ギルドマスターに会う
しばらくして、アリスさんが戻ってくると後ろにはギルドマスターだと思われる人物がついてきている。
その男性は急に走り出し、アリスさんを追い越してこちらに近づいてくる。このままだとぶつかると思った私は横に移動した。
さっきまで私がいたところを通り過ぎてマトラスさんの前で止まる。身長差がありすぎて見上げているマトラスさんの首がきつそうだった。
「お前、マトラス・アーノルドだろ?そうだよな?」
マトラスさんは少しだけ後ろに下がって首を回す。
「そうですが、どうして僕のことを知っているのですか。どこかでお会いしたでしょうか。」
マトラスは視線を動かし全体を見るが、記憶の中に同じ人物はいなかった。
「覚えていないのか、俺を。王立士官学校の生徒だった時、学内大会で一つ下のお前に敗れてしまったことを俺は覚えているぞ。」
ここにやっとアリスさんが追いついてきた。
「はぁはぁはぁ、速いですよ。っていうかギルマスが負けたんですか?というかこの人一つ年下ですか?とてもそうは見えません。」
そう思われても、仕方が無いだろう。私だって今初めて会ったとしたら、10代、高くても20代前半程度だと思っただろう。
「そうだ、とは言ってもこいつは昔とほとんど姿が変わってない。俺は老け顔になったというのに。あれから1度も再戦の機会を得られなかったが、これは運命と言うやつか。まさか、お前の方からやってきてくれるとはな。」
マトラスは思い出すように記憶を探っていたら、全然似てないが、昔大会で倒した先輩のことを思い出した。
「思い出したよ。ロイド・クローランスだよね?でも髪型だけで人間の印象って全然違うんだね。」
実際は髪型だけでなく、顔つきや髭、体格まで、完全に別人だと思った。
「思い出したか。なら、あの時の再戦受けてくれるな?」
「当然受けるよ。僕だって逆の立場なら再戦を申し込むだろうしね。」
「なら早速やろう!」
ギルマスはマトラスさんの腕を掴むと強引に連れて行ってしまった。
「待ってください!そのために来たわけじゃないでしょう!」
アリスさんは大きな声で呼び止めようとするが、ギルマスは止まることなくどこかへ行ってしまった。
「2人でどこに行ってしまったのでしょうか」
私は疑問に思いながらも座り込んで泣き言を漏らすアリスさんに手を差し伸べて立ち上がらせた。
「多分、地下にある訓練場じゃないですか?案内しますね。」
歩き始めるとアリスさんは聞いてくる。
「あの方がギルマスを倒したことがあるって話本当なの?」
「私は知らなかったですが、本人がそう言っているのならそうなんでしょうね。」
私も王国のことはよく聞いていたが、マトラスさん自身のことはほとんど聞いたことがなかった。
「あまり信じられる話ではないですね。ギルマスが戦っている所は見たことがありますけど、あれに勝てるんですか。」
ギルドマスターがどれほど強いかは分からないが、上には上がいるということなのだろう。
「一応だけど20年前の話だからね。今はどっちが強いかなんて分からないよ。」
私はアリスさんにそう言った。
階段を降りていくと地下は大きな部屋になっていた。さっきまでいた部屋と同じように何も無い広い空間だった。
少し前では、2人が剣を打ち合っていた。軽く打ち合っているだけで、まだ勝負は始まっていないのだろう。準備運動程度のものだった。
私たちが来たことに気がつくと剣を止めてこちらに近づいてくる。
「やっと来たか。そろそろ始めたいから審判と仲介人を務めてくれ。」
ギルドマスターが私の横にいるアリスさんに言ったが、アリスさんは困ったような仕草をする。
「私にギルマスの勝負の仲介人なんて務まりませんよ。」
「冒険者同士の決闘は審判と仲介人を必要とするだろう?見ているだけでいいから何も心配はいらない。ギルドマスターが決まりを破る訳にはいかないからな。」
少し時間が開き、ため息をついていやいやと了承した。
「分かりました。私しかやる人がいませんから仕方がありません。」
「私もそばにいますからそんなに心配しなくて大丈夫ですよ。」
私は安心させるためにこう言ったが、お礼を言われるだけで私はあまり頼りにされていない。
「それでは、今から決闘を始めます。」
アリスさんが腕を振り下ろすのが決闘の始まる合図だ。振り下ろされると、二人とも魔法を放つ。
ギルドマスターは火の魔法、マトラスさんは風の魔法だ。
ギルドマスターはそれを躱してどんどんと魔法を放っていく。
マトラスさんはうまく躱しているが、風の魔法と違って、火は地面に残るので動ける場所がどんどんと規制されていく。
このままではマトラスさんが負けてしまうだろうが、早くもここで戦いが動き出す。マトラスさんは横ではなく前に行き、炎の魔法を飛んで躱した。跳ぶだけなら格好の的になってしまうが、マトラスさんは飛んだのだ。
ギルドマスターが放つ魔法を風を利用して躱していく。空を飛ぶのには高度な魔法制御能力を必要とするが、マトラスさんはそれをしているのだ。
魔法を躱して距離を詰め、高い場所から剣を振り下ろす。ギルドマスターは魔法を使っていて反応が遅れたが、辛うじて剣で受け止める。
しかし、予想以上に衝撃が強く、受け流すことができずに剣が折れてしまう。刃が潰されているとはいえ、あれをまともにくらっていればタダではすまなかっただろう。
ギルドマスター剣が折れて反撃ができずに降参した。
「俺の負けだ。まさか空を飛ぶ魔法をつけあるようになっているとはな。」
マトラスさんは剣をしまって右手を見ている。剣が折れるほどの威力だったからかえってきた衝撃も相当のものだっただろう。故に、右手が少し痺れているのだ。
「本業は商人だけど鍛錬は怠ってないからね。20年前と比べると強くなっていると思っているよ。」
アリスさんは驚いている。本当に驚くことが多い子だ。
「商人のアーノルドといえば、アーノルド商会じゃないですか!?」
「そういえば、まだちゃんと名乗ってなかったね。僕はアーノルド商会の商会長、マトラス・アーノルドだよ。」
最初はギルド内だから、ギルドカードしか見せていなかったのだ。アリスさんは走ってマトラスさんに近づいて行く。
「まさかこんな所でお会いすることができるとは思ってもいませんでした。あそこの商品はよく利用させてもらっているんです。」
「ありがとう、これからも使ってくれると嬉しいです。」
「もちろんです。」
アリスさんはマトラスさんと握手を交わした。
「そういえばなんのためにここに来たんだ?俺のことは覚えていなかったから俺と再戦するためではなかったんだろ?」
アリスさんはハッとなってマトラスさんから手を離して話し出した。
「そうでした。実は東の草原でレッドオークを見たらしいんですよ。」
「なんだと!最近草原でオークが発見されることが件数確認されているが、上位種のオークはまだ発見されていなかったんだが。オークの出現地の中でも奥の方にいるレッドオークがこんな所にいるのは異常事態だな。何も無ければいいが、オークの巣の奥の方まで調査する必要があるな。」
ギルドマスターは歩きながら話す。他の人もそれについて行った。
「誰に依頼しますか?調査依頼は何が起こるか分からないので受けようとする人は少ないですよ。」
ギルドマスターは考える素振りをしながらマトラスさんの方を見る
「そうだな。行ってきてくれないか?」
ギルドマスターはマトラスさんの肩に手を乗せた。
「困っている人を助けてあげたい気持ちはあるけど、王都に仕事が残っているからな。これから急いで帰らないといけないんだ。」
マトラスさんは断るが、それでも諦めていない。
「そこをなんとかできないか?」
「大丈夫だよ。僕は行けないけど代わりにこの子が行ってきてくれるよ。」
ギルドマスターはマトラスさんの肩から手を離すと私の方を見る。
「ずっと思っていたが、このお嬢ちゃんは誰なんだ?お前の娘かなにかか?」
(ようやく私が喋る番か。勝手にどんどんと話が進んでいってしまうのは嫌だからね。)
「ユミルといいます。マトラスさんの娘ではないですよ。」
「まだ15歳になったばかりで冒険者登録もしていないけど、僕よりも強いし、実戦も経験しているから、僕よりも適任だよ。」
マトラスさんが私を紹介した。
「お前よりも強いとか、お前が冗談を言うとは思はなかったな。」
ギルドマスターは声を出して笑いだした。
「冗談じゃないんだけどね。」
マトラスさんは真剣な顔で答えると、ギルドマスターは笑いを止めて真剣に答えた。
「もし調査に行かせるにしても、ひとりじゃダメだな。一人で調査に行かせたとなればギルドマスターとして駄目な奴になってしまうだろう。」
私は1人でも何の問題もなかったのだが、そんなことを言われては一人で行くことはできない。
「それならラスカルさんはどうですか?一時的にパーティーを組もうと誘われたんです。」
「ラスカルのパーティーか、いいパーティーだな。いい人ばかりだし、実力も申し分ない。最近はここに来たばかりで慣れてないの人たちを助けしてあげているようだしな。パーティー組んだ最初の依頼が調査依頼だというのは可哀想な話だがな。」
ギルドマスターは受付まで戻ってくるとラスカルさんのパーティーを探し出す。ラスカルさん達はさっきいた場所から動いていないようだ。私が駆け足で近づいて行くと、後ろから他の人もついてくる。
「ラスカル、あの子が戻ってきたわよ。」
正面に座っていた女性が声をかけた。
ラスカルは振り返って私を見つける。
「本当だ。」
ラスカルさんもこちらに気がつき近づいてきたが、途中で立ち止まった。
「どうしたんですか?ギルマスさん。」
後ろにギルドマスターがいて驚いて動けなくなってしまったのだ。
「お前を探していたんだ。ちょっと頼みがあってな。」
「僕に頼みですか?ギルマスの頼みなら聞きますよ。」
ここに来たばかりの頃に手合わせしてから、ギルドマスターのことを尊敬するようになったのだ。それより前はギルドマスターは権力を持って偉ぶっているいけ好かないやつ、というイメージが強かったが、この出来事があってからは考えが変わっている。
「それは助かる。東の草原にレッドオークがいたんだ。だから、オークの巣の調査を頼みたい。」
「調査依頼ですか。」
ラスカルは下を向いて悩んでいるようだ。
「嫌かもしれないが頼む。こちらで助っ人も用意したから。」
ラスカルは驚いて辺りを見渡したが、そのような人物は誰もいなかった。
「助っ人?誰ですか。」
「私です。ユミルといいます。よろしくお願いします。」
まさか初心者だと思っていた人が助っ人だとは思わなかっただろう。
「調査依頼は危険なんだぞ。本当に大丈夫なのか?」
ラスカルさんは私を心配してくれるが、ギルドマスターは言う。
「まあ、大丈夫だろう。こいつの実力は俺が保証してやる。足でまといになることは無いはずだ。」
ラスカルさんはほんの少しだけ迷ったものの、すぐに決断を下した。
「分かりました。では6人でいってきます。」
早速皆で出発しようとしたが、ギルドマスターがそれを止めた。
「もうそろそろ昼食の時間だ。昼飯くらい食べてからでもいいだろう。お互いのことも知っておいた方がいいと思うぞ。」
ギルドマスターがそう言うので昼食をとってから行くことになった。