一人暮らし・客人が来る
あれからさらに1週間がたち、魔法も上達して様々な魔法を使うことができるようになった。
水魔法は最初から高威力が出せたので、制御する練習を中心に攻撃系の技を習得した。最近では氷の槍を操作する練習をしている。他属性は水属性には劣るが、いくつかの技を使えるようになった。
今日はお父さんとお母さんがアルメニア王国に向けて出発する日だ。精霊の住処はアルメニア王国の北東に位置しており、さらに東は広大な海が存在し、そこを渡れば魔大陸がある。近くには強力な魔物が多く存在するらしいけど、ここは結界で守られていて魔物に襲われる心配はない。
今の時刻は午前七時少し前、そろそろお別れの時間だ。お別れと言っても、2週間後にはまた会うことができるのだけど、産まれてからずっと一緒にいた事を考えると、それと同じ期間も親がいないのは少し寂しいと思った。
「もうそろそろ行くわね。一人で大丈夫?もし何か困ったことがあれば他の精霊たちに助けてもらうのよ。1人で無理はしちゃダメよ。」
人間との間に産まれた私はほかの精霊たちとは少し違う。そのせいで他の精霊たちは自ら私に近づくようなことはしない。しかし、精霊王の娘なので助けを求めれば嫌でも助けてくれる可能性はあるだろう。無理に助けてもらうのは嫌なので誰にも助けは求めるつもりは無いけど、近くに頼れる人がいるかいないかでは大きな違いがある。
「そうします。だから2人は楽しんで来て下さい。何かいいお土産を期待していますので。」
父はニカッと笑って言った。
「ああ、ユミルが喜ぶお土産を持って帰って来るからな。」
私が喜びそうなものに何か心当たりがあるようだ。
「楽しみにしています。行ってらっしゃい。」
私は手を上げて大きく振った。お母さんの風属性魔法で2人は中に浮いている。
「行ってきます。」
そう言い残し、空を飛んで次第に遠ざかっていく。見えなくなるまで手を振りあっていた。
2人の姿が見えなくなると、いよいよ一人暮らしの始まりだ。2週間という短い期間ではあるが、初めてにしては十分な期間だといえるだろう。
正直に言うと、親がいなくてもやる事はほとんど変わらない。朝はちゃんと早起きして食事をとって、読書をしたり、精霊魔法の練習をしたりして一日を過ごす。もちろん身体能力強化魔法は常時発動した状態でしている。
私は家の前の木の幹にもたれ掛かり本を読むことにした。精霊の住処の気候はいつも穏やかで季節の変化はなく、気温は昼間は20~25℃、夜になっても15℃程度である。雨は月に2回決まった時間に降るので雨に悩まされることも少なく、住みやすい環境と言えるだろう。降り注いだ雨は全て川を流れて中心に向かっていき、精霊の住処にある巨大な湖へと戻っていく。この場所は世界と隔絶されており、水はこの世界だけで循環しているのだ。
世界では気候が1年の内に大きく変化し、季節を持つ地域が存在している。そこでは時期によって街の様子が変わり、1つの場所で様々な景色を私たちに見せてくれるのだ。私も旅を始めれば世界の素晴らしい景色を多く見ることができるだろう。
本を読んでいるとあっという間に時間が過ぎていき夕方になっていた。
(そうか、お母さんはいないんだった。)
いつもなら昼食の時間に呼ばれるのだが、今日はそれが無い。なので昼食をすっとばして気がつくと夕食の時間になっていたのだ。成長期なのに食事を抜くのは体が持たないだろう。特に精霊は人間よりも短期間で体が成長するので、この時期は大量の魔力が必要となる。私の場合は栄養も沢山必要になるのだ。
(何か食べよう。)
キッチンに行き、その奥にある倉庫の中に入る。そこには、保存用の魔法具が置かれており、母の作り置き料理があった。保存用魔法具のおかげで料理は作られたばかりの状態に保たれている。温度もそのままのようだ。
魔法具については前お母さんに聞いたことがあった。様々な種類があり、どれもとても高価で簡単には買うことができない代物である。その代わり魔法が苦手な人でも簡単に魔法のようなことができるようになる、とても便利な道具なのだ。
何も食べるものが無かったら木になっている果実を食べようと思っていたけど、その必要は無いみたいだ。
私は保存されている料理の中から適当なものを選んで机に持っていく。倉庫から出るとかけられている魔法が解除されて温かさを象徴する水蒸気が料理から立ち上る。
1人で食べる料理は少しだけ寂しかったが、いい経験になったことだろう。
*
2人がアルメニア王国に行ってから1週間がたった頃、いつものように魔法の練習をしていると家の前に1人の精霊が現れた。
とても美しい女性だ。緑色の長い髪は体に纏う風になびいてその美しさを際立たせており、さすが風の精霊と言わざるを得ない。身長はお母さんと同じくらいだが、胸の方は思わず見てしまうほど寂しいものだった。
その精霊はふわふわと近づいてきて私に緑色の眼を向けてくる。今まで私に近づいてくる精霊はいなかったので今更と疑問に思った。
「あなたが精霊王の娘なの?」
彼女は私に聞いてきた。家族以外の人と話したことが無い私は戸惑ってすぐに答えることができなかった。呼吸を整え、落ち着いてから答える。
「そうですが、私に何か用があるのですか?それとも父や母に用があるのですか?今は二人とも留守にしていますけど。」
私は初めての訪問に警戒していた。少なくとも私が生まれてからは1度もこの家を訪問する人物を見た事がなく、ここに他精霊が寄り付かないのは私という存在以外にも何か理由があっての事だと思っていたが、どのような理由があるのだろうか?
「あなたの親が王国にいるのは知っているわよ。あなたに用があったの。精霊王様にあなたのこと頼まれているから。」
(両親がいないことを知っている?それなら2人がいない間に私のことを狙ってきたのかもしれない。何が目的かは知らないけど、魔法だって使えるし簡単には負けないからね!)
「そうですか。でもそれにしては来るのが遅すぎじゃないですか?」
(頼まれたならもう少し早くに来るんじゃないだろうか?一週間経ってから来たのはすぐに来ると気づいた2人が戻ってくると思ったからかもしれない。)
「私は頼まれてからすぐに来たわよ。それに、あなたは一人暮らしをしてみたかったのでしょう?」
(そんなことまで把握しているとは。この女性は危険かもしれない。どこまで私たちのことを調べているのか。風の精霊であることは間違いないが、何が目的か読むことができない。)
私はさらに警戒した。
「確かに2週間の間1人で暮らすつもりでしたけど。」
しかしその女性は警戒していることに気づいているのか、気づいていないのか分からないが、スキだらけの状態で話し出す。もしかしたら、これは罠かもしれない。
「そんなことよりもさ、魔法かなり上手だね。産まれてまだ3週間しか経ってないって聞いたけど本当のことなの?いくらあの2人の子供でもこれはおかしいわよ。」
(ちょっと無理やりだったけど、私の魔法についての話題を出してきた。何故急にそんな話をしだすのだろうか?私のことについて聞き出すつもりかもしれない。ここは実力をまだ見せていない風にして様子を見よう。)
「それは褒め言葉ですよね?ありがとうございます。でもまだまだですよ。身体能力強化魔法はお父さんと比べて未熟ですし、精霊魔法もお母さんと比べたら全然上手く使うことができません。同年代と比べたら少しは優秀かもしれませんが、世の中には私よりも凄い人が沢山いるということですよ。」
ここで答えないと相手にも警戒されてしまうかもしれない。それならあえて答えることにする。比較しにくい相手と比べたら、どれくらい実力が違うか分からないし、勘違いしてくれるかもしれない。
この精霊はお父さんやお母さんに比べたら能力は劣るだろうから、自分よりも強いんじゃないか?と思わせる可能性は残しておきたい。
「あなたの両親と比べるのは間違っていると思うけど、まあいいわ。少しあなたに見せたいものがあるの。ちょっとついてきてくれる?」
ここでいい話だと思って乗ってしまうと途中で罠にかかってしまうのだろう。私じゃ無かったら話の魅力に惹かれてついて行ってしまうかもしれないが、私はそんなことしない。
「無理です。知らない人に着いて行ったらいけないって言われてますから。」
私の前に立つ女性は不機嫌そうな顔をした。計画どうりにいかなかったからだろうか?
「私そんなに怪しい人物かしら?」
私は満面の笑みでこう言った。
「はいっ。充分怪しい人物ですよ。」
「そうかしら。じゃあ、今から家まで取りに行ってくるから、それなら見てくれる?」
(何を取りに行ってくるのだろうか。私を捕まえる道具だろうか、それとも殺す道具だろうか。道具がなくても私くらいは魔法で簡単に倒せそうだけど。)
「無理だと言ってもどうせまた来るんでしょう?」
(あなたの計画、私にはわかっていますよ。思い通りにはさせないからね!)
女性はにっこりと笑ってこう言った。
「それはいいってことよね。ちょっと待っててね。」
そう言って消えていってしまった。
(さて、次に来るまでに準備をしなきゃ。思い知らせてやろう。計画は知られてしまった時点で愚策に成り下がることを。私をただの子供だと思ったのが運の尽きだ。ここに来ることが分かっているのなら、予め罠を仕掛けておけばいいだけだ。自分がしようとしていた作戦を私に真似されるとは思ってもいないだろう。)
*
しばらくして、あの精霊が戻ってくる。
私は変わらず魔法の練習をしていた。
普段(前回)と同じ動作をしておくことで相手からの警戒を緩め油断させる為である。
その精霊は罠を張っていることに気づいた様子も無く、まっすぐ近づいてくる。
そして、その数秒後ガシャーンという音と共に彼女は拘束されていた。
私の作戦が上手く機能したようだ。私が時間をかけて作った罠はたとえ私よりも実力が上である者でも抜け出すことは容易では無いだろう。
「なんなのこれ、意味が分からない!」
(何を言っているんだろう、この人は。相手がやろうとしていたことをやり返しただけじゃないか。)
「私が張った罠ですよ。あなたがどこかに行っている間に作っておいたんです。あなたでもすぐには脱出することができないでしょう?」
この精霊はお母さんほどではないが、今の私よりも遥かに強い実力者である。しかし、この魔法は一刻の時間をかけて作られたものだ。予め準備していれば、実力が離れていても一時的に拘束すること位はできる。お母さん相手には無理だろうけど、そもそもお母さんはこんな罠に引っかかることは無いだろう。
「なんでこんなことをするの?そんなに私が来ると迷惑だった?」
女性は本当に分からないといった感じで聞いてきた。
「当然でしょう。私だって捕まりたく無いですから。何が目的かは知りませんけど、私程度いつでも簡単に倒せると思われるのは心外です。」
今度はとぼけた顔になる。本当に表情を変えるのが上手な人だ。上手すぎて逆に不自然に見える程である。
「捕まえる?何のことなの?」
普通ならこのとぼけたふりに騙されていたかもしれないが、今の私は魔法によって感覚が研ぎ澄まされていた。気のせいかもしれないけど。
「とぼけても無駄ですよ。あなたが私をどこかに連れ去ろうとしていることは最初から分かっているんですから。そもそも初対面の人に名乗らない時点で怪しいです。それに家に来る時間も親が出発した丁度一週間後で、親がいない真ん中の時期ですよね。その時間を狙って現れたようにしか見えません。私でも簡単に気付けるなんて、犯罪は初めてなんですか?これに懲りたら二度と犯罪なんて起こさないでください。」
私は犯行に気づいた理由を述べた。
「なんか勘違いしているみたいだけど、私は誘拐なんてしないわよ!」
女性は呆れた様子でため息をついた。私は驚き、声が少し大きくなる。
「まさか殺人!?」
女性は咄嗟に大声を出す。
「なんでさらに悪い方向に行ってしまうの!?普通に見せたいものを持ってきただけなのになんでこんな仕打ちを受けないといけないのよ!」
それでも私は女性のことを疑っていた。私を油断させて拘束を解く準備などをしているのかもしれない。嘘をついているようには見えないが、油断は禁物だ。
「それは本当のことなんですか?」
彼女は私に一通の手紙を差し出した。
「持ってきたものをみせるから、それなら信じてくれるでしょう。」
渡された手紙はお父さんとお母さんからだった。筆跡はお母さんの字だ。独特な字で真似て書くのは難しいだろう。中を見ればこの精霊が本当に怪しい人ではないか分かるだろう。封を切って、手紙を読むことにした。
その間も女性は拘束され続けていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
自分のペースで書き進めて行きますが、これからも読んでくれると嬉しいです。