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Episode06;再起動(前)

 §TP本部・マシン発着場 2374年08月(現在年月)



「82便発進まで30s」

「509便到着。ラグブース125にて待機。予定35m」

「94便整備班、時間がないぞ、急げ!」

「次着は592便。3着は601便、何れも予定通り」

「82便発進まで20s。変更なし」

「306便実体化まで3m30s。整備班はラグブース111前へ集合せよ」


 発進管制と到着管制の声が入り乱れる。全てをコンピュートプログラミングされたエアプレーンや宇宙往還機スペースプレーンの発着管制と違い、タイムマシンの発着管制は旧時代的な人為管制だった。理由は簡単、あまりにも複雑過ぎるのだ。

 もちろん、コンピュートしても管制は無理なく行なわれるだろう。割り込みや不測の事態にすら完璧に機能する。この手の管制用プログラミングとマシンの信頼度は9が2つ並んだ後の小数点以下9が9つ並ぶ代物。けちの付けようはない。

 問題はその指示を行なう人間側にあった。こちらも高性能のピッカーや単純作業用のロボットに任せれば人間など不要だろう。しかし、作業は行なえても判断が追いつかない。余りにもファジーな要素だらけのタイムマシンの発着は、指示を出した瞬間に現場判断で指示を歪曲させる必要が生じることなど日常風景であり、そうしたものに優先順位などない。

 機械たちはプログラミング通りこなし、例え不測の事態でも優先順位で解決を図ろうとするが、たとえば同じ条件が2つ重なった場合はどうなるのか?プログラムではコードナンバーの末尾奇数を優先するとか乱数を参照し指示を出し直すなどの抽選機能があるが、その結果大事故に繋がる危険も高い。結局人間の経験と咄嗟の第6感がものを言う。

 今しも大混乱にしか見えない発着場の光景は、指示を出す側出される側の阿吽の呼吸と現場で培われた経験とで、実は整然とした光景なのだ。


「94便整備!用意はよろしいか!後2mだぞ!」

「りょ、う、か、い!」

 整備班のトレードマークである草色のキャップを、庇を後ろに被る少女は悪態を付く。

「1m10s前に終わるから黙ってろ、つーの」

 もちろん生体マイクはオフになっている。長い金髪をポニーテールにして、更にキャップに押し込んでいる彼女は、点検ルーチン項目の最後のページに素早くチェックを付けると、架空ホログラムの細いフレキシブルワイヤーをコンセントから抜き、浮かぶ点検表の擬似窓を閉じる。素早く点検口を閉めると、その『マシン』の肩を叩いて、

「はい、終了。ランスロット、いい?バズほどじゃないにしても、あんたも身体の54%が新品なんだからね、いくらチェックしていても初期不良の可能性はあるんだから、今回は無茶禁物、いいね?」

「承知しておりますとも、ニー様。では行って参ります、ごきげんよう」

 目の前の銀色のロボットが瞬時に中世の騎士へと変わる。さっと帽子を取ると、お辞儀をし、瞬く間に消えた。

 それを見送ったニーは思わず十字を切る。先代のクイーンがバラバラのメタル片と化して戻って来た時に号泣した彼女。ニーにとってピッカーは自分の子供のようなものだった。

「棟梁、終わったよ!」

「はいよ、ニー、ご苦労さん」

 巨漢の整備班長、ラバットは野太い声で、

「管制、94便整備だ。コンプリート」

「了解94便整備。スタンバイ」

「了解。94便整備、さがるぞ!」

 マシンの前に並んでいた整備班員たちは、敬礼すると口々にグッドラックやら成果を期待しますやら、それぞれの決まり文句を進発する機動執行班員に手向け、ホバーに乗り込む。ニーが投げキッスをしてホバーによじ登り、お決まりの位置、屋根上に陣取ると、最後にラバットがきちんと敬礼し、

「隊長。お気を付けて」

「ありがとう、ラバット。行って来る」

 シンディもきちんと敬礼し、振り返ると、

「行こう」

 3人の班員も整備班に向けて敬礼し、マシンに乗り込んだ。

 全くの日常風景。しかしマシンを後に待機所に向かうホバーでは、ニーが心配顔でそのマシンを目で追っていた。

「棟梁」

「なんだ、ニー」

 マイクロタグの秘話モードでニーはラバットに声を掛ける。

「スペンドたち、大丈夫だと思う?」

「心配か」

「うん。あんなことがあったし。それに作戦部は何だか彼らを厄介者にしてる、って噂もあるし」

 屋根上でニーは片手で身体を支え、発着場の大天井を仰ぎ見る。その下、ホバーの運転台横に座ったラバットは、

「心配しても始まらない。俺たちキカイヤ風情にはお上のことなど分からんからな。きっと大丈夫だ、あの人たちはベテランの精鋭、危険は回避するよ」

 ラバットは密かに溜息を吐くと秘話にも拘らず声を潜め、

「それに『タフィーズ・サン』が加わってるんだ、何とかするよ。 その危険が内側にあろうがなんだろうが、な」

 ニーは浮かぬ顔で、隣の発着ゲートに停まったホバーから滑り降りる。と、降り立った時にはそんな懸念を微塵にも感じさせずにホバーの整備班員におどけて敬礼する。

「まったねー!」

 走り去るホバーを後に、彼女は次の発進前ピッカーのチェックへ向かう。ピッカーの権威である彼女。このラッシュ時間帯は休む間がない。

「無事に帰って来てよ、みんな」

 300メートル先、既にマシンが旅立ったゲートを見つめた彼女の独り言は、様々な騒音が消し去った。



 §時空走路ルート7 2374年08月(現在年月)



 AD機動執行4班のいつもの光景が変化していた。 

 マシンの乗員室を4分割、そしてその3つ分を3人が占め、残りが空いていたところに新メンバーが座る。

 ジョーはリラックスしていて、これが4人になって初の出動だと言うのに気負いは全く見られない。逆にスペンドは、彼を憚ってか何時もの軽口が少ない。ウィンは今回の『ゲームブック』を熱心に繰っていて、シンディは何時ものシンディ、腕を組み目を瞑っている。

「スペンド」

 ジョーが気さくに声をかけると、

「何ですか?」

「君らは何時もこんな調子なのかい?」

「まあ、こんなもんです。ブリーフティングはほとんどやらないし、話すことも雑談、これはもっぱら私とウィンの2人ですがね」

「ほとんどスペンドが私をからかう、って言うのが真相ですが」

 ウィンが割って入り訂正する。

「なるほど」

 ジョーは笑うと、

「では聞くが、戦闘態勢フォーメーションはどうしたらいい?」

「何も。特に決まってませんよ。その時に応じて隊長が決めます。まあ、ボスが真ん中、って言うのはどこもそうでしょうが、ウチでも大体そうです」

「大体、ね」

 再びジョーは苦笑する。

「では、好き勝手にやれ、そう言う訳か」

「臨機応変に、ってことで。私が知る限りそれで200回ほどやって来ましたから」

「ではせいぜい足を引っ張らないようにやらせてもらうよ」

 ジョーはそう言うと目を閉じ、シンディとそっくり同じ格好で眠る。ウィンはその姿を横目に、スペンドへ秘話を送る。

旧連合王国ユーケーで何を話したんだい?」

「特に何も。丸太小屋で鴨食いながら身の上話や世間話、休暇の一齣ってやつ」

「ログハウスか・・・牧歌的だね」

「まあね」

「どうした?何時もの君らしくないぞ」

「人間は成長するんですよ、旦那」

「ほざいたね。毒気に当てられたって顔だがね」

「それも正解。この兄貴の生き様はちょっと出来過ぎですよ。自分が惨めになってくる」

「TPではシンディと並ぶ有名人だからね。お父さんの件もある。だが、親の七光りと言わせないだけの実績や実力もある・・・今回の異動、彼が説明した以上の裏があるね」

「やっぱりそういうことになるか・・・」

「その点、何か言ってなかったのかい?」

「ぜんぜん。身の上話はしたものの現在の状況に関する話は全く。それでいて嫌味も格好付カッコつけもないからね。事情を知らなきゃすっかり騙されるところだ。喰えない人ですよ」

「機動執行一喰えない君がそれを言うんだ、相当なものだね」

 スペンドはシートに預けた身体を起こすと90度左に転寝をするジョーを見る。呆れたように肩を竦めるが、その目は鋭い。

「その喰えない兄さんが一体俺たちとどんな『ワルツ』を踊るのか・・・実際楽しみだと言ったら不謹慎かな?」



 §パンノニア(ハンガリー)・アクィンクム近郊ドナウ河付近

 451年06月(到達年月)2374年08月(現在年月)



 TP5世紀駐在隊の情報部常駐指揮官、マスクレイド中佐はすっかり諦め切っていた。

 ゲルマン民族の大移動へ繋がるフン族の東ヨーロッパ侵入、ローマ帝国の東西分裂という世界史の一大イベントのあるこの前の世紀、4世紀と違ってこの5世紀は1にも2にもアッティラだった。

 西ローマを滅ぼしたとされる傭兵隊長オドアケルやローマを荒らし回ったヴァンダルの王ガイセリック、フランク族や東西ゴート族にも目立つ指導者が登場するのだが、ヨーロッパ地区ではアッティラに及ぶ者はいない。いや、世界を見回しても、だ。

 それでもAD担当部署としてはTCに狙われる回数の多い世紀であり、花形であるはずだった。

 中佐も前任地、10世紀という神聖ローマやフランス、宋が成立するというイベントがあるもののTCには余り人気の無い世紀担当よりは充実した時を過ごせるもの、と考えていたのだが。


「随分と長い間、こいつらのことは謎だった。今ではモンゴリアからやって来た騎馬民族がおよそ1世紀の時間を経て、中央アジア平原の原住民と融合した複合騎馬民族集団だと判明している」

 中佐は歴史の教師然とした話し振りで全般の状況を語る。情報部の駐在員を長くやっている者に多いタイプだった。

「君らも知っているだろうが、ADの初期は、まあなんというか、ダイナミックでね。度重なるイベントにゲームブックや年記は真っ黒だ。歴史はここで大きく方向付けされたのだから、TCにとっては目標に事欠かない、『お客』は一杯いるよ。ただし、こんなところで商売は出来ないからマニアックなTCばかりでね。歴史改変マニア、観光ついでの悪戯、アッティラを殺して世界の英雄になるという幻想・・・」

 彼は話しながら自分の持ち場を思って次第にネガティブになって行く。立ったまま傾聴していたシンディはそこで脚を僅かに踏み変えると、

「それで、今回の予兆とは何ですか?」

「そうだったな。まあ、これを見てくれ」

 マスクレイド中佐は話の腰を折られても別段気分を害することなく、今回4班が送られるきっかけとなった出来事を話す。

「最初は些細なことだったんだ」

 中佐は居並ぶ4班全員に見えるよう、擬似窓を最大サイズに拡大し自分の背後に映し出す。それは常時監視用のモニターで、巨大な天幕とその下に展開される光景の静止画だった。

「アッティラのゲームブックを参照したまえ。これが記録された446年、奴は東ローマの首都コンスタンチノープルを包囲して皇帝を脅し、およそ金700キロやらなにやら大量の戦利品を得ている。王になって2年間でフンの勢力は最大となり、東西ローマの命運は風前の灯だった。ゲルマンのほぼ半分を押さえ従えた奴らは、得意の弓射と巧みな騎馬運用でローマ配下のゲルマンやガリヤの諸民族ばかりでなく、ローマ本隊の重装歩兵をも圧倒した訳だ。まあ、歴史はこのくらいにして・・・」

 中佐が擬似窓に向かって何やら呟くと、3次元の荒い画像が動き出す。

「これは奴らの本営、いわば首都の王宮だ。伝統的に移動で成り立つ民族なので建物をほとんど造らない。アジアの平原地帯に暮らす遊牧民族たちはこうした天幕を上手に使って、かなり大規模な住居も仮設する。いいかな?あと10sほどである事件が起こる。見たまえ」


 それは食事の風景のようで、一段高く設えた真ん中、正に玉座に座り折り畳み式のテーブルに並べられた様々な肉類や荒削りの木の器に盛られた料理を頬張るのがアッティラだろう。陽に焼けた丸い顔に髭を蓄えた眼光鋭い男で、その伝聞からの想像を裏切る意外と華奢な体付きだ。周りには大勢の男女がかし使えたり食事をしたりしていて、その雑然とした感じは込み合ったビアホールといった感じだった。

 すると、その中の一人の男が隣の男と口論を始める。ローマ風の皮の甲冑を纏った若い男と上半身裸で腰布姿の中年。騒ぎは次第に大きくなり周りの者が止めに入る。するとアッティラが立ち上がり、無言で人々が空ける隙間を縫って2人の所へ行くと、腰に下げた蛮刀を抜きざま甲冑の男を切り捨て、返す刃で中年の首を刎ねる。そして何事も無かったかのように自分の席に戻り、食事を再開した。静まり返った周囲も直ぐに活気を取り戻し、遺体はすぐさま数人の奴隷が片付けた。映像はそこで停止する。


「全く何時もの情景だ」

 中佐はやれやれとばかりに吐息を吐く。

「野蛮も見慣れると喜劇に思えてしまうな。そろそろ私もメンタルチェックを受けるべきか・・・」

 しかし動じた様子もないシンディたちを見ると咳払いを一つして、

「ご覧頂いたものは2週間ほど前に記録された。次は同じ年紀同日同時刻を5日前に記録したもの、続けて3日前に記録したものと連続して見て貰いたい」

 同じ食事の光景、口論、殺害と続く。そして再び・・・。

「如何かな?」

 中佐はシンディに問い掛ける。

「シンクロしていませんね。目立つラグが生じている。それに最後のものには別要素が加わった。予兆ですね」

「全く持ってその通り。そこで君らを呼んだ訳だ」


 過去の歴史は航跡のようなもの、と説明されることが多い。本物の航跡が次第に広がり薄くなって行くように、歴史の記憶も緩やかになり、実際に起きた事象が僅かに変形して行く。それはおよそ3000年を掛けて変化し消えて行くが、通常は数日、数ヶ月の変化ではその『歪み』や『変形』は僅かで、気付くほどのものではない。

 それは時間の変化として良く現れる。分かり易く例えば10分ちょうどである事象が完結したとすると、100年後は10分5秒で、2000年後は11分40秒で完結する、というようなことである。これも決まった経過時間の変化が起きるのではなく、2000年経っても全く時間の変化が現れない事象もあれば半日ほどずれてしまう事象もある。

 また、『別要素』といわれるものも生じる。そこにいるべき人間がいなかったり新たな人物が現れたり、些細な点から大きな点まで実に様々だ。そしてこれらの状況を観察することで、異常に早い変化や別要素の添加からTCの介入が近い、という予兆が示される。

 TPやTC、僅かに認められているツーリストや研究者たちが時空を移動し、目的の年紀に到達するとそこに歪みが生じる。それは航跡の例えで言えば、ある船の航跡に近付く別の小船の波であり、その結果はかなりはっきりとした予兆から細かいものまであらゆる場合が想定され観察されて来た。最近ではその研究成果として、かなりピンポイントで、時空を越えやって来る対象の目的地や目標が分かるようになった。結果、それが許可された時空間移動か否かスケジュールを最初に確かめておけば、それ以外の『予兆』は全て許可されないもの、つまりTCによるものだと判断されるのだ。


「検証課の計算では95%の確率でTCの事前偵察だそうだ。可能性の高いシナリオはアッティラの謀殺、最後にご覧頂いた記録に見える女を使って刺殺する方法が考えられる。自ら手を下さない知能犯だね」

 中佐は擬似窓を変化させ、そこにこの時代のヨーロッパ全土の地図を示すと、

「フン族は『神の鞭』と恐れられる王を失い、結果、51年のカタラウヌムの戦いは発生せず、フン族は内部分裂と隙を見て立ち上がるゲルマン諸民族によって歴史から消える。また、その余波は東西ローマやゲルマン民族の行く末に微妙に影響し、歴史の回復力では到底修復しきれないパラドックスを残すことになるだろう。結果、歴史は分岐しまた一つパラレルを生むことになる。これが予測課のシナリオだ」

「では、待機はこの年紀で?」

「それがいいだろう、という結論だ。最終的には侵入警報と共に命令が下る。君らにとっては何時ものことだろう?」

 その何時ものことが結構大変だ、ということだ。スペンドはそう考えると軽いマナー違反で素早くタブレットを口に放り込んだ。



 §同地・同年紀同日40分後



 4班に与えられた部屋ポッドは縦に8メートル間口が3.5メートルほどの細長い部屋で、2段ベッドを両側に間は人一人が擦り抜けるのが精一杯、他に小さなロッカーが2つずつベッドの際に並んでいるだけだ。椅子やテーブルはなく、座るにもベッドに腰掛けるしかない。トイレや水場、シャワールームは付属せず、通路を隔てて別にある。

 と言っても、それは4班が冷遇されている訳ではない。それぞれの世紀に常駐する駐在員のための施設は、亜空間に構築されたまるで月面コロニーのような施設で、窓もなく狭かった。ぶどうの房状に並んだポッドが十幾つ並んでいるだけで、ここにおよそ30名が常駐している。これはまだ良い方で、TCに人気のない世紀ではポッドが数部屋、常駐僅か10名の拠点もある。

「さあ、穴居人の暮らしは何日続くかな」

 ジョーが誰ともなく言うと、スペンドが、

「俺は最長5日間だったけど、皆さんは?」

「10日だな」

 と、これはウィン。彼は部屋に入るなり制服を脱ぎ腕を捲くり、さっさと右側下段のベッドに身体を投げている。

「チンギス・ハーンをなんとかしようとした連中だったが・・・例のジンクスのせいか現れなかった」

「なるほどね。私は2週間待ったよ」

 ジョーは左側の上から見下ろしている。

「エカテリーナ1世を不倶戴天の敵と言って憚らない、少しぶっ飛んだTCだったが・・・」

「皆さん、中々楽しい毎日を送ってらっしゃるんですね」

 皮肉とも冗談とも取れる言い方でスペンドが呟くように言う。彼はジョーの下、ウィンの方を向いて座っている。

「それで、スケジュール通りですか、シンディ」

「ああ」

 スペンドの問いに答えたシンディはウィンの上、スペンドからは姿が見えなかった。

「そのスケジュールとやらを、私にも教えてくれるかな?」

 ジョーが尋ねるとウィンが多少自嘲気味に、

「スケジュールと言っても、別段何がある訳でもないですよ。合同トレーニングの時にも話しましたが、訓練も自分のペース、作戦もスタンドプレー中心、プライベートに干渉しない、これが4班の基準ですからね。ま、各自自由で、召集には遅れず、といったところで」

「了解した。では、ジムにでも行って少し汗をかいてくるか」

 ジョーはまるで宇宙空間であるかのように2段ベッドの上段から飛び降りたが、タンッと乾いた音一つしただけだった。そこでスペンドの顔を見たが、スペンドが表情を殺して無表情に努めていることを知ると肩を竦め、後はさっさとドアの外へ消えた。

「じゃあ、俺は一っ風呂浴びて来ます」

 スペンドはゆっくり立ち上がると上着を脱ぎ、廊下に出る。肩にタオルを引っ掛けて歩く姿は正しくシャワーを浴びに行く姿でしかない。しかし、彼は20メートルほど先にあるシャワールームを通り過ぎてしまう。そのまま20メートル先の枝分かれする通路まで来ると、素早く左右を見渡し、壁に身体を押し付けると、先ずは左側へ分岐する通路を覗き見る。続けて右側。

(BINGO)

 ジョーの後姿があるドアに吸い込まれるようにして消える瞬間を目撃したのだ。ジムは左側の通路の先にあった。スペンドはゆっくりと右側の通路に入り、今しがたジョーが入ったドアに描かれた文字を通りすがりに読む。『通信室』。

 スペンドはそのまま通り過ぎ、通路の末端にある休憩スペースのソファに腰掛ける。深々と沈み込むと制服のポケットから手品のようにタブレットを取り出し、口へ放り込む。目を閉じ、何とも言えない苦味が口中一杯に広がって行くと深々と息を吐き出した。

(やっぱりあんた、喰えない人だな。ジョー)



§同地・同年紀4日後


 ビッ・ビッ・ビー! 

「機動執行4班、召集!発着ブースへ集合せよ」

 マイクロタグが震えんばかりの警告音と共に召集が掛かったその時、スペンドは食堂にいて、遅い昼食を採っているところだった。食が進まずつついていただけの昼食のプレートにフォークを投げ出すと食堂を走り出る。食堂には3名ほどいたが誰も見やるものはいなかった。全く何時もの光景だったからだ。


 発着ブースに飛び込むと、5世紀担当の整備班と補給担当たちが彼らのマシンを取り囲んでおり、ウィンが既に自分の追随カーゴを点検している。すると、補給担当の一人がスペンドに近付くなり擬似窓を滑らせてよこす。スペンドは並ぶリストに目を走らせ、慣れた仕草で次々にチェックを入れた。個人装備の追随カーゴにスペンドが望む追加物品が自動的に搬入されて行く。

「スティックの自動装填式予備バッテリーをあと2つ、だって?あんたもかい?」

 投げ返されたリストに目を走らせた補給担当が思わず口に出す。

「それに拡散防壁アタッチメント・・・予備のスティック・・・あんたら、ローマにでも攻め上るつもりか?」

 そうか、ウィンの旦那も用心したのか。スペンドの顔に笑みが浮かぶ。

「だめか?5世紀のストックが尽きるかい?」

「そんなヤワじゃないが、2000人は相手出来るぜ?そんなにぶっ放してどうするのか、と思ってね。」

 と、彼はそこで秘話に変えて、

「そんなに大勢やって来るのかよ?TCやつらは」

「安心しな。俺たちは用心深いんだ。最低4つは余らせて返すよ」

「まあ、持ってきな。俺が戦う訳じゃない、文句は言わんよ」

 そう、あんたは戦う訳じゃない、余ることを俺も祈ってるよ。スペンドは生体マイクをオフにすると心でそう呟いた。


「・・・3m過ぎた。そろそろ到着した頃だ。24世紀から直行したならラグは1h前後、但し一旦どこかに寄っている可能性は捨て切れない」

 マスクレイド中佐がシンディに話している。ジムで身体を苛めた後、シャワーを浴びている最中に警報を受けた彼女は下着インナースーツ姿のまま中佐の話を聞いていた。鍛えたスリムな体型が露になっているが、そこにいる全員がプロ、見とれる人間はいない。ようやく女性士官が駆け寄ってバトルスーツを渡す。彼女は時間を無駄にせず、その場で手際よくその光学迷彩スーツを身に付けながら中佐に相槌を打った。

「ウチの解析班トレーサーは優秀でね。24世紀から直行したと確信している、と言っているがね」

「参考にします」

 そっけなくシンディは返す。中佐は肩を竦めると、

「確認するが予測通りだと現世紀時間1750から1830の間が危険域、例の事象は1808から09に掛けて発生する。注意人物はフランク族の女。いいかね?」

「確認しました」

「王宮はウチの者が見張っている。君たちは危険域30m前まで前進ポイントで待機、その後監視を含めて引き渡す。変更はないね?」

「結構です。緊急の場合は中佐のお考えでどうぞ」

「了解した。幸運を」

 中佐は敬礼すると離れる。その頃にはジョーもやって来ていて整備を受領し、追随カーゴの機能チェックを終えるところだった。一足先にチェックを終えたスペンドは、いち早く列線に立って待っていたウィンの横に並ぶ。

 シンディは自分の装備を素早くチェックすると追随カーゴのボディを数箇所叩く。彼女の叩いた場所は次々と穴が開き、彼女が思考した物品が飛び出して来る。側面のある場所を2回叩くと穴から出て来た物品が収納され、素早く閉じた。チェックに満足した彼女が頷くと、隣に立っていた整備班長が擬似窓を操作、シンディの追随カーゴは消える。

 見るとピッカー4体もマシンの自分たちの収納区画へ入るところで、最後に入る『宇宙飛行士』が敬礼し、ハッチが閉じる。準備は完了した。

 4班の全員が敬礼すると、列線に並んだ整備や常駐捜査員たちが敬礼する。4人は駆け足でハッチを潜り、予めセットされたマシンは速やかに発進し、消え去った。


 世紀常駐者たちのベースは、ほぼその世紀の中期に『漂流』している。時空走路でもある虚数域の亜空間に構築され、まるで静止衛星のようにその場所に居続ける。『静止』衛星が静止していないのと同じく、時間の経過に反比例して逆行し、同じ年紀に居続けるのだった。

「さて、どうします?」

 マシンが走路に乗ると、ジョーがシンディに声を掛ける。彼はシートに凭れたまま、環境映像が流れる目の前のスクリーンの右端に、3人の表情が映る。

 ジョーは期待に胸を膨らませる少年と言った風。シンディは相変わらず無表情に目を瞑ったまま、

「とりあえずはマシン内待機、現地時間1750時に保護対象の近くまで接近し、直接警護とする」

 シンディはそこでじろりとスクリーンを見つめ、

「TCがどんな手で対象を害するのか分からない。ひとまず集団で行動する。ミッションの優先順位はブリーフティング通り、スペンド?」

「第一、アッティラの防衛、第二、TCの逮捕、第三、年紀の最大限の保護維持」

 スペンドはさらりとブリーフティングで達せられた優先順位を言う。

「ありがとう。何かあるか?」

「いいかな?」

 と、これはジョー。

「どうぞ。」

「万が一別行動になった場合、再集合ポイントはマシンと言うことだが、それまでは臨機応変、独断専行で構わない、それに変更はないね?」

 ジョーの言葉の端々に浮かれた何かが感じられる。

「それはそれでいい、が、ジョー。無理やり離脱は、なしだ、いいね?」

「分かった、隊長」

 黙って聞いていたウィンは微かに胸騒ぎを感じるが、何も言わなかった。


 今回の目標は447年7月。5世紀のベースはTCの介入が多い西ローマとフンの決戦、カタラウヌムの戦いが発生する451年の6月に作られていた。

 4年の『逆航』はおよそ3分間。タイムラグ修正に30秒ほど。殆ど乗ったと思ったら着いていた、という状態だ。

「時間を確認する。AD447、JULY、08、1529、・・・38・・39・・40」

 タイムラグ調整終了を知らせる警告音と共にシンディが時刻合わせを指示する。それぞれ自分の擬似窓を確認していた全員が「確認」と声を出す。

「虚数域係数・・・一致。船内外均衡。それではみんな、暫く待機だ」



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