がいたのかは分からない。少なくとも商人の町には父と母の身内の人物はいなかった。
だから私はディオンのことを兄のように感じていたのだ。
「お前の母親は生きているのか?」
「ううん。母は私が幼い頃に亡くなったの。でも父が私を愛してくれたから寂しくはなかったわ」
でもその父も亡くなってしまったが。
私は急に父と母を失った悲しみがこみ上げてきた。
「そうか。悪いことを聞いてしまったな」
「へ、平気よ。私には商隊の仲間がいるし、父のような商人になれるように頑張ってるから」
私は無理に笑おうとする。
ギオンがギュッと私を抱きしめた。
「子供が泣くのを我慢するんじゃない」
「え?」
私はギオンの胸の中で自分が涙を流していることに気付く。
父と母の死は私にとってはとても大きな出来事だったのだ。
父が死んだ後はマクシオン商会の会長としてやるべきことが多くてその忙しさでゆっくり父の死を悲しんではいられなかった。
だってマクシオン商会は多くの使用人たちを雇用していてその人たちの生活を守るのが会長の仕事だったから。
私は自分の涙を見られたくなくてギオンの胸に顔を押し付ける。
ギオンは優しく私の頭を撫でている。
「……14歳は性的対象になるとか言ってたくせに。今度は子供扱いなの?」
私は涙を流しながらも恥ずかしくて強がりを言う。
「そうだな。だが、愛する者を失った悲しみに大人も子供も関係ない。俺も愛する家族を失ったからよく分かる」
「え?」
私はギオンに抱きしめられながらもギオンの顔を見上げた。
「ギオンも家族を失ったの?」
「ああ。俺のことをいつも可愛がってくれたじいさんが死んでな」
「ギオンのおじいちゃん?」
「そうだ。俺も母親は既にいなくてな。父親とはあまり仲が良くないし。じいさんだけが俺を愛してくれた」
ギオンの赤い瞳は悲しみの光を宿している。
この目は本当に愛する者を失った者が持つものだ。
ギオンにとっておじいちゃんはとても大切な存在だったのだろう。
「悲しいことを思い出させてごめんなさい」
「いや、俺の方こそ悪かった」
私はギオンの体から離れた。
本当はもっとギオンに抱かれていたかったけど、これ以上ギオンに甘えてしまっては逆に自分が父のような商人にもシャナールにもなると誓ったことを忘れてしまいそうだったのだ。
ギオンと結婚して暮らせばたぶんギオンは私に優しくしてくれるだろうし幸せかもしれない。
でも私にはマクシオン商会の使用人たちの生活を守る使命がある。
「私はもう大丈夫よ」
「そうか。でもあのマクシオン商会の会長がミアだったとはな」
「フフ、驚いた?」
「ああ。でもだから簡単にマクシオン商会から抜けることができないんだな」
「そうなの。でも今の仕事はやりがいがあるし。私は商人でいることが好きなの」
「そうか……そろそろ戻るか」
「うん」
ギオンは漕ぎ手の人に岸に戻るように声をかけた。
ボートを降りるとギオンの馬でまた移動を始める。
「そろそろお昼だからお腹が空いただろ?飯でも食べるか?」
「そうね。竜族が何を好んで食べるのか知りたいわ」
「商売のためか?」
「もちろん。私は商人ですもの」
「そうだな。お前は商人だもんな」
ギオンは笑って馬を走らせた。