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砂漠に響く鳥の唄声

作者: 埜埜

冷たい水が頬に触れて、姫は夢を破られた。

姫の腹の上には青い鳥が乗り、小さく囀りながら樹の梢に寝転ぶ姫の顔を覗き込んだ。

姫の頭上には青く繁った緑の葉が被さり、正面を見やれば滔滔と水の湧き出す水盤。

鳥たちは囀り、近くに花開く大華の甘い香りがした。


楽園は、今日も平和。



其は、砂の丘と砂岩の大地。

家々には知らず知らず砂が入り込み、足を踏み出せばジャリリと音がする。

太陽の光は強く眩しく、影に入れば束の間視界を奪われた(人々は精霊が目隠ししているのだと云って酷く嫌った)。

吹く風は火の気配を纏い、大地と人は等しく干上がった。



アッヒーニャは麗しの都。砂の大地の西側にある。

天然の赤砂岩の岩壁に囲まれ守られた豊かの都。

湧き水の泉、花咲き乱れ艶めく、鮮やかな緑の木立。_岩陰に入ったなら、其処は震える程に寒い。神殿と宮殿は朱華色の砂岩を彫刻し掘り進めて作り、家々は連なり湾曲し街路大路はまるで迷路。


日に7度鳴らされる鐘楼の鐘の音は、王家の祖たる神鳥の妙なる唄声である。



※※



此の都の始まりは、砂漠を彷徨った男の見つけた鳥の女王の楽園(オアシス)


「昔々」で物語は始まる。


昔々、此の地に都市がなかった頃、一帯には砂の丘ばかりが連なっていた。

砂の海を越えるためには、水脈を告げるものが深い水の音を聴き、風を見る者が砂に出来る風紋を読んだ。

_時に精霊(ジン)が現れ、音を惑わし風の向きを変えて紋を乱した。

砂の路に惑えば、運が良くて這う這うの体で近くの街に助けを求め、運が悪ければ抜け出せないまま命を落とした。

砂を渡る砂渡りには敬虔なものが多く、神々の気紛れを請い願い、護符ばかり多く連ねた。


或る日、砂の路に迷った青年が唄声を聞いた。

唄に誘われた青年は、一枚岩と思った岩壁に裂け目を見出す。

熱い風は岩壁に阻まれ、内には水の涼があった。


唄声の主は幾重にも翼ある女_鳥の女王。

岩壁の内、高い処で唄っていた彼女は青年に気付くと、風が止むまでと青年の留まるを許した。


一目で恋に落ちた青年は、鳥の女王に愛を奉げた。

風が止み道を見出した後も、繰り返し通っては愛を乞うた。

何時しか2人は結ばれて、豊かな鳥の女王の楽園(オアシス)の話も広がり、人々が集って都が出来た。


鳥の女王は微笑む。

「仲良くして呉れたら、贈り物しよう。仲良くできなかったら__」



※※



豊かの都の今代の王の、  一の姫。

産婆は産まれた彼女を一目見て慌てふためき、王の元へと駆け込んだ。


「姫様の姫様の、ああ御腕は何と、鳥の!腕!」


駆け込んだ産屋、狂乱の后。

姫の姿を一目見て、王は歓声を上げた。


「我が姫、我が姫、愛らしい。我が姫、我が姫、愛おしい其の姿」


多くとは異なる形で生まれた姫を、王は愛し、后は疎んだ。

家臣の中でも、恩寵と呼ぶものと魔物と呼ぶもので、意見は分かれた。

宮殿の奥に篭る后が稀に表へ現れるとき、日を遮る薄衣の下から后は姫を憎々し気に睨みつけた。世継ぎの皇子の生母というのに、魔を恩寵を産んだとして后の立場は定まらず、年々表へ姿を見せる機会も減っていき、今では王に幾人かの測妃の話も出ていた。





天頂に日の掛かる頃合いは気温も高い。

涼を探してうっかり岩陰に入ってしまい、慌てて陰から抜け出した。

急な温度変化で爪先がジンと悴んだ。

木影に移動してほっと息を吐く。

涼しい風が頬を撫でた。

空を仰げば青い空、鐘楼の影に鳥たちが飛んでいる。

色鮮やかな木々や花々は、彫刻のように濃い影を落とした。


楽園は、今日も(しず)か。



※※



鐘楼に組み込まれた絡繰りは、風を集め鐘を鳴らす。

鐘楼に鐘突き人の影はなく、刻風(ときかぜ)を捕えて日に7度鐘を鳴らした。


都を囲む岩壁に迷い込む風は、岩陰で氷されて人々の憩いとなった。

遥かに続く岩壁の果て、雲を阻んで雨を運んだ。


風に愛された地と呼ばれるにつれて鳥の女王の口伝は鎮かとなり、神鳥の呼び名が広まった。





今日は祭りの日。

人々の憩いの場、大路の側、小路の端、整えられた水場に必ず据えられた鳥の女王_神鳥の彫刻に花を奉げる。

人々は“幸い”の花言葉をもつファーニャの花を好んで神鳥に奉げた。

赤のファーニャは、“愛”。

白のファーニャは、“長寿”。

橙のファーニャは、“名声”。

桃色のファーニャは、“良縁”。

紫のファーニャは、“不滅”。



王家の人間が輿に乗り、練り歩くパレード。

姫は長衣を着させられ、王と同じ輿の中、王の隣に用意された円座に腰を下ろした。

輿に下ろされた幕は赤、円座は青。

精緻極まる花鳥風月の刺繡の鮮やかさ。

王の側の幕は上げられ、姫の側の幕は下される。


王の輿の隣を通り過ぎて行く、妃と皇太子の輿から視線を感じた。

姫といえば気のない様子で、后と兄皇子が通り過ぎるのを見ていた。


楽隊が鳴らす音楽の音色は弾むよう。散らされる色とりどりの花々。

人々の弾ける笑顔。


楽園は、今日も鮮やか。




※※




気紛れに姫は鐘楼に登った。

鐘楼は高く、上層は風が強い。小さな風車を見て、連なる鐘と絡繰りを見た。

都の高い処にある鐘楼から見る地上は遥か遠く、都を一望できた。


楽園は、今日も__。


背後から荒々しく迫る幾つもの足音に、姫は気づいて振り返った。

現れた兄皇子と其の側近。

手に手に携えた、抜き身の剣は不穏。

肩を怒らせ眉を吊り上げた兄皇子は、剣の切っ先を姫に向けた。


魔物め、我が母の胎を借りて現出した悪魔め。私が成敗して呉れる!

お前が生まれてから、私と母上の人生は散々だ。


「要らないんだ。お前なんて!」



姫は驚いたように目を丸くし、

そして


破顔。


「そう!」


姫の姿が傾き、鐘楼の境を乗り越える。

鐘楼の外に消えた姫に、皇子は慌てて地上を見下ろし、


気づけば彼らは地上にあった。


驚き慌てふためく彼ら。

耳に届いた大鳥の羽搏き。


皇子が振り返った時、影は鐘楼を超えて高く高く。

空に向かって飛んで行く。


見開いた眼にも、もはや妹姫を捕えることは出来ない。

皇子の挙げた叫び声。

俄かに鐘の音が鳴り響く。





日に7度鳴らされる鐘楼の鐘の音が。

崩れて落ちる鐘楼が、

神鳥の唄を響かせる。


見る間に緑が紫に萎び、美しい木立、花が枯れていく。

湧き水ももう、湧き出さない。


兄皇子の視線の先には、転がる萎んだ_ファーニャの花一つ。





※※






「仲良くして呉れたら、贈り物をしよう。

仲良くできなかったら__」



「しょうがないさ、お別れだ」










fin


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