2人の行方
魔力を探ってみると南東に2人の気配を見つけることができた。近くにはひとつの大きな魔力があり、それと対峙している様な状況だった。
マリアとニーナの他に戦えそうな人は近くにおらず、2対1でも守るのがやっとだった。それには周りに一般人がいることで戦いに集中することができないのも理由の一つだが、それよりも相手の実力が2人を大きく上回っているのが1番の理由だろう。
(このままじゃ危険だな。少しでも早く行かないと手遅れになってしまう。)
光属性魔法である回復魔法は私には使うことが出来ないから急いで行かないと。重傷を負っただけで手遅れになってしまう。
『スゥ!私は先に行くから、この3人を連れてきて。私がどこにいるのか分かるんだよね?』
1度テレパシーで接続したら少しくらい離れても途切れることは無いはずだ。スゥなら迷わずに私のところまで来てくれるだろう。
『分かった。』
虎が人間を仲間のところまで案内するなんて普通に考えれば不思議なことだが、その言い訳は後で考えることにしよう。それよりもまずは皆無事に問題を解決しないと。
「私は先に行くから、ラスカル達はこの子について行って。」
私はジャンプして近くにある建物の屋根に着地した。これなら迷うことなく最短で行くことができる。
「はぁっ、どういう事だよ。」
ラスカルがその意味を理解する間もなくユミルは視界から消えていってしまった。
私は全速力で駆け付けた。私は近くまで来るとその大きな魔力に向けて1番得意な氷の魔法を放った。
その瞬間、相手は私の存在に気づいていた。
彼女は身を捻ってギリギリで魔法を躱した。空中で魔法を操作してもう一度攻撃をしたが、最初の攻撃でバランスを崩したにも関わらず、右手の剣でそれを防いでいた。
彼女はそのままの勢いで後ろに跳び、私から距離を取って体勢を立て直した。
私は屋根から飛び下りて彼女と2人の間に着地した。
「なかなか楽しませてくれそうじゃない!あんた何者よ!」
喋っている間も敵は一切警戒を緩めない。それは私も同じだ。
「それは私が聞きたい。あなたは何者?どうしてこの二人を狙ったの?」
「私はこいつらを狙っていたわけではない。目的を邪魔されたから少し遊んであげただけだ。」
遊んでいた、という表現もある意味正しいのだろう。彼女が本気を出したらマリアもニーナもすぐに殺られてしまっていたはずだ。それほど彼女は危険な存在だった。実力では当然Aランクの冒険者でも上位に位置するほどの存在だろう。不意打ちで放った魔法も手を抜いた訳では無いのに無傷で切り抜けられた事からも実力が読み取れる。
「なら本当の目的は何?」
「それをお前に教えると思うか?邪魔するなら誰であっても殺すぞ!」
彼女からは先程までとは比べ物にならないくらいの殺気が振り撒かれている。私相手では手を抜いてはくれないようだ。
「教えてくれないのなら無理矢理にでも聞かせてもらうよ。」
私は剣を構えて彼女と対峙する。
先に動いたのは彼女の方だった。
*
「ユミルはどこかに行ってしまったが、どうすればいいんだ?見た感じ南東の方に行ったようだったが。」
ラスカルがそう言うと、ダルニスがそれに答える。
「南東といえば商店街があるあそこじゃないか?前にも買い物に行ったことがあっただろ?」
ダルニスの言葉にユリウスは肯定した。
「確かにその近くには他に行きそうな場所は無いな。」
再びラスカルが話し出す。
「ユミルも急いでいるようだったし、俺達も急いで行った方がいいだろう。」
「そうだな。ところでこいつはどうする?ユミルと一緒にいたようだったが連れて行った方がいいのかな?」
ダルニスが僕を指差してラスカルに聞いた。
「ここに放置しておくのも危ないから連れて行こう。」
ラスカルは僕を抱いて走り出した。
僕は何をすることも無くラスカル達は勝手に目的地を理解してそこに向かって行った。
*
彼女は最短距離で私に向かってくるが、隙は見当たらない。下手に動けば私でも返り討ちにあうかもしれないくらいの気迫があり、下手に動けずにいた。
彼女は私に近づきながら左手から魔法を放つ。その時もやはり隙は見当たらない。
魔法は牽制程度のもので大した威力は無いが、直撃すると後から響いてくるくらいの威力はあった。かといって避けてしまうと後ろに火が燃え移って大変な事になってしまうだろう。
私は水の魔法で一気に火を打ち消した。それにより大量の水蒸気が空気中を舞い、視界が遮られる。
それでも相手は止まらずに突っ込んできた。私と同じように視界に頼らなくても敵の位置を把握できるように訓練されているのだろう。
私はそれを右に避けて躱して反撃に出た。実際には右前に躱して避けながらもすぐに反撃に出れる体勢になっている。
私の動きには流石に彼女も驚いていた。彼女の攻撃はギリギリの所で躱され、攻撃に出たはずの彼女の方が危険に晒されているからである。
先程彼女がギリギリで躱したのとは違って、ユミルの動きは一切無駄のないギリギリの躱しだった。少しズレれば左腕に傷を負っていたことだろう。しかしユミルのこの行動は暗殺者のように怪我や死を恐れていないからできる行動ではない。怪我や死が嫌だからこそできる行動だった。たとえ相手が自分よりも強者なら、いや強者だった時こそ必ずこのギリギリの戦いをするだろう。一瞬の迷い、その隙が強者同士の戦いでは致命的となるのだから。
彼女が攻撃から防御に切り替える暇はなかった。右手の剣は心臓一突きを狙っていて前に伸びたままだった。前のめりになっていた彼女は今更私の剣を躱すこともできなかった。彼女にできたのは左腕を犠牲にして剣を受け止めることだけだった。
私が横に振り向いた剣は彼女の左腕に深々と刺さり、大量の血が辺りに飛び散った。しかし腕を完全に切断することはできなかった。
力を緩めたつもりはなかったが、心のどこかで彼女を殺すことを少し躊躇ってしまっていた。私はまだ聞きたいことがあったからと心の中で言い訳したが、どちらにしても彼女は何も話してはくれないだろうから苦しめずに殺してしまった方が私も彼女も楽だったのではないだろうか、とも考えた。
どちらにしても、結果的にはその行動は間違いだった。
彼女は何かしら薬のようなものを噛み砕いた。
その瞬間外れかけていた彼女の腕は一瞬のうちに再生して体は膨張していった。体の大きさも、腕の太さも、体の至る所が2倍以上の太さになっていた。身長も少し伸びて2mを超えていた。
その影響は肉体だけでなく中の魔力にまで影響を与えていた。魔力は恐るべきほど活性化されてこのままでは何もせずとも直ぐに朽ち果てるだろう。それと同時に心臓の鼓動も早くなっていて全身の機能が上昇している。
簡単にまとめれば、命と引き換えに少しの間パワーアップする薬という事だ。
私は変わり果ててしまった彼女を見て後悔した。
(あの時に躊躇わなければこんな事にならずに済んだのに。どうせ死んでしまうのなら苦しませずに殺してしまった方が良かったはずだ。)
「ごめんね。すぐにその苦しみから救ってあげるから。」
そう呟いて、私は再び彼女と対峙した。