身体能力強化魔法を教わる
「身体能力を強化する魔法、そんなものがあるんですか?身体を鍛えるのが普通だと思うんですけど、やって見せてくれないと信じられません。」
実際にお父さんの身体は鍛えられており、魔力を使用せずに目で追えないほどの速さで剣を振っていた。
私は魔法で身体能力を上げることができるとは思えなかった。お母さんが魔法を使うのを見た事があったが、空中にある魔力を使って魔法を発動しており、体内の魔力が使用されることはなかったからだ。体を強化するなら表面だけでは内側が耐えられないから不可能だと思う。それとも、体内の魔力を使うのだろうか?体内の魔力は体の調子を整えたりする役割がある事は知っているが、それ以外にも使うことができるのか?
「そうか、最初はそう思うことかも知れないな。身体を鍛えることも大事なことだ。でも、これができないとすぐに限界がきてしまうだろうな。身体にある魔力を全身に循環させることで身体能力を飛躍的に向上させることができるんだ。」
そう言って、お父さんは一瞬のうちに私の後ろに移動して私の肩を叩いた。
「ほらな。」
お父さんの方を振り向くと、お父さんの体には魔力が血液と同じように全身に流れ、体の機能を飛躍的に向上させていた。まるで消えたような動きだった。いくら体を鍛えて完璧な肉体に近づけても辿り着けないほどにその動きは速かった。明らかに人間の肉体限界を超えた動きであっただろう。
私は感動した。
「凄いです!魔力というものはそんなこともできるんですね!この魔法があればもう敵無しですよ!」
私はお父さんの凄さを改めて思い知らされたようだった。魔法を使っていない状態のお父さんですら人間の限界を超えていると思うほどに素晴らしい動きだったが、魔法を使用したお父さんは英雄と呼ばれるにふさわしい能力を持っていた。
「確かにこの魔法は凄いがそれだけではない。魔力を使えば身体能力を上げる以外にも色々なことができるぞ。俺は魔力の量は多いんだが、無属性魔法しか使うことができなくてな。その代表となる魔法がさっき使った身体能力強化魔法なんだ。詳しく聞きたいならお母さんに聞いてみるといい。人間が使う魔法とは少し違う精霊魔法と言われる魔法を使うが、人間の魔法にも俺よりも詳しいだろうからな。ユミルになら精霊魔法も普通の魔法も使うことができるだろう。しかし、適性がある魔法属性は親からの遺伝が多いから魔法は無属性魔法だけしか使えないかもな。その代わりに精霊王であるルナの精霊魔法は四大元素全てに適性があるからそれら全てを使うことができるかもしれないぞ!」
(お父さんは少し脳筋気味だから魔法について詳しくなくても仕方ないな。しかし、身体能力を強化できるだけでも凄いのに魔力を使うと四大元素を操ることができるというのだから驚きだ。お母さんは家事に魔法を使うことが多いが、お父さんのように魔力の制御を鍛えれば、もっといろんなこともできそうだ。)
「そうなんですね。お父さんからの指導を受けてからだと夜になってると思うから次の日にお母さんにも聞きに行ってみますね。身体能力強化魔法もいいですが、他にどんな魔法があるのか知りたいですから。」
(剣術以外にも魔法も上手に使うことができるようになりたいな。そして、もし強くなって1人で生きていけるようになったなら、お父さんたちが守ったという世界を見てみたい。他にも、お父さんたちと一緒に戦ってくれたという仲間たちにも会うことができたらいいな。)
「じゃあ、身体能力強化魔法の練習を始めるか。まず魔力を感じるところからだな。」
考え事をしていた私はお父さんの声が聞こえて、はっとなって反射的に聞き返していた。
「でも魔力を感じるにはどうすればいいんですか?」
そう聞かれると思っていたであろうお父さんはすぐに答えた。
「すぐにできる簡単な方法があるぞ。両手を出してくれ。」
私が両手をお父さんに差し出すとお父さんはその手を掴んで輪になるようにした。さっきまでお父さんは剣を握っていたので、掌はまだ汗でべたついていた。
「これで俺がユミルの中にある魔力を俺を通して循環させるんだ。俺ぐらい魔力操作が上手ならできるんだよ。普通の人はできないがな。」
少しすると、魔力を感じることができた。
「凄いですね、これが魔力ですか。」
少しだけぽかぽかする感じがした。気持ちが高まって今ならなんでもできるような気がしてくる。
精霊は空中にある魔力や人の体内にある魔力を見ることができる。精霊の体にも魔力は流れているが、精霊は体内の魔力を扱う方法を知らず、どんな物なのか漠然としか知らないのだ。
時が経って体が安定してくると自然に自分に合った属性の精霊魔法が使えるようになるが、それでも体内にある魔力は操作できないようだ。だが、人間の親を持っている私はどうやら体内にある魔力を操作することができるらしい。これを上手くできるようになれば、剣の練習もできるようになるだろう。
「感じられたか?ならもういいだろう。次はさっき感じた感覚をイメージして1人で循環させて見てくれ。まあ、難しいから最初はできなくていいんだ。でもできないとやらないは全くの別物だからな。できなくてもやろうと挑戦を繰り返すことが大事なんだ。できなくても、何がダメだったのかを考えて改善する。そしてまた挑戦する。これを繰り返していくことで1歩ずつ進歩していき、最終的にはできるようになるんだ。」
今ではこんなに強いお父さんでも最初から強かったわけでもないと言うことだ。剣聖と呼ばれるまでになる王国一の剣士と言われているが、お父さんも今の自分にできることに一生懸命取り組んで、他の人以上に練習してきたのだろう。私も強くなるためにはお父さんが言うことが正しいと思った。
「はい、少しやってみますね。」
そう言って、意識を集中させてさっきお父さんにやってもらった魔力の循環を真似てやってみる。
魔力を少し動かすと体の中であっちこっちと動き回り、体が少しぽかぽかしてきた。
「あれ?できたような気がします。もっと時間がかかると思っていたんですけど。」
このあと何回もの挑戦と失敗を繰り返すことになると思っていた私は予想外の出来事に驚いていた。それはお父さんも同じことだろう。
「本当にできたのか?ユミルの言った通り普通はもっと時間がかかるものだと思うんだが。ちょっと俺にパンチしてみてくれないか?」
パンチはタッチとは違う。本気で殴ろうと思うのなら全身を使って殴ることになる。パンチなら全力でやってもお父さんが上手に受け止めてくれるから、急に能力が向上した自分の体に振り回されることもないだろう。
パンチしてみるといつもよりも遥かに強く殴ることができた。魔力は腕だけでなく、全身に行き届いていたので、反動でどこかを痛めてしまうこともなかった。お父さんが上手く受け止めてくれたことで、私に帰ってきた衝撃が大したこと無かったのが大きな原因だろうけど、初めてにしては魔力の操作が上手くてきているだろう。
次に普通にパンチしてみたが、いつも通りでやはり魔法のおかげだということになった。
実際に自分で体感すると魔力の凄さが分かる。
最初であれだけの変化があるなら、魔力制御を鍛えればお父さんのような動きもいずれできるようになるだろう。
「本当にできるようになったようだな。ユミルは凄いな!流石俺たちの娘だ。」
お父さんはしゃがんで私の頭を撫でてくれた。褒められて嬉しかった私は素直に受け入れた。汗が髪につく事も全く気にする事はなく。
「でもそれで満足したらダメだぞ。次は常にその状態を維持できるようにするんだ。そうすることでその状態での動きになれることができるし、魔力をコントロールする練習にもなって身体能力強化魔法の精度を上げることができて人間の動ける限界以上の動きが簡単にできるようになるからな。」
簡単に使えるようになってしまったと思ったが、身体能力強化魔法には段階があるらしい。
私はまだそのうちの1段階目だということだ。
「でもこの状態に慣れるのは少し時間がかかりそうです。運動能力だけではなく視覚や聴覚までもが強化されているみたい。」
周りの景色を見渡すと、いつもとは比べ物にならないくらい多くの情報が流れ込んできて頭がクラクラした。
「全身に循環させているから、身体の全ての機能が強化されるんだ。だから五感も強化されるし身体も頑丈になる。強化されるのはスピードやパワーだけじゃないってことだ。」
(1段階だけでこんなに違うのだから極めたらお父さんのような凄い動きもできるようになるのだろう。お父さんが見ている世界はどんな感じなのだろうか?)
お父さんの言う通り常時身体能力強魔法を使っておくことにした。ここは魔力が多いので、ずっと循環させていても体内の魔力が尽きることはなく、効率的に練習することができた。
「ありがとうございます、お父さん。早く剣術を教えて貰えるように頑張りますね。もうそろそろ夕食の時間ですね。お腹がすきました、早く帰りましょう。」
私は家に向かって歩き出した。いつもよりも身体が軽く感じられた。
私は家に帰ってドアを開けると真っ先にお母さんを探した。お母さんはキッチンで料理をしていた。リビングにいてもいい匂いが漂ってくる。
「ちょうど帰ってきたわね、ユミル、トール。一緒に夕食を食べましょう。今日の晩ご飯はハンバーグだから。」
お母さんは机の上にお皿を並べていく。見たところそれ以外にもサラダやお米も置かれている。
「ハンバーグか。ルナのハンバーグは絶品だからな。どんな味か楽しみだ。」
手を洗ってきたお父さんは椅子を引きながらそう言った。次は私が手を洗いに行った。
「私の作ったハンバーグは前にも何度も食べたことがあるでしょう?」
「だがユミルが産まれてからは初めてだ。家族が増えるとまた変わってくるものもあるだろう?」
「そうね。食事の時間が2人の時よりもいっそう賑やかになったものね。」
私は手を洗いながらも、お父さんとお母さんの会話に耳を傾けていた。この前までは聞こえなかった声も、魔法を使えばしっかりと聞き取ることができるようになっていた。
全員が席につくと「いただきます」をして箸を持つ。この箸と呼ばれるものも最近になって上手に扱うことができるようになった。初めて持った時は何も分からず料理を零してしまうこともあったが、今ではそんな事はなくなっていた。
私はまずハンバーグの皿に手を伸ばす。私はハンバーグを食べるのは初めてだ。しかし、お父さんはお母さんの料理の中でも特にハンバーグが好きらしい。そんな話を聞くと、早く食べたくなるのは仕方の無いことだ。と、自分に言い聞かせて箸でハンバーグを割ると、肉汁がじゅわ~っと溢れ出した。
見るからに美味しい雰囲気を醸し出している。
すぐにでもかぶりつきたい衝動を抑えて一口サイズに切り分けると、口に入れた。
「美味しい!」
つい口に出してしまう美味しさ、噛みごたえは抜群。だが、柔らかく口の中で溶けていくようなまろやかさもあり、噛めば噛むほど溢れ出る肉汁も素晴らしい。⋯⋯恐ろしい料理だ。初めてお母さんの料理を食べた時以来だ。お母さんの料理がほっぺたが落ちそうになるほど美味しい料理だと知っていなければ、本当に落ちてしまったかもしれない。
それくらい美味しかったのだ。
「美味しいでしょ。ハンバーグは得意料理なのよ。」
お母さんは得意げだ。
「どうやったらこんなに美味しいものを作ることができるの?まるで魔法みたいです!私にも教えて下さい!」
また覚えたいことが増えてしまった。
今日一日で3つ目だ。剣術、魔法、料理。
しかし、全て本当に教わりたいのだから仕方が無い。全てのことに全力で挑戦するしか無いだろう。
「いいわよ。でももう少し大きくなってからね。」
常に体内に魔力を流して制御しているので、それ以外のことに集中するのは難しそうなので、今はこれに専念した方がいいと判断した。
「分かりました。」
ここでお父さんが話し出す。
「実は今日、俺がユミルに身体能力強化魔法を教えたらすぐに使えるようになったんだ。」
自分のことでもないのに自慢げに話すお父さんを見て、私はお父さんのお陰だと思って褒めた。
「お父さんの教え方がよかったからですよ!」
「それもあるだろうが、ユミルの才能の方が理由としては大きいだろう。俺が魔力を操作して魔力の感覚を知っていた状態とはいえ、一回で成功させるにはかなりのセンスが必要になることだろう。」
お父さんにしては珍しく真面目に答えていた。それを聞いたお母さんは喜んで少しはしゃいでいるようだ。
「すごいわ、ユミル。あなたには魔法の才能があるのよ!もし興味があるなら明日私が魔法について詳しく教えてあげるわよ。でも、魔法と精霊魔法は似ているけど違うものだから、精霊魔法の才能はどうか分からないわね。」
丁度魔法について教えて貰えるように頼もうとしていたので手間が省けた形となる。お母さんはお父さんと違って家事などをしていたので自分のために時間を使ってもらうのは少し憚られたが、お母さんから提案してきたのなら断る理由は無いだろう。
「よろしくお願いします、お母さん。」
会話が終わると残りの食事を食べ始めた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
自分のペースで書き進めて行きますが、これからも読んでくれると嬉しいです。