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Episode02;AD機動執行第4班

 §アメリカ・ペンシルベニア 1777年09月(到達年月) 2374年04月(現在年月)

                  


「勤務中は待機時間が」

 ウィンスラブは深いため息とともに遣る瀬無い想いを口にして、

「一番長いというのは軍隊もTP(24世紀ではタフィ、と発音する)も同じだな。今更ながらしみじみと感じるよ。」

 立派な押出しと彫の深い顔立ち、齢30の彼は、現在年紀約400年前に某国の陸軍少尉だった。捲り上げたシャツの腕を摩りながら誰に言うともなく呟く。

「それも今回は保護対象が一勝負終わるまで待てって言うのだからね。最初から見ている必要などあったのかな?」

「まあ、旦那、そうぼやくなって」

 明るく合いの手を入れたのはスペンサー。

「もちろん世紀の一戦をビール片手に、って訳には行きませんがね。まだ旦那の曾爺さんだかなんだかは巻き込まれてないんでしょう?」

「ああ。あと2年ほど後だね、『わが祖国』が参戦するのは」

「じゃあ、気楽に待ちましょうや。『ゲームブック』によると大陸軍が敗走するのは、もう30分以内ですぜ」

 スペンサーは略帽を斜に被り直すとニヤリ笑って、

「旦那が鉄血宰相ビスマルクの軍隊相手に、ヤケッパチの騎兵突撃を敢行した時よりはずっとマシな状況でしょうが。やったはいいが、その後敵中3日間も泥の中這いずり回って逃げ回ったとか」

「人聞き悪いね、『スペンド』。確かにそうとも言えるがね、君の言うヤケッパチだが、ウーラン(プロイセン竜騎兵)相手に7キロの前線突破は私の所属した騎兵連隊の輝かしい記録だよ?他の連隊は壊滅状態だったんだ」

「それは大層なことで。庶民には7キロの突破なるシロモノがどんなもんだかよく判りませんがね」

 まだ20になったばかりのスペンサー。深い栗色の髪と茶の瞳を持つ威丈夫で、歳にそぐわぬ口の軽さと当意即妙で仲間内からは『スペンド』と呼ばれる。一緒に『過ごして』楽しい奴だから、とか、待機所に行けば何時でも『入り浸って』いるから、などと言われるが名前のモジリなのは間違いない。

 彼も24世紀の人間ではなく21世紀後半、『CO2戦争』と呼ばれた世界人口半減の第三次世界大戦末期、イギリスで孤児となり、浮浪児の仲間と共に凄惨なゲリラ戦を続けていたところを救出、スカウトされた。

「大層なシロモノだったのさ。翌日にナポレオン三世皇帝は降伏し帝政が崩れて、事実上フランスは負けたのだからな。一矢を報いた訳だ」

「悪足掻き、って言葉、知っていらっしゃいますか?元・陸軍少尉殿」

 ウィンスラブはため息を吐いて、

「判った、判った、スペンド。庶民には理解不能と、そう言うことだな。所詮7キロは7キロに過ぎない。だが私にとってあの7キロは偉大だったんだ」

「戻りたい?ウィン」

 横合いから声。それまで黙って前を見ていた女が前を向いたまま声を掛ける。

「あの時代に、かい?いいや。帰りたいとは思わんね。どうせその後どうなるか私は知ってしまった。君らもそうだろう?」

 女は黙って頷く。スペンドはふと笑いを漏らすと、

「そのまま残れば虫けらのようにつまらない死に方をする、そんな可能性が高いって判っていて残る奴なんて居ませんよ。どうせ残るような奴は最初から候補にならない。俺たちは生まれた時からこうなる運命だった」

「ほう、面白いことを言うね、スペンド君。それは因果律の存在肯定に聞こえるが」

「今の自分の存在が説明出来なくなる、ですかい?そういう小難しい理屈は学者カタブツ連中に任せますよ。でも俺たちは確かにそういう星の下に居るんだ」

 ウィンは笑いながらも真剣な眼差しで、

「おい、スペンド。頼むからそういうのを少佐や警務課の人間の前で開陳するなよ、再教育だって煩いからね」

「承知してます、って。独り言ですよ、独り言」

「来た」

 女が短く警告する。


 2人はすぐさま緊張し身構える。確かに『識別子マーカー』が赤紫色に輝き出している。TPタフィを示す識別子を含まない実体化因子を使う何者かが歴史に介入して来ている。それはTPなど国際機関以外持つことが許されない技術、時空実体化技術を持ち合わせていることになる。

 この時点で時空侵犯の現行犯であり、これだけで歴史改竄未遂の大罪にあたる。国際協約時空管理法に拠れば軽くても5年の禁固、最近の判例、犯行に及ぶ直前TPの捜査員に逮捕された、エジソンを殺して電球の発明を自分の祖先に行なわせようと画策した技術者への判決では禁固80年の重罪である。

 無論、余程の大物暗殺か地形が変わるほどの介入を行わない限り、歴史というものは一徹に同じ方向を目指して進むことが知られている。時間犯罪者・TC(24世紀の発音でタスィ)によって付けられた傷は、歴史の自然治癒力により最短期間で元の『軌道』に戻る。

 しかし、傷に伴う混乱は数年以上続く場合もあり、その間、下手をすれば数万人の無垢の者が犠牲、即ち早過ぎる死や正史とは異なる運命に晒される可能性が高い。これを以って歴史を改竄したと公言するTC(時間犯罪者)が後を絶たない。

 確かに歴史は過ぎ去った航跡のような、足跡のようなものと目される。しかし神ならぬ身としては、航跡と言えど人類の歴史そのものに手を加えるのは恐れ多い行為であり、たとえ現世界が改変されるようなことに繋がらないとしても、人間として犯してはならぬ行為には違いない。

 そこに存在する人々は、過去が現在の『航跡』、残像に過ぎなくとも生きた人間であることに変わりはなく、因果律が否定された後も『先祖』を敬う気持ちが薄らぐ訳でもなかった。過去があり現在が存在する、それだけは変えようのない事実だったからだ。

 古代の人々の純粋な信仰や生きる力から遺跡や文化財が残されたように、歴史もまた、貴重な化石や文化財と同じ、いや、それ以上の価値があるのではないか?それは過去から見れば未来人たる現代人に犯されるべきではない。たとえ望まれぬ歴史ですらサンクチュアリの動植物の連鎖のように手を触れられぬまま保存されるべきだ。24世紀の世界はそう考えた。


 結果、彼らTPがここに居る。


「時空路開扉前兆確認。シュミット数、開扉係数と一致・・・今」

 女が呟くと、彼女らが臨む丘の下、マーカーによって彩色された実体化因子が燃え立つように輝き、そこから影が1つ、するりと抜け出す。と、またひとつ、ふたつ。

「・・4・・・5・・・6・・7。豪勢だなTCの諸君」

 スペンドが無駄口を叩く中、7つの影は急速に消えて行く実体化因子の輝きと反比例するように実体化、7人の人間となった。

 身体にフィットした戦闘服。頭部を密着型のヘルメットとフェイスガードで覆う。その全てが何色とも表現出来ないダークカラーだが、それはたちまち光学迷彩素材によるカメレオン効果で辺りの風景に溶け込んだ。手には長さ50センチほどの黒いカーボン製の棒に見えるものを持ち、訓練された者だけが示す無駄のない動きで散開する。

「面白い。プロフェッショナルじゃないか」

 スペンドは笑みを浮かべると、

「さ、ウィンの旦那、腕の見せ所だぜ」

「任せろ。やるか、シンディ?」

 傍らで片膝を折って見下ろしていた女は頷き、すると中空に向けて言い放つ。

「クイーン。本部に送信。本文。AD機動執行4班、TCを確認。認定者シンディ・クロックフィールド4323210。TC員数7。これより逮捕権を執行。現在地。現時刻。以上」

 2人を振り返ると、

「交戦規則に変更なし。何時ものように。いい?」

「ロジャ」

 2人の確認を受けるとシンディと呼ばれる女は再び中空に向け、

「クイーン。交戦規則デルタ。バックアップを」

 ウィンも中空に向け、

「ランスロット、聞いていたね? ・・・よし。準備はいいか?」

 同じくスペンド。

「バズ。騎士と女神様に負っけんなよ!」

 シンディは暫しの間、丘の斜面で何かを始めたTCたちを見やったが、やがて、

「・・・了解。本部確認。執行許可」

「よし、行こう」

 逸るスペンドにシンディは、

「ああ、本部より言伝ことづてが。『特にマイクル・スペンサー少尉においては冷静沈着を旨として執行せよ』」

 噴出すウィン。顔を顰めるスペンド。シンディは声を張り、

「行くよ!クイーン、開扉スタンバイ、第一規制5m(分)00s(秒)でアラート・セット・・・了解、開扉と同時にAPC作動、ピッカー3体のフォーメーションはA、指揮はクイーンが執る。第一目標、敵指揮官。第二目標、同指揮官周囲の3名。その後、敵ピッカーを処理せよ。よろしいか?・・・よし、20sからカウント。・・・始めろ」

 すると中空から女性の声が降ってくる。

「19・・18・・17・・16」

 ウィンが捲くった袖を戻し、スペンドが首を左右に振ってコキッと鳴らす。

「・・15・・14・・13・・12」

 シンディは中空に手を伸ばす、と、そこにTCたちが持つカーボンの棒と同じようなものが現れる。

「・・11・・10・・9」

 スペンドが背中に手を回し、さっと前に振ると同じカーボン棒が太刀のように現れる。

「・・8・・7・・6・・5」

 ウィンもカーボン棒を手品のように取り出すと、フェイスガードを下げ、身を屈める。

「・・4・・3」

 スペンドが後ろに一歩下がり、シンディは短距離走のスタート直前のように身を沈める。

「・・2・・1・・GO!」

3人は一斉に、丘の上から斜面めがけ飛び降りた。



§同地・同年紀同時刻



 TCは間もなくやって来るはずの『大陸アメリカ軍』の隊列を待ち伏せするために、低い丘と丘の谷間、街道に沿って空気焼夷弾を仕掛けていた。


 およそ8千の軍勢がこの狭間ギャップを抜けてイギリス軍の追撃から逃げて来る。歴史家は今まで彼らが戦っていた戦闘を、その地を横切る川の名を採って『ブランディワインの戦い』と呼んだが、もし、この地で『大陸軍』の本隊が消滅すればこの後独立戦争は史実通りには展開しなくなる。奇妙な川の名は歴史の授業の脚注でのみ登場する英軍勝利の小競り合いから、誰もが知る世界史に燦然と輝く名前に変わることだろう。

 その結果は重大だ。それにこの軍勢には、後にこの国の首都と州に名を残す大物が加わっている。

 もちろん歴史はこの傷を何年掛かっても修復するだろうし首都も州名も彼の名が使われるはずだ。だがそれは、独立戦争で戦死したリーダーを祀る意味合いであり、その後の彼の頂点を記念するものではない。畢竟、その重みは軽くなるだろう。

 しかもそれが産み出す結果は、24世紀の『正史』が知る世界ではなくなる。

 この『傭兵』たちを雇ったグループの見積では、この十三州の独立は3年遅れるが、逆に本国はその分兵力を泥沼の独立戦に裂かねばならないため、革命直後のフランスに対抗する軍隊も政策も史実より弱まるはずだという。世界は大きく変化するだろう。

(桜を切ったエピソードは語り継がれるのだろうか?)

 TCの一人は斜面に『カーボンスティック』で穴を掘りながらふと思う。その話、男が子供の頃『絵本』でも授業でも登場した。今では一牧師の創造とされるこの逸話は、まもなく誕生する『未来の』大国を象徴する話だ。だから作り出されるだろうし消えはしないだろう。そう考えると少し安心する。

 彼は北米同盟の生まれだし正史の初代大統領を尊敬してもいた。その彼が当人を『抹殺』する仕事に加担する。そこに良心の呵責はない。『本物』の初代大統領は既に歴史の舞台で大役を演じバラの香りに包まれて退場した。それは誰にも変えることが出来ない。彼らがやろうとしていることは、いわばその記録を汚すことだ。

 初代大統領がそこに『生きている』にせよ、それは正史から見れば虚構に過ぎない。プロである彼は仕事と私情の区別は出来ている。しかもこの行動が、彼が最も敬愛するヨーロッパの偉人に対する間接援護にもなるという。その人物は今頃大西洋の東側、野心を胸に己の不運をかこっていることだろう。正史でもこの後、信じられぬような幸運が彼にもたらされるが、それは更に大きく、長く続くことになる。彼はそう思い、笑みを浮かべた。

 彼は腰に装着したケースから空気焼夷弾を一発取り出すと、カーボンスティックが放散する振動エネルギーが土や石くれを分子レベルに蒸発させて出来た穴に落とし込む。中空に開いた擬似窓数箇所をタッチすると、焼夷弾の後端に赤いサインが点った。

 一発で周囲30立方メートルの空気を一点に圧縮後、爆散して酸素と付近の可燃物を燃焼し尽くすこのタイプの兵器は、セルロース系素材のケース共々全く後に何も残さない。24世紀では残虐な『過殺傷性』兵器として国際協約で禁止されている。

 でも、ここは18世紀だ。

「こちらポインター。先陣が視界内に入った。急げ」

 リーダーの声が耳元で囁く。およそ2キロに迫った、ということだ。彼は焼夷弾のケースから最後の1個を取り出し、穴に嵌めセーフティを解除する。

「ビーグル・ツー、完了」

 彼が囁くと同時に数名から同じ報告が入り、一瞬遅れて更に数名が完了を告げる。全員が設置を終えるのを確認したリーダーが、全員亜空間に退避するよう命じようとした瞬間。


 突然、リーダーの身体が浮かぶと、何か口を開く前にその姿は一瞬のうちに掻き消える。一番近くにいた部下もそれに気付き、さすがはプロ、考える前にカーボンスティックを構えた。だが、武器は構えた途端弾かれたように手元を離れ、宙をくるくると回転したかと思えばこれも消え去る。次はその男の番で、消える前に男が言えたのは「敵襲!」との一言だけだった。

 7人のTCのうち、最初の5秒で4人が捕縛されたが、残り3人は十分とは言えないまでも警告を与えられたため、最初の4人のように成す術もなく、という訳には行かなかった。


「おいスペンド!左だ、一名丘に向け走っている!」

「おうよ!任せろバズ。早く行け」


「大尉。3時、61メートル先、岩の陰、TC1名潜んでいます」

「了解」


「ウィン、11時の方向に敵1名、9時の方向へ撤退中」

「了解した、ランスロット。後は任せなさい」


 丘から亜空間を飛び出した3人は、地面に降り立ち実体化すると同時に3人3様、3方向へ走り出した。残り4m(分)46s(秒)。


残4m42s。

 ウィンはカーボンスティックのモードを『ライフル』にし、立ち撃ちの模範姿勢で100メートル先の敵を狙う。

 光学迷彩のバトルスーツも生体送受信素子マイクロタグを持つ者には意味がない。タグを通した熱線情報が視覚に伝えられ、相手の姿が輝いて見える。当然相手もタグ付き、こちらを視認出来るが、それでも光学迷彩スーツはお互いに使われる。ないよりはあった方がマシだからだ。

 スペンドは『マシンガン』を選択、走るTCの先に電磁ビームをばら撒き、その男を遮蔽物の陰に飛び込ませる。


残4m39s。

 ウィンの放ったプラズマ状の球体弾は狙ったTCの肩先を掠め、反動でその男が転倒する。


残4m35s。

 シンディは岩陰のTCに全身を晒し、ウィンの結果を眺める。そのTCがチャンスとばかりスティックを岩で支え、ライフルモードで撃つ。


残4m33s。

 シンディはTCが撃つと同時に身を翻し、プラズマ弾の熱風に略帽を焦がし伏せながらマシンガンモードのスティックで岩陰を撃つ。スペンドは岩陰に隠れたTCを釘付けにするため、腰だめでスティックを連射バーストさせながら接近する。


残4m28s。

 シンディの撃ったビームにより、砕けた岩片に顔を断ち切られたTCがよろよろと岩陰から現れ、そのまま顔を両手で覆って崩折れる。ウィンは自分の相手、転倒した男が四つん這いになって起き上がろうとした数メートル前方へ威嚇射撃をする。


残4m22s。

 ウィンの相手が手を上げ上半身を起こす。ウィンはスティックを擬して男に手を上げさせたまま膝立ちをさせ、素早く周囲の状況を確認する。


残4m20s。

 シンディは倒れた男の手足に電磁錠を嵌め、クイーンに収容させる。ウィンは手を上げさせた男のボディチェックをランスロットに任せ、スペンドの応援に向かう。


残4m18s。

 スペンドはTCから20メートル離れた窪みに身を投げ、間一髪、TCの放ったプラズマ弾を避ける。ウィンがすかさずライフルモードでプラズマ弾をTCに放ち、相手のTCは素早く身を隠す。


残4m13s。

 スペンドの伏せる窪地の隣にウィンが身を投じる。2人はアイコンタクトと指先のモーションで打ち合わせ、カウント3で左右に走り出す。


その4s前。

 ウィンの放ったプラズマ弾が岩に当たり、溶解した破片が飛び散るのを伏せて避けたTC。彼は自身のパーソナル・コンピュート・レイドロイド『ピッカー』が沈黙したことに苛立ち、自身の五感で対応しなければならない状況を嘆いた。

 ピッカーが潰されたのならマシンも抑えられたに決まっている。とすれば彼に残された手段は緊急脱出シューターを作動させることだけだが、それをやると、一体どこに飛ばされるのか分からない。

 仕様では前後3年以内・距離500km以内だというが、過去それをやった者は大洋に放り出されたり未開の地(過去にはそんな土地だらけだ)に孤立したりと散々な事例だらけ。ここは海岸に近いので大西洋に浮かぶ可能性は50%、内陸だとしても万が一西側なら500キロも離れれば植民地とは名ばかりのインディアン支配地域。リスクは今以上だと言える。

 ならばTPだと思われるこの連中に降伏するしかないが・・・何れにせよ、彼の残り時間もあと1m30s、決めなくては・・・と、そこで敵の2名が左右に飛び出したのを視野の隅に捉え、咄嗟に左へ連射した。


残4m02s。

 飛び出したスペンドは自分の方が的になったことに苦笑しながら数メートル先の草叢ブッシュに頭から突っ込む。鋭い痛みが肩を襲うがそれを無視し、枝先に頬を掻き切られながら匍匐した。


残4m00s。

 TCがスペンドを狙ったことが分かったウィンは手近の岩陰に走り込み、マシンガンモードのスティックを、危険域まで過熱するのも構わずにフルバーストする。TCが再び岩陰に隠れた途端、ウィンは先へと走り出した。


残3m57s。

 ウィンのフルバーストを耐えたTCは射撃が途切れて3カウントで岩陰を飛び出し、5メートル離れたブッシュに縁取られた窪地へ飛び込む。その後を追うようにウィンの放ったフルバーストが彼の頭上を掠める。


残3m49s。

 残り時間がほぼ1mとなろうとするTCは時間切れを狙って釘付けにする意図を見せ始めた敵を想い、捕まるよりは脱出シューターで僅かな可能性に賭けることにして擬似窓を開く。ピッカーがやられたためシューターはマニュアル起動せざるを得ない。手順は示されるが手入力で各数値を入れるのには敵に囲まれた中、非常な集中力を要した。そして彼が13項目の8つ目を入力した直後。


「手を上げろ」

 よく通る怜悧な女の声。TCの男はスティックを声の方に振ったがそれは無駄、途端に鋭い痛みが右腕に走り、呻きながらスティックを取り落とした。

「次は死ぬことになる、いいのか?」

 冷たく言い放たれた声。窪地の縁から見下ろす褐色の肌をした小柄な女。上げたフェイスガードから覗く精悍な顔。

「お前、まさか・・・『ブラックダイアモンド』か!」

 TCの男は女の無表情と、きれいに貫通し組織が焼けたため一滴の血も出ない黒い穴となった傷口とを交互に見やり、漸く観念し傷の痛みに口を歪めながら立ち上がる。

「あんた、伝説とばかり思っていたよ。まさか本当にいたとはね」

 男は傷口を庇いながら手を上げる。残3m32s。

 シンディは窪地に降り立つと男の手に電子錠を掛け、中空に声を掛ける。

「クイーン、いるか?」

「こちらに」

 女の声は中空から降るように届くが、それは彼女にしか聞こえない。直後、彼女の2メートルほど後ろ、30センチほど浮遊した状態で背の高い『女神』が現れる。が、これも彼女にしか見えない。ギリシャやローマ神話、星座の世界で語られる女神を彷彿とさせる姿形。白い薄衣に黄金の甲冑、腰に剣を下げている。

「収容しろ。怪我の手当ても。急げ、後15s程で容疑者は時間切れだ」

「了解しました」

 女神はTCの男を軽々と抱き上げて中空に持ち上げる。と、そこに光り輝く長方形が現れ、女神がその中に男を入れると、長方形と男の姿はたちまち消える。

「状況報告」

「容疑者の仕掛けた空気焼夷弾は18発、全て信管を無効にして回収しました。保護対象は1km先、後10m程度でここを通過します。史実との誤差、ほとんどありません。

 次に損害です。スペンサー少尉が左肩に裂傷を負いましたが命に別状はありません。ピッカーではランスロットが敵ピッカーとの戦いで一部防壁を焼かれましたが、これもたいしたことはありません。他は全員無事です」

 女、シンディは頷き、

「容疑者たちは?」

「彼らのピッカーは全機機能停止に追い込み、証拠品として貨物車カーゴに載せ、容疑者は全員護送車コンテナに入れてあります。負傷者が2名、あの男を入れて3名ですが応急処置を施してあります。逮捕の宣言はランスロットがしましたが、無論我らピッカーでは正規の宣言にはなりませんので、後で必ず追認願います。全員大人しくしていますよ」

「そうか、ご苦労様。では行こう」

 女神が礼をして一歩下がるとそのまま姿が消え去る。そのあとに輝くドア状の長方形が現れ、シンディはそれに向けて歩き出し、長方形は彼女を迎えた途端、彼女諸共瞬きする間もなく消え去った。


 彼らの実体化可能時間残り2分57秒。プロのTC傭兵7名の逮捕に要した時間がたったの2分というのは、さすがAD(紀元後)機動執行班でも1,2を争う先鋭の4班ならではと言えた。



 §時空走路ルート3   2374年04月(現在年月)

 


 マシンに窓はないが、TC(時間犯罪者)のマシンはいざ知らず、TPのマシンは長時間の時空ドライブに乗員が閉所恐怖や息苦しさを感じないよう、全面スクリーンが擬似風景を映している。勿論風景だけでなく様々な映像を3次元で再生することが可能だ。

 シンディたち執行4班のいつもの光景は、3人3方向を向いてスクリーンを仲良く4等分、自分の前4分の1の画面を眺め、そこに思い思いの画像や映像を流し、残り4分の1にマシンの現況モニターを投影する、というもの。

 今回は任務が18世紀後半だったので、片道僅か1時間半の航程、3人のうち2人はデフォルトのランダムな環境映像を流し、殆どスクリーンに目を向けていなかった。 残り1名は20世紀に制作された2次元動画、『シネマ』を鑑賞中だ。

「皆様、この度はタフィ航空をご利用頂き真にありがとうございます。当機は定刻通りラ・ガーディア国際空港を離陸致しました。只今、当機は高度1万メートルまで上昇中です。シートベルト着用のサインが消えますまで、シートベルトをお外しにならないようお願い申し上げます・・・昔は良かったと思いません?」

 アンダーシャツにスポーツトランクスと、かなりリラックスした格好のスペンドがご機嫌に呟く。頬2ヶ所と左肩にパッチを当てているが別段痛そうな素振りは見せない。

「可愛いアテンダントがにこやかに振舞う紙コップのソフトドリンクかコーヒー。最新号の文字通り紙で出来た週刊誌とニュースペーパー。化石燃料を使い力ずくで飛ぶジェットプレーン。全てが環境破壊に繋がるのに誰も気にしなかった時代。でも、全てがリアルで触ることが出来、臭いや形、色、個性的で魅力的な日用品。擬似ではない本物の時代・・・」

「私は君の言うところの本物の、更に上の時代に生まれたんだ。ジェットプレーンですら腰を抜かす代物だったよ」

 幾分皮肉交じりにウィンが返す。何時ものように制服のシャツを腕捲りし、古風なボーンチャイナに注いだ本物のコーヒーを飲んでいた。

「俺もそうでしたよ。第一、スカウトはこのマシンに乗って来ているんだから。未来人は過去から見れば魔法使いも同然。夢に描くことと夢に住むこととは根本的に違いますからね」

「君は詩人になるといいよ。時々夢見る十代のように洒落たことを言うからね。まあ、夢に住む云々は良く分かるがね」

 スペンドはウィンの物憂げな様子に肩を竦めると、

「ウィンの旦那は本物の紳士だからね。19世紀のパリはさぞ楽しかったでしょう?夜毎の乱痴気騒ぎ。シャンペンに夜の貴婦人たち。彷徨える正装の紳士たち」

 するとウィンの前のスクリーン片隅にロートレック描くところの夜のパリがスライドする。

「それはベルエポックだろ?私の時代はもうチョイ前の話さ。子供の時分は街中引っくり返していて模様替えの最中だったし、出来上がったパリには昔の面影はなくなっていた。人間臭さが消えてやたら気取った面白味のない街さ。まだシャイヨー宮もエッフェル塔もないからね」

「寂しい青春か、ご愁傷様で」

「その通り。下級貴族の三男坊は軍務一筋でしか存在を証明出来なかったのさ。色気の欠片もなかったよ」

 ロートレックが消えると代わりに、バリケードの上に立ってライフル銃を振りかざす人々の2次元静止画像が現れる。

「旦那、パリ・コミューンは見たんだっけ?」

「リアルでは見ていないし、任務でもあの時代のパリには行ったことがないからまだ見ていないよ。行きたくもないがね」

「残念だな、旦那が三色旗振って大見得切る姿を一瞬想像したんだけど。その腕捲りは似合いそうだし」

 今度は三色旗を掲げて人々の方を振り返る女性の姿。

「それ、ドラクロアの自由の女神だろ?大体ドラクロアじゃ時代が違うし。コミューンなら赤旗だろ?」

「まあ、旗の色は何でもよござんすがね、女神っていうのはいいなあ。そのお髭がチャームポイントだしね。」

 女神が消え、その位置にセピア色の騎兵連隊少尉ウィンスラブの画像が嵌めこまれ、ウィンの呻き声が重なる。

「降参だ、スペンド、勘弁してくれよ」

 宙に浮かぶ擬似ボードを叩いて報告書を作成していたシンディはふと手を休め、2人の掛け合いに半分耳を傾け、胸の内で笑う。口の端に微かに笑みが浮かぶが、彼らとは反対の方向を向いているから見られる心配はない。

 彼女が笑うのを見た者は少ない。アイスシンディやらブラックダイアモンドなどと陰口を叩かれるが気にしたことなど無い。

 彼女は実力でこの地位、機動執行班長の地位を得た。現行犯逮捕を任務とするTP作戦部エリート中のエリートである。

 執行班はAD担当とDC担当があり、それぞれ16班と6班編成、通常4人で一班だが、彼女の班のように変則的に3人や5人の班も存在する。総勢100名しかいない、作戦部員2万名憧れの部署だった。

 彼女には謎が多い。そもそも、今や殆ど消え去った男女間の不均衡が、根強く最後まで残る軍や保安の実行部隊で、彼女が様々な障害を乗り越えたのは、いかなる偶然と彼女自身の努力が重ねられたのだろうか。


 24世紀に至り、女性の地位は男性と互角かそれ以上の存在になりつつあった。

 人間はあらゆる方面で自らの手を汚さずに、それまでは自から行なっていた作業を自動化若しくは無人化していったが、今やヒトがマシンと人工頭脳に代行させないのは生殖行為だけ、などといわれるまでになっている。

 下世話な者は、人工授精で生を受けた人口が全体比40%を超えたことを理由に、SEXすら機械に任せる人間、などと皮肉る世の中だ。自然、人は単純作業を行なわなくなり、人力を必要とすることも殆どなくなり、男性と女性の力関係も1世紀ほど前にほとんど均衡して、人は己の能力と素質のみで違いを示すようになった。

 結果、事務方や企画、デザイン分野はもちろん、マシンの取り扱いや各種の工事、製造まで男女差はなく、ほぼ均等に労働力が行き渡った。そんな中、構成男女比2対1で推移する職業があった。軍隊と警察である。

 一方、22世紀末。紆余曲折を経て世界が合従連捷を繰り返し、大きく7つにまとまった時に誕生した北米同盟は、旧アメリカとカナダ、メキシコとカリブ海諸国、中米の数ヶ国が合併したもので、当然ながらアメリカの強いリーダーシップにて生まれた。

 貧困と格差の解消。大国の属州ではなく、対等な同盟国民としての地位。謳い文句は晴れやかで、実際同盟は隅々まで目を凝らし対等なインフラや教育を施し、貧困層を救いに掛かったが、それは時間の掛かる絶望的な作業の繰り返しとなった。

 現在、スラムは過去の遺物、と同盟は言うが、メキシコ南部からパナマにかけて、また、カリブの島嶼の一部では未だに餓死者も出している。

 彼女、シンディ・クロックフィールドはそんな同盟が混乱の中、漸く前に進み出した23世紀初め、南米連邦の沖合に浮かぶ島からルイジアナの田舎町に移り住んだカリブ人を両親に生まれたのだ。

 そんな彼女がTPにスカウトされたのは15の歳。

 その頃、旧合衆国南部で多発した爆弾テロに巻き込まれて彼女の両親が死んだ。犯人は貧困層の妬みを力に成長したテロ組織で、革命を唱え、無差別テロを繰り返した。官憲は必死に組織を追及し撲滅を図ったが、この手の組織は中々潰せるものではない。幼少の頃から貧困層の悲哀を知り尽くし、無口で無表情な少女に育った彼女は、そんな官憲を尻目に、彼女なりに両親の仇をとり始めた。

 その詳細を彼女は仲間に語ったことはなく、またTP側もその辺りの経歴を伏せたが、それが返って彼女の神秘性を高める事にもなった。

 皆が噂や伝説の類として知っているのは、TPのスカウト班が彼女を収容した時、彼女はテロ組織のアジトの中にいて、十数人の血塗れのテロリストの遺体の中、たった一人の生きている人間だったということだけだ。

 シンディは当初から作戦部に配属され、24世紀順応教育とTP捜査官初期教育を終えるや否や、重要ポイントに半駐在して網を張る情報部諜報班の護衛としてTPの人生を歩み始め、めきめきと頭角を現した。

 その後、作戦部機動捜査班を経て18歳で機動執行班に配属、21の歳にTPの最年少記録でその班長に抜擢、それ以来、例外的な1,2の事例を除き彼女の評価が下がったことは無い。

 彼女はウィンと同じく今年で30歳。人生の半分をTP捜査官として過ごしたことになる。

 公務を司る組織は古今東西どこでもそうだが、予算と人々からの支持獲得のため、存在と必要性をアピールする。TPも国際協約機関であり、国際エネルギー管理機構や国際宇宙開発計画など強力なライバルと存在を賭けて切磋琢磨しなくてはならない。成功例は良い宣伝であり、シンディ・クロックフィールドTP大尉はその成功例の最たるものだった。さすがに画像は伏せられるものの、彼女の2つ名前、ブラックダイアモンドと共にこの活躍は意図的に、そして脚色されてまことしやかに流された。

 もちろん彼女だけ特別扱いでは角が立つ。活躍に比べ昇進速度がそれほどでもないのも中央が意識してのことだ。このことと彼女に野心が無く、社交ベタで孤独を好むことが相俟って、部内の嫉妬は極力押さえられたが、これが宣伝好きの野心家だったら問題になっていたかもしれない。

 シンディは昇進には興味が無かったが、自分が宣伝材料に使われることに関しては内心、苛立たしく思っていた。特にTP高官が国連や有力地域の高官との会食や会議に飾りとして彼女に同行を命じる時など、拒絶の言葉が喉から出掛かる時もあったが、TPには大きな借りがあると思っている彼女は黙って付き従っていた。

 とにかく、彼女の行動は内外共に注目の的になっている、ということだ。

 当然、その栄誉もとばっちりも班員2名(1名欠員)に降り注いだが、上官に負けず劣らず、ウィンもスペンドも野心や神経質とは無縁の男たち、他愛の無い陰口やおべっかなぞ鼻で笑って気にもかけない。

 それでいて2人とも社交性が高く捜査員としての能力も高かったので、彼らのチーム、4班はケチの付けようもないトップクラスに君臨することになっている。

 シンディとのコンビもウィンは4年来、若いスペンドも2年目に入った。5年前の『エリザベス事件』で組んでいたチームは最高だったが、彼女は今のチームを同等、否、それ以上に感じ始めていた。

 ウィンスラブのことはもう知り尽くしている。彼が24世紀にやって来たのは10年前。2年間情報部に所属した後、作戦部に転属し、4年前からはずっとシンディの部下としてやって来た。19世紀変動の時代に厳しく躾けられた准男爵は、誠実さと内に秘めた熱意、そして高い資質を合わせて得難い存在だ。

 そしてスペンド。彼の存在も大きい。シンディは過去、幾人ものエキスパートの女たち、男たちを見て来たが、この若い行動派の奥深さには内心舌を巻いていた。

 おしゃべりで軽薄、考えるより先に行動する短慮な落ち着きの無い男、との評価が定着しているが、その心の内で深慮と高い知能が働いているのを彼女は知っている。

 誰も見ていない時にふと浮かべる、底知れぬ闇を連想させる横顔。それは彼の生まれと育ちに関連するのだろうが、そのダークサイドを伺わせない明るさ、これが人を欺いていた。スペンドは己の負の部分を強い意志で覆い隠しているのだ。相通じるものを持つ彼女は、スペンドもウィン同様、背後を任せても振り返らずに済む力強い『戦友』として接して来たのだった。


「大尉。後10分です」

 クイーンの声に回想から覚めると、マシンは24世紀に『入り』、『減速』を始めている。結局、報告書は半分も出来なかった。全てが仮想化・自動化され、音声・思考・手入力と様々な方法でマシン類を操る24世紀においても、お役所仕事は変わらない。報告書は提出されねばならず、文書化してファイリングされなくてはならない。もちろん文書といっても紙ではないが。

 有能なシンディでも苦手はあるが、報告書はそのひとつだった。彼女は擬似ボードをこれ幸いと閉じ、シートの傍らに脱ぎ捨てていた制服を拾う。

「皆様、当機はまもなくヒースロー国際空港に着陸致します。シートベルト着用のサインが出ましたらシートベルトをお締めください。ロンドンの天候は曇り、気温摂氏14度。お手洗いは今のうちにお済ませください、てね」

 スペンドは制服を左袖だけ通し、その必要も無かったが右肩の負傷が見えるようにした。

「おやおや、名誉の負傷、かい?少尉。」

 目聡いウィンが茶化す。彼も腕捲りを下ろし、彼なりの帰還準備をする。

「まあ、せいぜいアピールしますよ。最近、少佐ドノは俺をスルーするんでね」

「頑張れよ。これで君も黄太線だろ?お祝いだな」

「お二方にはまだまだですからね、通過点ですよ。目標は金線3本だから」

 TP作戦課の外勤組制服には、俗称『撃墜スコアマーク』なるものがある。制服左肩に線で逮捕件数が示されているのだ。

 細い白の糸線が1件、黄線が5件、白太線が10件を示し、50件で黄太線、皆がマジックと呼ぶ100件で金太線となる。ウィンは金太線1に白太線2と糸線3。シンディに至っては金太線2に黄太線1、白太線2と黄線1。現役最高件数だった。

 ちなみに最高記録は5年前に引退したある少佐の金線3本。現役トップのシンディと、白太線3本差で続くライバルがいつその記録を抜くのか、TP本部内ではそろそろ話題になり始めている。

 確かに、逮捕50件を超えたら、もうベテランと呼べる。まだ20歳でそれを達成したスペンドは表彰ものだが、TPの作戦課はそんなに浮かれた職場でもない。それにシンディがスペンドの歳には金線マジック直前だったと言う。

「金3本か。私には無理だね。まあ、せいぜい頑張りなさい」

「その頃には4本が目標だろうけどね」

 スペンドはシンディに視線を流して不敵に笑う。案外、こいつは簡単にクリアしてしまうかもな。ウィンはスペンドを見て目を細めていた。



 §TP本部・マシン発着場   2374年04月(現在年月)

 


 TP『タフィ』と呼ばれる機関は国際協約、今や形骸化するものの名目上必要として存在する国際連合加盟『地区』総意により成立する機関の一つで、国際協約時空管理法を根拠に半世紀ほど前、設立された。正式名称は国際協約・時空保安庁。その本部は旧ブラジル、24世紀の現在では南米連邦ブラジル北西の奥地、マナウスから200kmほど離れたアマゾン流域にある。

 何故こんな辺鄙な場所にあるのか、それは『マシン』がまだ『行き』と『帰り』両方必要だった時代があり、それも100kmほどの直線コースを要したからだ。 その遺構は記念として本部の地下深くに眠っている。現在のようにマシンが大型軍用車両並みになってから先、この地にいる必要性は少なくなったが、地球上に殆どなくなったといっても良い地域的秘匿性があり、未だに保護されている少数民族のサンクチュアリにも近いこの場所を機関が離れることは無かった。

 AD機動執行第4班の往還マシンが、呆れるほど巨大な地下発着場に到達したのは現地時間でその日の夜、9時を少し回った時間だった。往還の際の年紀誤差を完璧に正すための修正時間タイムラグ分、マシンは実体化せずに亜空間上に構築された修正ラグエリアに留め置かれる。

 今回の任務は600年ほど遡っただけであり、修正に要した時間は20分ほど。9時半にはマシンは実体化し、後ろに連結された貨物車カーゴ護送車コンテナもスティックを手に取り囲んだ保安要員の見守る中で実体化、即座に開けられた。

 カーゴの中身は何体かの人型ロボットで、損傷の激しさが見て取れ、全て機能停止させられている。黄色い作業防護服姿の十数名により、素早く浮上ホバー式台車に積まれ、何処かに運び去られて行く。

 コンテナからは数珠繋ぎに容疑者が降り立ち、それぞれ怪我人もそうでない者も一様に拘束具で固められ、自走式の護送パックに載せられ、保安課員に固められて去って行く。

 何時ものように、最後にマシン本体のハッチが開き、4班がシンディを先頭に発着場に降り立った。

「大尉。ご苦労様です、無事のご帰還、おめでとうございます」

「ありがとう、ラバット」

 作業着姿の2メートル、150キロはあるかと思える髭面の巨漢が身長160センチのシンディに敬礼し恭しく語り掛ける姿に、ウィンは内心吐息を吐く。整備班長がボスに敬礼するこの光景が、帰って来たと実感させる最たるものだった。

「何かありますか?」

「いいえ、マシンは快調だった。今回はマシン自体戦闘に巻き込まれていないし、あちらでも実体化していないから、特に言うべきことはないわ」

「了解しました。後はお任せください」

「ご苦労様です。任せます」


「スペンド!おっかえりー!」

 こちらでも帰還の常景が繰り広げられている。これ見よがしに右肩の「掠り傷」を見せびらかせてハッチを潜って出て来たスペンドに、黄金色の髪がキャップから覗く長身の少女が抱き付いた。

「バカ!任務完了報告前だっちゅーの!それにお前に抱き付かれるほど俺はお前と親しい仲じゃないぜ?」

「あれ?怪我したの?どうしたの、大丈夫?」

「人の話を聞けって、ニー。オイオイ!」

 スペンドの慌てぶりは滑稽で、整備班や警備の者から苦笑が漏れる。スペンドに付き纏う少女は整備班の名物娘で、ニーと呼ばれる18歳。ある整備班長の娘で、3歳の時分には整備場を遊び場にして、10歳で非正規ながら整備班員の雑用からスタートしたメカニックだった。

「少佐。只今戻りました」

 やや声を張ってシンディが中年の男性に声を掛ける。ニーはそれを見て渋々スペンドを開放した。中年の男は咳払いを一つすると、

「ご苦労様でした。どうでしたか?」

「毎度のことながら情報部の検証を待たねばなりませんが、ほぼ完全に達成したものと評価致します」

「それは良かった。報告書は明日1000までに貰いましょう。任を解きます、ゆっくり休みなさい」

 幾分形式的に敬礼を交換すると、シンディの受け答えも待たずに少佐は副官を連れ、その場を外す。

「さあ、ランスロット、出て来なさい。怪我したんだって?」

 少佐の退場を待っていたニーが、シンディの後ろに直立していたウィンに向けて言うと、ウィンの2メートルほど後ろに突然、中世の騎士が現れる。イタリアやスペインの宮廷画家が挙って描いたような様相いでたちと腰のサーベル。現れるや否や、深々と腰を折り、羽飾りの帽子を取って挨拶した。

「これはこれは、ニー様。何のこれしき、掠り傷ですよ」

「いいえ、ランスロット。それは私が判断するの、いい?こっち来なさい」

 騎士は再び恭しく頭を下げると彼女の脇に来て膝を折る。ニーが騎士の首筋、肩との付け根辺りに手をやると、中世の騎士の姿は消え、そこにはメタルが鈍く光る人型のロボットがいた。ニーは暫くそのロボットのあちこちをつつくような素振りをした後、

「ほうらね、こことここ。防壁が1層だめになってる。まともに防壁破り喰らったでしょう?こういうのは掠り傷とは言わないの。ウィンさん、ランスロット、2日ほど預かるわよ」

「了解だ、お嬢さん。しっかり直してくれ」

「任せといて。それから・・・バズ!」

 と、今度はスペンドに向けて、

「何コソコソやってんの!シークレットモードにしてたってあたいは全て見えるんだからね、知ってるでしょう?」

 すると今度は、スペンドの後ろに時代掛かった宇宙服を身に着けた宇宙飛行士が現れる。 顔のバイザーを開くと、

「別に隠れちゃいないよ、ニー。俺は元気だぜ、スペンドが証明してくれるさ」

 役者も顔負けの気障なセリフにニーは、

「あのね、別にスペンドが証明しなくてもいいの、あんた、今回の出撃でフルメンテから15回目、定期検査対象なのよ?知ってるわよね、今、逃げようとしたもの」

「ニー、それは言い掛かりだぜ、逃げようとなんかしてないって・・・」

「じゃあ、あんたも付いて来なさい。スペンド、相棒借りるわね。明日遅くには返すから」

「はいよ、好きにしていいから、早く連れて行けって」

 ニーは人型汎用思考端末パーソナル・コンピュート・レイドロイド、製品名ピッカーのオーソリティだった。知識とメンテナンスの腕も作戦課のメカニックの中ではこの歳で既にトップクラスだ。

 ピッカーは通常、ID保有者のみ音声・映像が視聴可能だが、彼女は作戦課保有のピッカー全てにアクセス権があり、200体にも及ぶ全てを把握していた。

「さあ、ご主人様から許可を貰ったよ、2人とも付いて来なさい」

 ニーは2体のピッカーを従えると、

「それじゃあ、又ね。 時間があったら覗くから」

「覗くって、何を」

「あれ?スペンド、今日ので黄線でしょ?お祝いじゃないの?」

 スペンドは肩を竦め、

「単なる通過点だって。俺は金3本目指してんだから」

「大きく出たわね。まあ、いいわ。 待機所覗いてごらん」

 ニーは手を振ると2体を載せたホバーに飛び乗り走り去った。

「全く騒々しい娘っ子だよな、バズ・・・」

 スペンドが何時もの癖でバズに話し掛けたが、そのバズはたった今ニーに連れて行かれたばかり。遣る瀬無く肩を竦めた途端。

「3番ゲートにいる総員、次が来る!至急場所を開けろ!お前たちだけが仕事をしている訳ではないぞ!」

 管制官の声が場内に響く。その場にいた者誰もが蜘蛛の子を散らすかのようにいなくなった。本部の発着場は1日に平均200余りの発着を捌いている。プレーン発着場やスペースステーションと違い、タイムラグの調整と実体化という厄介なものがあるのでその管制は複雑だ。管制官も必然、指示と変更を叫びっ放しとなる。

「ほら、行くよ」

 あっという間に3人だけ残され、シンディはウィンとスペンドに声を掛け、彼女らに用意されていたホバーに飛び乗る。シンディ自ら運転して待機所へ向かった。

 その後ろでは新たなチームが実体化していた。後ろ向きに荷台に腰掛けたウィンとスペンドの目の前で、先程の彼らと同じ手順が繰り返される。スペンドがシンディに尋ねる声は妙に平板だった。

「隊長、ちょっくら停めて頂いてもいいですかね?」

 するとシンディはブレーキを踏んで右に急ハンドルを切り、見事なドリフトを見せて走路の脇にホバーを停めると、無言でスペンドの顔を見つめる。

 その時には既にウィンが軍用デジタル双眼鏡を取り出し、300メートルほど離れた発着場ゲート3でのやり取りを見ていた。

「やはりね。7班の連中だ」

 シンディもスペンドも自身の双眼鏡を取り出した。

「多いな、TC(容疑者)が13・・・おっとロックウェル隊長の登場だ」

 彼らが見守る中、実体化したAD機動執行7班に彼らの整備班長が歩み寄り、指示を受ける。両手を離しても宙に浮いて保持出来るこのタイプの双眼鏡は、300メートルほどなら聴音も出来る。見守る3人の内2人は音声も拾い、熱心に会話を聞いた。それは内規違反に取られても仕方の無い行為だったが3人は気にしなかった。

「ほう、少佐は何かご機嫌だな。ウチ等とは大違いだ」

 確かに彼らの上司、機動執行第2中隊を率いるガーバー少佐は満面の笑顔で7班班長に歩み寄ると握手までして、相手の肩を親しげに叩いた。対するロックウェル大尉も白い歯を見せながら身振り手振りが忙しい。

「けっ。またぞろ歯が浮くようなお世辞の応酬か・・・何時もの事ながらよくもまああんなセリフがぽんぽんと飛び出して来るよなぁ」

 盗み聞きしているスペンドは、手品のように思考制御タブレットを取り出し口に放り込む。一世紀以上昔に禁止されたシガーに代わって登場した精神安定作用のある嗜好品だが、身体に良いとの評判は聞かない。

「それより、ピッカーたちだ。ニーが何しているか見えるかい?」

 ウィンが注意を促すと、2人は走路の外れで4体のピッカーを並べているニーに双眼鏡を向ける。スペンドは浮遊する筆箱のように見える双眼鏡の側面を調整して、忙しくピッカーを検査するニーが何を話しているのかを聞こうとする。

「・・・だめだ、ノイズが多くて聞こえない」

「4体ともかなりのダメージだ。相当の戦闘だったようだな」

「クランもやられてますよ」

 ちょうどハッチからホバーストレッチャーが出て来るところで、医療班に囲まれた台の上には20代の青年が寝かされている。パッチが頭半分と剥き出しにされた左足を覆い、かなりの重傷に見えた。

「全治1ヶ月ってとこか。おい、スペンド、コリンズとエレノアが何を話しているか聞こえるか?私のは調子が悪いのか聞こえないんだ」

「あいつらヒソヒソ話してやがるから、この距離では生聞きは無理だって。俺はさっきから録ってる・・・おっと、だめになった。再生しますよ」

 スペンドが宙に浮く『筆箱』を弄ると、シンディとウィンの耳に今しがた7班の2人が交わした雑談が流れる。聞き取り難いがノイズと他音源を自動カットしているので何とか内容は伝わる。

『いや、久々にしんどかったな・・・』

『3倍のTC相手だもの。 簡単にはいかないわ』

『クランは?』

『1ヶ月の加療だそうよ』

『全く、ピッカーたちも全台・・・。これじゃあ1ヶ月は休業だ』

『休暇だと思えばいいじゃない。それにね、こいつは表彰ものよ』

『まあ、その価値は十分ってやつか。なにせ我々4人がバリーフォージの冬を守ったのだからね』

『そう思う?そう、ギリギリでね。もしもサラトガでバーゴインのイギリス軍が降伏しなかったら、いくらワシントンが生きていても冬営中に民兵を立て直す暇などないだろうからね』

『では、こいつは?』

『どこのどいつだか知らないけれど、この騒動を仕掛けた馬鹿者が考えていた本命はこっちだったってことね。4班が出動したブランディワインは陽動でしょうね』

『いやはや・・・ワシントンを囮にするとは』

『私たちの前座にされてシンディがどんな顔するか、見ものね』

『いいや。気付いていたって顔色一つ変えないよ、あの人は。それに・・・オイ、秘話にするぞ』

 会話はそこでプツリと途切れた。


 反応は3人3様。共通したのは言葉を発しなかったことだが、その意味は違う。ウィンは文字通り苦虫を噛み潰していたし、スペンドは表層の彼しか知らない人間が見たら凍り付くような目をしていた。シンディは眉一つ動かさず、運転席に戻る。ゆっくりと構内を走るホバーではもう、待機所に着くまでは誰も口を開かなかった。




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