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精霊少女の世界旅  作者: 雨森 裕也
第1章 精霊の住処編
8/38

行商人に会う

あれから一年近くの時が経った。


それでもここの景色は変わらない。産まれた頃のままなのだ。私の生活も変わらない。昨日もいつものように魔法や剣の練習をしていた。


今日もいつもと変わらない一日だと思っていた。しかし、違っていた。


私は今朝早く起きていつもの日課を終わらして帰ってきたところだ。家に帰ると家族で朝食を食べた。お父さんもお母さんも基本は早起きだ。お父さんはたまに寝坊する時もあるが、それでも他の人と比べたら早起きの方らしい。


朝食が終わるとみんなで出かけることになった。あまり気乗りしなかったが、いつもと違うことでわくわくしていた。それに、家の周りだけで生活していた私にとっては精霊の住処の中を移動するだけでもひとつの冒険のように感じていたのだ。


私たちは家を出て西に向かって歩き出した。


精霊の住処を西に行き森を抜ければアルメニア王国ががあるらしい。ちなみに東はダンジョンが沢山あり、魔族がいる大陸の方角だ。つまり、ここは戦争の最前線の場所なのだ。お父さんも定期的に近くのダンジョンで狩りをしている。


精霊の住処を出られるくらいに体が安定すれば私も連れて行ってもらおうと思っている。


(私を連れて何をしに行くつもりなのだろうか。)


30分ほど歩いて、時間は8時を過ぎていた。


1番前を歩いていたお父さんは立ち止まった。そして喋り始めた。


「ここが精霊の住処の最西端なんだ。この結界を抜けると森があってその奥はアルメニア王国だ。結界には生き物を遠ざける力があって普通は入ることができない。だが、今日は1年に1度の行商人がやってくる日だ。ここに人が来るから迎えに来たという訳なんだ。」


行商人に会えばお父さん以外の人間と初めて会うことになる。1年に1度だから私が産まれる少し前にも来たということだろう。


「行商人から王国の本とかを買ってその代わりにここにしかないような物を売るの。要するに貿易ね。」


お母さんが補足説明をした。


「貿易ですか。」


精霊の住処には生命の果実などの貴重な物が沢山あるから貿易をしたがる商人は数多くいるだろう。ここにしか無いものと、ここには無いものを交換する訳だからどちらにとっても大きな利益となるのは間違いない。


「ここに来るのは俺の同級生で仲のいいマトラスと言う奴なんだ。俺の知り合いだからそんなに緊張することもないぞ。」


お父さんの知り合いなら少しは安心だ。


人間の中には精霊の体液や羽が長寿の薬になると言って違法な研究をしている団体がある。だから警戒していたのだが、大丈夫だろう。お父さんの友達だからといって大丈夫な保証なんてどこにも無いけど、そう思った。


話は変わるが、精霊には羽がある。普段生活している時には出さないが、戦闘の時などで全力を出そうとするなら羽を出した方が操れる魔力が増えて威力の高い魔法や一度に沢山の魔法を使えるようになる。精霊の羽は空気中の魔力を制御する器官だ。だから長寿とは関係が無いものなのだ。


「会うのが楽しみです。」



少しして、1人の人間が精霊の住処に入ってきた。


私たちを見つけるとこちらに歩いてきた。


「久しぶりだね、トール。」


私の想像とは違い、半袖半ズボンの動きやすい格好をしていた。腰にはひとつの剣があり、頭には麦わら帽子を被っていてとても商人のようには見えなかった。それよりもお父さんの私服に似ていてもっと若そうな雰囲気がある。


後ろには荷物を運ぶための荷馬車がある。高さは2メートルを超えていて前に立つ人が小柄なこともあり、正面から見ても大きいのが分かる。


彼の身長は170センチも無く小柄で穏やかな男性で、まだ10代だと思うほど若そうに見える。実年齢はお父さんと同じく22歳なのだろう。しかし、派手な赤髪と迫力のある赤眼で凄いオーラを放っておりかなりの手練だと認識した。そのことも商人とは思えない理由のひとつだろう。


その商人は私を見ると帽子を取り、しゃがんで視線を合わせると挨拶をした。迫力のある眼が私を萎縮させたが、すぐに落ち着かせる。


「はじめまして。私は商人のマトラス・アーノルドというものだ。君のお父さんとは昔からの付き合いでね、今も仲良くさせてもらっているよ。お名前はなんと言うのかな?」


マトラスさんは笑顔で聞いてくる。笑顔の時も迫力のある眼が邪魔しているように感じた。商人としてその眼は少し欠点となるような気さえした。


「はじめまして。ユミル・グラントリスです。よろしくお願いします、マトラスさん。」


私はマトラスさんをまっすぐに見てお辞儀をした。


「ユミルか、いい名前だな。こちらこそよろしく。」


マトラスさんは手を差し出して握手を求めた。私は小さな両手で相手の手を包み込もようにして握った。


それから私たちは家に向けて歩いていた。


今日はマトラスさんが家に泊まる予定になっているようだが、去年泊まっていた部屋は私の部屋となってしまったのだ。


家には部屋が4つで、そのうち1つは書庫なので客人を泊めれるような場所はない。セリアの時は同じ女だったので私の部屋で一緒に寝たが、マトラスさんは男なのでお父さんが許しはしないだろう。


(どこに泊まることになるのだろうか。)


「お子さんが産まれたのなら家に空いている部屋がありませんよね?1泊だけですから馬車で寝るのでもいいですけど。」


マトラスさんは気を使ってそんなことを言った。


「友人が来たんだからちゃんとおもてなししないといけないだろ。魔法袋にあるお前が使っていたベットを出せばいいだけなんだからそんなことをする必要はない。」


私が心配していた問題はあっさりと解決されてしまった。なんでこんなことで悩んでいたのか、少し馬鹿らしくなった。


「そうですか。やっぱり魔法袋は便利ですね。私に売る気はありませんか。」


商人ならば、いや、たとえ商人でなかったとしてもこの魔法袋を欲しがるのは当然の事と言えるだろう。


当然お父さんも手放したくは無いはずだ。


「売るわけないだろ!何を差し出されても渡す気は無い。お金にも困ってないしな。」


マトラスさんは最初から売る気が無いことを分かっていて、それでも聞いてきたのだ。


「それは残念です。売る気になればまず私を尋ねてくださいね。」


そんな風に30分ほど歩き家まで帰ってきた。


「早速商談と行きますか。」


マトラスさんはお父さんに向けて言った。


「ああ、さっさと終わらしてゆっくり昔話でもしよう。」


それから長い間2人で話し合っていた。暇だった私は外で剣の練習をしていた。


しばらくして、2人が外へ出てきた。お母さんは家の中で料理をしていて外まで匂いが漂ってきている。出てきたマトラスさんは私を見て驚いていた。


「凄いな。産まれてまだ1年も経っていないのに剣の練習か。俺が初めて剣を持ったのは3歳の誕生日の時なんだけどな。」


お父さんは2歳からだが、3歳で剣を持ったなら人間にしては早い方だ。一生持たない人もいるだろう。


「凄いだろ、この若さで強化魔法を使えて軽々と剣を振り回しているんだ。」


私は剣を鞘に収めてお父さんのところへ掛けて行く。


「話は終わったのですか?結構時間がかかるんですね。」


話し合いを始めてから3時間以上の時が過ぎていた。時刻はまもなく12時になる。そろそろお昼の時間だろう。


しばらくして、昼食が出来上がると4人で食べた。ここで取れる野菜をたくさん使った料理だった。中にはここでしか採れない物も含まれており、外から来た人にとっては高級な料理だろう。


「やっぱりルナさんの料理はいいものだね。」


マトラスさんは食べ方がとても綺麗だった。美味しそうに食べるので娘の私までもが嬉しくなってくる。


「当然だろ!ルナの料理は最高だ。お前も結婚して妻に料理を作ってもらえばいいんだよ。」


マトラスさんは小さくため息をつき机にうなだれる。


「私の元にいい女性が現れてくれるといいんだけどね。まだまだ人生は長いから慎重に探すよ。結婚すればずっと一緒にいることになる訳だしね。」


そのままの姿勢で話し出した。


「商人がだらしないぞ。」


そう言われると起き上がり、椅子にもたれ掛かり体重を預けて言う。


「友達の前でも気をはりたくはないよ。昔学園に通っていた時好きな人がいたんだけどね、とうとう告白することなく卒業してしまったから。今でも後悔しているんだ。伝えるだけでもしておけばよかったかな。」


上を向いた状態で愚痴をこぼす。すると不思議そうに質問する。


「なんで伝えなかったんだ。あいつもお前のことが好きだったと思うぞ。剣ばっか振っていて恋愛に興味が無かった俺でさえ分かるようなあからさまな態度だった。将来は結婚するのかと思っていたからな。」


「僕は鈍感だから気づかなかったけどね。他の人にもそう言われたよ。」


(商人なだけあって相手の気持ちを読むのは得意のはずなのに、こういう所だけ気づかないのはなぜなのだろう。)


「他にもお前に好意を寄せていた人はたくさんいたんだけどなぁ。成績も優秀だったし、性格も完璧だからだろう。今でもいるだろ?お前に好意を寄せてる奴は。」


(気づいているかは別として、何人かはいるはずだ。小柄だが、優秀で優しくて頼りになる奴だから。)


「そうかな?あれは僕にではなく僕の持つ金にだと思うけど?」


そんな所には敏感だけど肝心の人に気づくことはない。トールはすごく残念で、勿体ないと思った。


「そういうやつもいるだろう。お前の所有している財産はすごい量だからな。」


実際、マトラスはすごく金持ちだ。卒業してすぐに学生の頃から始めていた商売を本格化してあっという間に王国になくてはならないほどの大商会を創り上げてしまった。所有している財産は数え切れないだろう。


「そんなに凄いものでもないよ。世界を救った君に比べたらね。」


世界を救ったでいえばマトラスも同じようなものだろう。商人として戦争中でも景気が悪くならないように商売を調節していた。そのお陰で国が大きな混乱に陥ること無く戦争を終えることができたのだ。さらに、剣術や魔法の才能を買われ防衛の最前線で戦争にも参加しているのだ。商売人としてだけでなく戦いにおいても優れており、戦略を立てるのもうまい。


とにかく全てにおいて高水準の成績を出している。毎年ここに来るのも一人で来ていることからも武において優れていることが分かる。


「俺には到底できないようなことを軽々とこなしていくお前は俺から見ると凄いんだよ。褒めてるんだから素直に喜べよ。」


マトラスは照れくさそうに頭をかく。


「ありがとう。でも、1番すごいのはフェストだと思うよ。さすが首席って感じだよ。」


フェストは成績でいえばマトラスの上位的な存在だ。マトラスが勝てる分野は何も無かった。それでも3位であるのだから、フェストがどれほど規格外の存在かが分かるだろう。フェストのお陰で帝国一の学校を抜いて世界一の学校と言われるようになったと言っても過言ではないだろう。


(まあ、それだけではないけどな。)


「俺らの年は学校が始まって以来最も優秀な生徒が集まっていたからな。その中で首席なんだから凄くて当然だ。例年通りならお前が首席だったかも知れないが、あの年は優秀な奴が多すぎたな。」


トール自身は剣術くらいで、総合ランキングでは中の方だが、それも含めひとつのことに特化した奴らや、全てにおいて結果を出せるすごい奴もちらほらいた。そのことがあってランキング争いは激しいものだった。


「3位で終わってしまったけど、結果的にはよかったよ。ライバルが沢山いて自分を高めることができたから。ランキングよりもその事の方が大事だよ。」


学校のランキングも大事だがもっと大事なものも当然大量にあるのだ。ランキングのためではなく、自分のために能力を高めてきた人が大半だ。自分がちゃんと成長できているならランキングはあまり気にしていなかった。剣術においては誰にも負けたく無かったが。


「そうだな、俺も学園で学んだことはよかったと思っている。剣術では1位だったが訓練を怠ったり、試合で油断したりするといつやられるか分からなかったしな。」


そうして話は夕食後も続き、その日は昔話で幕を閉じた。

ひとつで終わらすには長かったので二つに分けてます。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

自分のペースで書き進めて行きますが、これからも読んでくれると嬉しいです。

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