お土産を貰う
それから1ヶ月がたった頃、お父さんとお母さんが帰ってきた。
「ユミル、元気にしていたか?」
急にお父さんの声が聞こえて私は振り返った。手を広げてお父さんが近づいてくるのが見える。その後ろからお母さんが走ってきている。
私が声を出そうとすると、それよりも早くお母さんに抱きしめられた。
「心配したんだからね。大丈夫だった?」
久しぶりに抱きしめられて涙が込み上げてくる。
「それはこちらのセリフです。帰ってこないから心配でした。怪我とかしてませんよね?」
私は涙がこぼれ落ちる前に服の裾で拭き取った。見た感じ怪我はなく、普段よりも元気そうに見えた。
「してないぞ。量が多くて大変だったが、魔物の大量発生は収まったよ。」
王都には沢山強い騎士がいて、神からの加護を受けた勇者とその妻の聖女がいる。そんな王国が簡単に負けるわけがない。今回のような予想外の事態にも素早く冷静に対応して被害を最小限に抑えてくれたのだろう。
お父さんは2人まとめて抱き締めた。お父さんの目から1粒の涙がこぼれ落ちた。そして言葉を続ける。
「ユミルは俺たちがいなくて寂しくなかったか?お父さんはとても寂しかったぞ。」
私はとても寂しかった。旅に出るつもりなのに寂しかったなんて正直に言うことは難しかったが、寂しくないと言うのも変だと思った。
「私も少しだけ寂しかったです。王国の人たちも無事なんですよね?」
気持ちが溢れ出してしまう前に話を変えることにした。お父さんは立ち上がり、家に向けて歩き出す。
「怪我人は出たが、死者は出なかった。発生したすぐに対応できたのがよかったんだろうな。でもこれからのことも心配だ。王都の近くにダンジョンができたんだからな。ダンジョン発生地域とは離れていて、そんなに強い魔物はいないから心配はいらないと思うが、俺たち無しで次に同様の事があれば被害を出すことは避けられないだろうな。」
王都にはあまり魔物が発生しないので冒険者の数は少ないが、強い騎士団が複数ある。多少の魔物が発生しても街に被害を出すことは無いだろう。しかし、魔物が一匹でも街に入ってしまうと被害が出てしまう。騎士達は責任重大だ。
「王都には沢山の人が住んでいるでしょうし、強い魔物が出てきてしまうと沢山の被害が出ることもありますよね。」
たとえ魔物であっても、上位種ともなれば討伐できる人は限られてくる。もし討伐に失敗すると王都まで被害が及ぶことになるだろう。王国の騎士なら簡単には負けないと思うが、数には勝つことができない。
「だが、あそこにはフェストがいるからな。仮に強い魔物が沢山出てきてしまっても、上手く対応してくれるだろう。」
お父さんも心配しているが、フェストのことを信じているようだ。しかし、それでも心配は消えることはなかった。そんな中お母さんがこの場の雰囲気を変えてくれた。
「心配しすぎると身体によくないわよ。そんなことよりももっと楽しい話をしましょう。」
お母さんはお父さんに笑顔を向けて言った。
「そうだな。久しぶりにあった仲間たちの話をしよう!急な訪問だったからガイーダと会うことは叶わなかったが他の奴には会えたからな。」
英雄が全員揃うことがなかったのは残念だけど、久しぶりの友人に会うことができて満足しているようだ。
私がお父さんの話を聞こうとすると、横からセリアの声が聞こえてくる。
「あの、私はもう家に帰るわね。家族で話したい事もあるだろうし、私にも用事があるから。」
「忙しいのにユミルの面倒を見てくれてありがとね。本当に心配だったのよ。」
お母さんは精霊王という立場だが、友達のように仲良く接してくれる存在もいるようだ。私には同年代で仲良くしてくれる精霊がいないので羨ましい。精霊は寿命が長い代わりに産まれる数も少ないので、同年代の精霊が近くに存在するのは珍しい事なのだ。
「いいわよ、このくらい。というか、もっと私の事頼ってくれてもいいのに。ルナは全部1人で解決しようとするんだから。」
「もう一人じゃないわ。トールもユミルもいる。セリアも家族を作ればきっと楽しいわよ?」
精霊には家族という概念がなかった。これまでは、一緒に住んでいる人がいても同居人という扱いだったが、ルナが家族を作った影響で精霊達も真似をしだしたのだ。同居人を家族と呼ぶようになり、新たな家族も多く誕生した。
「私は忙しいから、家族なんて必要ない!でも、久しぶりに他の人と仲良くするのは楽しかったわ。ユミル、ありがとね。」
私の頭をクシャクシャと掻き回すと、セリアは風に乗って家へと帰って行った。忙しいのに私の面倒を見てくれて、本当に優しい人だ。今度はいつ会うことになるだろうか?
そんな事をしている内に、お父さんは家を通り過ぎて奥の庭で腰を下ろして、王都での事を語りだした。
「最初に会ったのはフェストなんだが、俺達が急に来てかなり驚いていたな。ミアと結婚したと聞いた時は驚いたけどな。お似合いの2人だったからこれからも仲良くやっていくだろうな。そんなふたりの子供にも会ったぞ。ユミルよりも少しだけ早く生まれているけど同い年だな。第1王子だから立派な王になる為に頑張っているらしい。だからユミルも負けてられないな!それで俺達が帰ってきたことに気づいたメニアがそこに現れたんだ。メニアは今王立士官学校の教授を務めていると言っていた。あいつは生徒たちにも人気な教授らしい。魔術を専門に教えているけど近接戦闘もできるからそっちの方でも質問に来る生徒が大量にいて研究の時間が減ってしまったと愚痴られたけど、その割には嫌そうではなかったな。最初は研究のことしか頭に無かったメニアが教授として上手くやれているようでよかったよ。」
お父さんは再会した仲間たちの話をしていった。
「そうだ、ユミルにプレゼントがあるんだ。」
そう言って立ち上がり、腰につけていた小さな袋の中から剣を取り出した。
「俺が剣術を始めたのは1歳くらいの頃だったけど、ユミルは成長が早いから、もう剣術を教えれるくらいになっているかもな。」
その剣は刀身だけで1メートル近くある長いものだった。お父さんが使っている剣と同じタイプのものだ。
「ありがとうございます。とても立派な剣ですね。」
私は剣を色々な方向から見ながら言った。
「そうだろう。俺の行きつけのお店の中でも特に良いやつを買ってきたからな。それ以上にすごい剣を手に入れることは難しいだろうな。」
剣聖と呼ばれるお父さんがよく行くという事実だけでその店の鍛冶師の腕は保証されたようなものだ。その店に行ったことがない人でもその鍛冶師の実力を認めざるを得ないだろう。それくらい剣聖は凄いということなのだ。
「気になってたんですけど、その袋って魔法具ですよね?普通なら明らかに入らないような物が入っていましたよ。」
魔法具には色々な種類があるが、空間を拡張することもできるものはないと思っていた。だから目の前で袋から物が出てきた時は声には出さなかったがかなり驚いていた。
「ユミルの言うとうりこれは魔法具だぞ。魔王討伐の際、前国王から頂いた物なんだ。かなり貴重なものだから持っている人間は王国でも数名程度だろうな。」
魔法具図鑑にも載っていないような物だから、普通の一般市民が持つような代物ではないと思ったがそれ程とは思わなかった。
「やっぱりとても貴重な物なんですね。その袋も欲しいですけど、手に入れるのは難しいですよね。」
王国内に数個しかないなら諦めるしかないだろう、と考えガッカリして肩を落とした。
「いや、この袋もあげるつもりだぞ。旅をするにはとても便利な物だからな。将来旅に出たいと思っているユミルは欲しがるだろうと思っていたんだ。2つあるからそのうちのひとつを渡す。大切にしてくれよ。」
2人とも討伐に参加したから家には2つあるわけだ、ということを思い出した。
「ありがとうございます。大切にしますね。」
袋を開けようとしたが開けることができなかった。
慎重に扱いすぎて手に力が入っていないなんてことはないだろう。不思議に思っているとお父さんが喋り出す。
「じゃあ魔法袋の使用権を記録するか。今のままではユミルが使うことができないからな。魔力を記録して自分しか開けれないようにするんだ。中には大切な物も入れるだろうし、他の人には開けられたくないだろ?」
今この袋はお母さんが使用権を持っている。だから私は開けることができなかったという訳だ。
「そうですか。どうすればできるんですか?」
「今使用権を持っているルナの魔力を流して譲渡許可を出してからユミルの魔力を流すとすぐにユミルの魔力が記録されてユミルしか使うことができなくなるだろう。」
袋を一旦お母さんに渡す。
お母さんが袋に魔力を流してしばらくして返してくる。
「私たちは1つあれば困らないから。」
再び渡されると私は自分の魔力を流した。すると袋が簡単に開けれた。開けると袋の前にひとつのボードのようなものが出てきた。さっきまでは見えなかったから使用者にしか認識できないのだろう。そのボードの右上には使用権譲渡と書かれている。お母さんがやっていた操作はこれだったのか。おそらくこの枠を押して許可を出すことで譲渡できるのだろう。それ以外には何も書かれておらず、ほとんどが空白だ。
「これでいいんですか?ボードが出てきましたが、ほとんど何も書かれていませんよ。おかしいですよね?」
「それでいいんだ。今は何も入っていないからな。荷物を入れると整理されて、今空白の部分に名前がのるんだ。その名前の部分を押して袋に手を入れると、選んだものが出てくる。基本は名前の順で並べられるが自分でグループに分けて整理することもできる。すぐに取り出せるようにしておきたい物なんかはグループにまとめておいた方がいいぞ。ユミルに渡す剣もすぐに取り出せるようにしていたんだぞ。」
(整理機能までついているなんて思っていたよりもさらに凄いものなのね。これなら取り出す時にもあまり困ることもないだろう。知らないものでも入れれば名前がわかることも便利だな。鑑定とまではいかないが名前だけでも知れるだけで全然違うだろう。)
「いろんな機能がついているんですね!使いやすそうで助かります。」
「ああ、これで旅の荷物の持ち運びも困らないな!」
この魔法袋は旅をするにはかなりの役に立つはずだ。魔王討伐の旅の際にも役に立ったことだろう。
「なぜ私が将来旅に出ようと思っていることを知っているのですか。」
(私は1度も旅に出たいと言ったことは無かったはずだ。それなのに知っているということは心を読む能力でも持っているのだろうか。)
「俺にはわかるんだ。親は我が子の気持ちは手に取るように分かってしまうものなんだぞ。」
「たとえ親でなくても少し一緒にいれば分かると思うわよ。バレバレだったしね。」
「そうだったんですか。本当によかったんですか?普通に生活していても、この袋はかなり便利だと思うんですけど。」
この袋は物を無限に入れることができ、さらにその時間を止めるので、長持ちせず旅には持っていけないようなものでも持っていくことができるようになる。
この前倉庫にあった魔法具はお金があれば買うことができる一般的なもので本にものっているが、この袋はその能力に収納機能がつけられていて貴重な魔法具の中でも突出して貴重な物だ。
数十年前に発見されて王国一の研究機関で研究され、帝国でも研究したが、製造方法はもちろん発見された経緯すら掴むことができず魔法袋について分かっていることはほとんど無い。
使うにしても研究するにしても利用価値があるもので欲しい人は沢山いる。売ろうと思えばどのくらいの額になるのか想像することもできないほどに価値がある物なのだ。
そんな物を貰うことができるなんて世界を探しても私くらいのものだろう。
「さっきも言ったけど袋なんて1つあれば充分よ。夫婦だから見られて困るような物なんてないしね。ユミルが心配するようなことではないのよ。」
普通は夫婦であっても隠しておきたいものはあると思うが、この2人にはそんなものありそうにない。本当に仲のいい夫婦だ。
「改めてありがとうございます。とても素敵なプレゼントでしたよ。剣も練習できますし。」
私は剣を掲げて先端を見つめていた。
これでお父さんから剣の指導を受けることができるようになる。初めにお父さんの剣技を見た時からあの美しい技を私も使ってみたいと思っていた。
「だが、剣を教える前にもう1つユミルに渡す物があるんだ。」
そう言ってまた袋から次はカードを取り出した。
「これなんだが、アルメニア王国の身分証だ。これがあれば普通に他の人に溶け込むこともできるだろう。精霊だと知られるとかなり厄介なことになるからできたらそのことは隠していた方がいいだろう。」
王国の身分証は子供が生まれた時にカードが渡されて、そこに生まれた子供の魔力を流すことで人間とカードを魔力で繋ぎ合わせてそれを元に情報がカードに写るから普通は偽ることができない。しかし、まだ情報が何も書かれていないはずのカードの種族には人間と書かれている。
「身分なんて偽っていいんですか?犯罪ですよね?」
普通嘘を書けないはずの身分証明証に嘘を書くなんてバレたら注意どころでは済まされない。下手したら死刑なんてことがあるくらいの重罪だ。
「フェストから例外として許可はもらっているわよ。それ無しに王国に行ったら凄い騒ぎになってしまうから、無くさないように袋の中に入れといたらいいわよ。」
その指示に従い受け取ったカードを袋に入れた。
「旅に出る話だが、それなら冒険者という職業がおすすめだぞ。冒険者ギルドに登録できるのは15歳になってからだから、その少し前に旅に出ればいいんじゃないか?それまで待つのはきついかもしれないが、そこまでは一緒に暮らそう。」
(冒険者になれば旅をしながらでも割と簡単にお金を稼ぐことができるだろう。定期的に街にとどまってアルバイトをするよりもよっぽど効率的だ。冒険者だったら普通に街で仕事を探している時間に充分なお金を稼げるかもしれない。)
「旅に出るのは15歳になる前まで待つことにします。早く旅立ちたい気持ちもありますが、お父さんとお母さんともっと過ごしたいですから。」
(今回1人で暮らしてみてまだ一人旅は早いだろう。途中でセリアが来てくれなかったら、寂しくて耐えられなかったかもしれない。)
旅に出るのはまだまだ先のことだ。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
自分のペースで書き進めて行きますが、これからも読んでくれると嬉しいです。