虎の子、危ない子
しばらく外で待っていると、門番がギルドマスターを連れてギルドから出てきた。
(もう戻って来ちゃった。どうすれば良いのか全然分かんないよ。どうすればいいのかな?)
『僕に聞かれても分からないよ!でも、どうにかしないとこのまま連れて行かれちゃう。』
私達は門番達が戻ってくるまで必死に考えていたが、いい案を出す間もなく門の前まで戻ってきてしまった。
ギルドマスターが近づいてきて私と目が合った。
「虎を連れてきた冒険者というのはお前の事か。何があったのかは知らんが、お前が一緒に居るなら問題を起こすことは無いだろうな。」
ギルドマスターは私のことを信じてくれるらしい。それでも中に入る事ができるようになる訳では無いが、その可能性は高くなるだろう。
「ギルドマスターからも説得してくれませんか?この子はとても大人しくて人を傷つけたりしないよ。」
私はギルドマスターに助けを求めたが、次に門番が話し出した。
「しかし⋯⋯、そんなこと誰にも分からないでしょう。未来を見ることができるわけでもないんですから。」
当然ながら門番は門を通してくれなかった。
「その通りだが、俺からも頼む。この町で被害が出たら俺の責任になるが、こいつはそんなことしないと信じている。」
ギルドマスターは私側についてくれた。依頼を受けたことで貸しがあるし、最初から説得を手伝ってくれるとは思っていたが、責任を負ってまで頼んでくれるとは予想していなかった。
私は心の中でギルドマスターに感謝した。
「分かりました、ギルドマスターの頼みを蔑ろにする訳には行きませんしね。でも、もし何か問題があれば、お二人方には責任をとって頂きますからね。」
この町にとってギルドマスターは領主に匹敵するほどの権力を持っている。他の町でもある程度の権力は持っているが、この町は強い冒険者が多く集まる場所なので、それをまとめるギルドマスターの権力は他の町とは違うという訳だ。
匹敵するとは言っても領主の権力の方が上だということには変わりはないのだが、領主であってもギルドマスターからの願いを簡単に断ることができないのは確かだろう。
「ありがとうございます。」
私は門番にお礼を言った。
ギルドマスターが予想以上に頑張ってくれたおかげで早くに許可を貰う事ができたから、ギルドマスターにもお礼を言っておいた。
門番は門の内側の少し離れた場所に道具を取りに行った。
ギルドマスターはそれを見ると、私の肩を思いっきり掴んで門番には聞こえない声で言った。
「ユミル、本当に大丈夫なんだろうな?責任取らされて無職になるとか俺は嫌だからな。絶対に問題を起こすんじゃないぞ!」
『私が問題を起こさないって信じてくれたんじゃ無かったの?さっきはそう言っていたような気がしたんだけど。』
『間違いなくそう言っていたけどね。信じていても心配になるのが、人間という生き物だよ。』
『そういえば私も自分では信じているつもりでも、心のどこかでは他の可能性も考えてしまう事があったな。門番が言っていたように、未来なんて誰にも分からないからね。知らず知らずのうちに被害が出てしまうこともあるだろうし⋯⋯。スゥは大丈夫だよね?』
『大丈夫だよ⋯⋯たぶん。』
『そこは大丈夫って言い切ってよ。余計に心配になってきちゃうじゃない。』
「心配いりません。問題なんて起こしませんよ。」
私は心配する様子を一切見せず、表情を変えることなく言い切った。
「そうだよな。心配のしすぎか。」
少し無言の時が続くと、門番が首輪を持って戻ってきた。
「この町にいる間はこの首輪をつけておいてください。問題が無ければ、他の町でも使えるようにしますからね。」
私はスゥに首輪をつけて門をくぐった。
その後ギルドの中にある部屋に入り、ギルドマスターと私とスゥの2人と一匹だけになった。
「どうして虎の子供を連れてきたのか理由は聞かせてもらうぞ。」
私は一部の真実を隠しつつ、依頼の最中に起こったことを説明した。
スゥは聖獣とは言わず、虎の子供ということにして、念話を初めとして他にも魔法を使えることも当然秘密にした。
結局話したのは、最初に出会った時にスープをあげて懐かれてしまったことと、一緒に行ったおかげでそこからは迷うこと無かったことくらいだ。道案内してもらったのも、野生の感覚で道が分かるんだろう、ということにした。
そして、これからも自分の旅にスゥも連れて行きたいことも話しておいた。
虎は危険な動物で、子供の頃ならまだマシだが、成獣になると狂暴で人を傷つけてしまう、と恐れられているから旅に連れて行くことは難しいだろう。魔物が現れて、それらが危険の象徴となる生物になったとしても、虎が危険な動物であることに変わりはないのだ。
本当なら今のうちに捕まえて安全な所で保護しておきたい所だろうが、私はそんな事を望んでいない。できることなら何も無く納得してくれる方がいいのだが、町の住民達のことを考えると簡単に許可を出すことはできないだろう。
「そんな事があったのか⋯⋯。本当に一緒に旅を続けるつもりなら、まずここの領主様に認められないといけないな。何かあれば領主の責任にもなるし、簡単には認めてくれないだろうがな。」
(領主に認められるには、領主からの依頼を受けたりして信頼を得るしか無いだろう。Cランクの私に領主からの指名依頼が来ることは普通はないことだが、そこはギルドマスターに頼めば何とかしてくれるはずだ。)
ギルドマスターにその事について頼んでみると、できる限りの事はする、と言ってくれた。
このギルドマスターなら口約束だけでも色々としてくれるだろう。
私はその返答に満足して席を立った。
「もう帰るのか?もっとゆっくりしていってもいいんだぞ。」
「何言ってるの?ギルドマスターなんだから忙しいんでしょ。それに、1日帰ってないから宿の人達にも心配されているかもしれないし、できれば早く帰りたいんだけど。」
宿の人には何日か宿を開けるとあらかじめ言ってあるから実はそんなに心配されていないかもしれないが、早く帰ってきてあげた方が安心するだろう。
「そうだな。じゃあこれからもできるだけ毎日ギルドに顔出してくれよ。ユミルに依頼が来るかもしれないから、できるだけ早く受けた方が領主からの好感度も上がるだろ。」
私は軽く頷いて部屋を出ていった。
ギルドから出ると既に日は沈み始め、綺麗な夕焼けを見ることができた。まだ夕御飯には少し早い時間だが、お昼を食べるのを忘れていたから十分お腹が空いていた。
『お腹すいたから早く宿に帰ろっか。』
『そうだね、どんな所か楽しみだよ。』
そうして私達は宿に帰って行った。