ダンジョンに行く
もうユミルが10歳になりました。
それから月日は流れ、私は10歳になっていた。成長は止まり、体は安定して、外にも出られるくらいになった。
身長は150センチほどで止まってしまったが、髪と眼はお母さんよりも色が薄い水色で、お母さんと同じくロングストレートヘアーだが、身長と同じく胸はお母さんほど成長してくれなかった。お父さんの引き継いだところは、まあ、頑丈な肉体なのだろう。今となっては素手で木を殴っても痛くないどころか木が折れてしまうだろう。
今日からはダンジョンに行って実践訓練をすることになった。この10年間ほどで剣も魔法もかなり上達して、魔法も使えばお父さんと互角に戦えるくらいに強くなった。剣の腕だけで言えばまだまだ負けているが、旅立つ前までには剣だけでも勝つつもりだ。だが、実際に魔物と戦ってみないと分からないこともあるとお父さんは言った。どれだけ強くなっても実践で勝てないと意味が無いと。
魔法袋に必要なものを入れて出発の準備をする。いつもはお父さんだけで行く魔物討伐だが、今日は3人で行くことになった。
全員準備が済むと東へ行き、結界を抜けて外へ出る。外に出ると、そこは森の中だった。
精霊の住処でもたくさんの木が生えているが、大きさが全然違う。この森の木も大きいが精霊の住処にある木と比べると大したことは無い。霧が深くて迷いそうだが、この程度の木なら簡単に登れるだろうし、もし迷ったら上から見ればいいだろう。飛べるから登る必要もないだろうけど。
一つ問題があるとすれば、魔物を見つけるのが少しだけ難しくなることだろう。霧のせいで場合によっては1mほど先までしか見ることができない。視界だけでなく全ての感覚を研ぎ澄ませないといけない。目だけに頼っていれば、急に視界に現れた魔物になすすべもなく敗れてしまうだろう。元々強力な魔物がこの深い霧を味方につけて襲ってくるのだから。
しばらく歩くと少し前を歩いていたお父さんが足を止める。
「この少し先に下に降りれる階段がある。階段を降りるとそこからはダンジョンと呼ばれる所だ。」
「とうとうダンジョンに潜るんですか。」
お父さんは頷くと、前へ進む。
「すぐに階段があるから足元に気をつけろ。」
私が足元に注意して少し歩くと階段を見つける。お父さんが下に降りていくのが見える。後ろにはお母さんがいる。
軽く深呼吸をして心の中で気合を入れると、1歩を踏み出した。
下に降りると、そこは洞窟のようだった。横幅が10メートル程で1本通路の道が見えなくなるまで続いている。霧はなくなったが暗くて視界が悪いことに変わりはない。外よりはマシだが。
すぐに一匹の魔物を見つけた。一匹ではなく、一体と言った方が適切だろうか。見た目は精霊の住処でもよく見る犬のようだが、大きさは全然違う。私が見たことがあるのは大きくても50センチ程だが、この犬は3メートル以上はあるだろうか。犬と呼ぶのが正しいのかどうかも分からない。
「マスティフ・コウだ。ウルフなどとは比べ物にならないくらいでかくて凶暴な犬なんだ。足での攻撃や牙での攻撃、それを警戒して後ろに回ると尻尾でも攻撃してくる。後ろに目があるわけでは無いが的確に攻撃してくるから、実は後ろからの方が危ないんだ。正面からの攻撃は当たると危険だが、動きが単純だからちゃんと見ていればノーダメージで倒せるぞ。まあ後ろからいっても俺なら無傷だが。」
お父さんに言われた通り正面に立つと、自分の倍はあるであろう身長に圧倒される。
マスティフ・コウは吠えると左手を挙げた。
私は焦らず、振り下ろされるのを見てから右に避ける。
予想どうり振り下ろし始めると途中で軌道修正ができないらしい。お父さんの言った通り動きは単純だった。振り下ろされた左手が地面に着く瞬間、私は跳んでいた。そのまま相手の腕に飛び乗り上まで駆け上がる。首元まで行くと剣を抜き、太い首を一刀両断した。
マスティフの首と胴体が離れて倒れる。
無事討伐できたようだ。私は剣を振り、血を左右に振り飛ばして鞘に収めた。
「無事討伐できたようだな。下に行くほど強力な魔物が出るから油断はするなよ。」
「分かっています。ここは死と隣合わせの戦場なのですから。」
魔物を討伐しながら進んでいると、階段を見つける。
「ここから先はさらに強力な魔物が出てくるぞ。どういうわけか分からんが、下に行くほど強力かつ狂暴になるんだ。」
下に降りると、大量の魔物が近づいて来る音が聞こえた。魔物達がこちらに突進して来ているのだろう。
「マスティフ・ボアだな。この距離加速しているアイツの突進を受けるのは危険だ。」
危険だと言われても隙間なく突進してきていて横に避けることができない。この階層は高さが低いので、上にも避けれそうにない。
(お父さんは今までこの状況をどう切り抜けてきたのだろう)
と思ったが、ここに来るまで時間が無い。既にこちらに突進してきている魔物が確認できるほど近づいていた。
私は魔法で氷の槍を沢山作ると、ボアの大群に向けて飛ばした。魔法は全て頭に命中し、勢いを失ったボアがここまで来ることは無かったが、倒しても急に勢いが止まる訳もなく、死骸がギリギリの所まで飛んできた。少し遅れていたら死骸に押し潰されていただろう。まあ、その場合は対策しただろうから潰されることはなかっただろうけど。
(魔法でどうにかなったが、魔法が使えないお父さんはどうやってこの状況を切り抜けてきたのだろう。)
という疑問はさらに大きくなった。なので、聞いてみたのだが、返ってきたのは予想外の答えだった。
「俺も相手に突っ込んで、前のイノシシを倒してすぐに後ろに下がるんだ。あのイノシシよりも早く走らないといけないし、疲れるからあまりいい方法とは言えないけどな。後ろにも続いているから2回、下手すると3回繰り返さないとダメだしな。それで突破して勢いが止まれば後は簡単だ。」
(今の私ではこんな方法で切り抜けることはできないだろう。やっぱりお父さんは凄いな。)
この階層には他に魔物がいなかった。フロアの魔物全てがこちらに突進してきていたらしい。
次が最後の層になるようだ。他のダンジョンと比べると階層が少なく、一本道で迷うことが無いので十分な実力があればすぐに最下層まで行けるから、最初の実践訓練にいいと思ったらしい。初めてならこのダンジョンまで来るのが大変だろうが、定期的に討伐に行っているお父さんと一緒なので迷うことなく到着できた。
とうとう最後の層まで来た。壁の横には沢山の魔結晶があり、明るくなっていてこの大きな部屋全体を見渡せるようになっている。フロアもかなり広くなっており、縦、横、高さ、全てにおいて100メートルは超えているだろう。
その中心には一体の魔物がいた。顔は牛だが体は人に近い。右手には大きな斧を持っている。体長は3メートルもなく上にいた魔物よりも小さいが、ボスにふさわしい実力を持っていることが感じられる。
「こいつはミノタウロス・マスティフモードだ。マスティフダンジョンに現れるボスでこのダンジョンでは1番強力な魔物だ。とにかく右手の斧に気をつけろ。怒らすと四足歩行になって突進してくることもあるが、ここでは横に避けることもできるから、焦らなければちゃんとした対応ができるだろう。」
私はお父さんの1歩前へ出る。
「私に殺らせて下さい。危険そうなら加勢してくれても結構ですけど。」
「いいぞ。元々そのつもりだし、油断さえしなければユミルが負ける相手ではないからな。危険そうなら助けるが、それに頼って集中を切らすなよ。」
私は小さく頷くと、さらに前へ進んでいく。
距離がある程度近づくと、魔法で先制攻撃する。喉元を狙った氷の槍は右手の斧によって防がれたが、それで十分だ。
私は距離を詰めて剣で右腕を切り落とす。ミノタウロスは右腕を切られても動じず、左腕で殴りにかかってくるが、それをしゃがんで躱し、左足を切断した。ミノタウロスがバランスを崩し、立った状態で首に剣が届くようになったので首を切った。
「よし、ボスも討伐できたな。じゃあ、それを袋に入れて帰るか。」
私は魔法袋にミノタウロスの死体を入れた。今日討伐したのは、コウを8体、ボアを6体、ミノタウロスを1体だ。
「このダンジョンの魔物はユミルには弱すぎたかもな。次はもっと魔大陸の近くにあるダンジョンに行こうか。遠くになるから日帰りは難しいだろうな。」
お父さんはそう言って帰ろうとするので、私はそれを止めた。
「周りにある魔晶石は取らなくていいんですか?貴重なものなんですよね?」
魔晶石は様々な道具に使われており、今となっては生活必需品になりつつあるほどだ。
「貴重だからこそだよ。魔晶石はとても高価なものだ。俺達が沢山取ってしまうと、価格が下がってしまって冒険者になろうとする人も減ってしまう。コレを目的としてダンジョンに潜ってくれている人も、危険に見合わないからと潜らなくなってしまうだろう。そんなことになってしまうと、魔物がダンジョンから溢れてきて沢山の人が被害にあってしまうからな。それが理由で敢えて取っていないんだ。流通すれば生活は便利になるが、被害が増えてしまう方が駄目だと思っているからな。」
供給が増えることによってそんな弊害が起こるとは思いもしなかった。この年になっても親から学べることは本当に多いものだ。
「そんな理由があったんですね。でも、少しだけ取ってもいいですか?初めてのダンジョンなので記念として持っておきたいです。」
私は記念品を欲しがるようなタイプの人間では無いのだが、今日だけはこの初めて見た綺麗な景色をずっと覚えていたいと思ったのだ。初の冒険ということも関係しているのだろう。
「いいぞ。どれでもいいから好きなやつを1つ選べ。」
私は周りを見渡し、このフロアの中で最も大きい魔晶石を持って帰ることにした。
真っ直ぐ歩き、フロアの奥まで行くとそれに指をさした。
「これにします。」
「王国でも滅多に見られない大きさだな。よし、自分で掘ってみろ。失敗してしまえばその分小さくなってしまうから気をつけろよ。」
「はい。やってみます。」
大きな石を丁寧に掘り出すのは大変だったが、最後まで集中を乱さなかったので、予想以上に綺麗に掘り出すことができた。
「まあ、合格だな。それだけできれば十分だろう。」
私も初めてにしては上手くいったと思い、満足だった。
「もう何もすることもないでしょうし、ここから出ましょう。」
行きとは違い、私を先頭にして精霊の住処まで帰って行った。
さらに一気に五年がたち、あと1話で一章終わりになります。精霊の住処で起こったさまざまなことは後の話にも所々登場しますので、気長にお待ち下さい。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
自分のペースで書き進めて行きますが、これからも読んでくれると嬉しいです。