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Episode01;狭霧のロンドン

§登場人物(登場順/歴史上実在の人物はEpisode07の「あとがき」へどうぞ)


ラザフォーン

  TCと呼ばれる時空侵犯犯罪者。

スチュワート、セシル

  TP捜査員。

ピエール・ド・ウィンスラブ

  TP作戦部中尉。30歳。19世紀・貴族出身の伊達男。『ウィン』。

マイクル・スペンサー

  TP作戦部少尉。20歳。21世紀出身。『スペンド』。

シンディ・クロックフィールド

  TP作戦部大尉。30歳。23世紀出身。AD機動執行第4班班長。『ブラックダイアモンド』

クイーン

  シンディのピッカー。女神の姿をしている。

ランスロット

  ウィンのピッカー。中世の騎士の姿をしている。

バズ

  スペンドのピッカー。「昔の」宇宙飛行士の姿をしている。

ラバット

  TP整備班長。身長2メートル体重150キロの巨漢。

ニー

  TP整備班の名物娘。『ピッカー』の整備第一人者。18歳。

ガーバー少佐

  TP作戦部機動執行第2中隊長。シンディたちの上司。

ロックウェル大尉

  TP作戦部大尉。AD機動執行第7班班長。

クラン、コリンズ、エレノア

  AD機動執行第7班班員。

ジョージ・ウォーカー

  TP大尉。24歳。18世紀出身。長官直属。『ジョー』『タフィーズ・サン』

ニック

  TP作戦部長。

セルヒオ

  アルゼンチンのサッカー少年。

セシル・ウォーカー

  元TP捜査官。ジョージの義父。

マスクレイド中佐

  TP情報部5世紀常駐隊指揮官。

アン

  ジョーのピッカー。本来なら19世紀の英国少女の姿。

マリア・ウエハラ

  元TP情報部の分析官。

ジョシュア・マーチン

  元TP情報部捜査官。

長官

  TP長官。





 §イギリス・ロンドン 1780年11月(到達年月)2350年09月(現在年月)

           


 このような霧を地元の人間は『喉にまとわり付く霧』という。霧は石炭カスや煤煙を含んでいる。喉にいがらっぽいのだ。

 そんな名物の『黒い』霧に覆われた夜更け、三角帽子に黒のロングコート、握りのカットグラスが光る黒檀のステッキという完全装備の若い男性が、石畳をカツン、カツンと響かせて歩いていた。

 馬車で送ろうというノース卿の申し出を断った。彼自身の馬車は車軸が欠けてだめになった。代わりの馬車を、と馬丁が一走りしようとしたが彼はそれも止め、いいから歩く、と言い張った。

「なに、ほんの1マイルですから」

 彼はノース卿の愛娘に冗談めかして言う。彼の持って生まれた武器の一つ、病弱故に透き通る白く理知的な顔を歪めて笑うと、令嬢は目を伏せて、お気を付けて、と言った。

 美男子と呼べるだろう。健康だったら尚更だが、そればかりは仕方がない。

 馬丁と卿が用心に、と付けた護衛の者2名は50ヤードほど後ろから付いてくる。元首相の次男で政界とケンブリッジの学閥に顔が広い前途洋々な若い貴族。しかも何か思索を巡らせながら歩いている。並んで、いや、数フィート後ろさえ憚れたからだ。

 ほとんど闇に沈む街路。彼は手にした携行ランプを頼りに歩く。ノース卿の屋敷を出て20分、自身のロンドン邸まで半分ほど来た時、ふと何かに気を引かれ彼の歩みは緩くなり、やがて完全に止まってしまう。

(誰かが)

 この先の闇の中。誰かがいる。目を細め闇を透かし見た時、その暗がりからするりと黒い塊が抜け出した。

 それは遠方に見える窓の明かりをバックに、彼同様の黒いコートに見たこともない奇妙な山の高い帽子の男性と見えた。

 男がその珍奇な帽子のつばにちょっと手を添え会釈したが、彼は相手が分かるまであいさつをするつもりはない。

「誰だ」

 威厳を籠めた声音で問う。

「どうも今晩は、ウィリアム」

 己の名前を告げられたことで警戒心は否応にも増す。含み笑いの呼び捨てに悪意も感じた。

「無礼な、名乗れ!」

「まあ、名乗ったところであんたには何も意味はない。気にするな」

「物盗りだな?止めた方がいい。連れがすぐに追い付く」

「連れだ?ほう、何処に?」

 彼が怒りを込めて振り返ると、付いて来ているはずの3人が見えない。足音もしない。闇とはいえ主人が妙な男に絡まれている、それが見えないはずはないのだが。何かがおかしい。

「え?ウィリアム、一体どうしたね?え?」

 男は実に楽しげだ。彼は初めて恐怖を感じた。


 ・・・と、その時。


 闇が割れる。彼の目の前でざっくりと闇が裂け、零れるように光が差す。

 闇に開いた傷口のような光は思わず手を翳すほどの目に痛い黄金で、まるで夜の裂け目から金色の太陽が差し込んだ様に見えた。裂け目は謎の男と彼のほぼ中間に開き、彼は眩しさにステッキを持つ手で目を庇い一歩二歩と後退する。するとその光の中から声がした。

「行け。逃げろ」

 それは有無を言わせぬ、先ほどの男とは違う男の声で、彼は一瞬迷ったが直ぐに踵を返し、早足に元来た道を引き返す。後ろから声が追う。

「振り返らず去れ」

 無論そのつもり。彼は言われた通り振り返らず、威厳を保つぎりぎりの早足でその場を立ち去る。と、突然目の前にノース卿、即ち首相が用心に付けた護衛の若者と彼の馬丁が姿を現した。

「何をしていた!」

 安堵からか、普段の彼からは少しトーンの高い物言いで吐き出すと、3人は困惑の表情で、お互い顔を見廻す。

「申し訳ございません、旦那様。突然お姿が見えなくなり3人でお探ししていたところで・・・」

 初老の馬丁はおずおずと言うと、2人の護衛も相槌を打つ。

「間違いございません。お姿は影に溶け込まれた様に見えなくなりました」

 馬丁の言葉を繰り返す護衛に手を振って遮ると、

「お前、あれが見えないか」

 振り返るなと言われた後ろを示すと・・・そこにはただ、闇があった。うっすらと浮かぶロンドンの街路、艶やかに続く石畳。彼は開けた口を閉じ、言おうとした言葉を飲み込んだ。

「・・・何が見えるのでしょうか?」

 恐る恐る馬丁が尋ねる。しかし彼は、

「いや、何でもない。勘違いであったようだ」

 そう言うと彼は、天性のリーダーだけが持つ有無を言わせぬ命令調で、

「ゲンが悪い。道を変えるぞ。遠回りでも構わない、一人は先導して案内して貰いたい。残りは直ぐ後ろに付くことを許す」

 即座に護衛の一人が振り向いて先を行き、挟む形でもう一人の護衛と馬丁が彼に続いた。彼は今一度振り返ると、動くもの何一つ見えず静まり返った街路を見て、深く一息吸う。後は胸を張って無言で屋敷まで歩き通した。

 不思議で不気味な出来事は、誰に話しても信じては貰えまい。それでもあくまで言い張れば人々は投票前の候補がナーバスになっている、いや、最悪精神に変調を来たしている、と噂しあうだろう。そんなことは出来るはずがない。それにしても・・・あれは一体何であったのだろう?

 最後にそう思うと、それはきっぱり胸の奥にしまい込み、ウィリアム・ピット(小ピット)は独り心の内で差し迫った選挙での票読みに戻った。


 もちろん彼は、TC(時間犯罪者)に襲われたのがこの時点までに8度目で、今回は彼が気付くほど際どい襲撃だったことなど想いも拠らなかったのだが。



§同地・同年紀同時刻 



「行ったか」

「ああ、物分りのいいお兄さんだ」

「まあね。あの若さで2年後この国の首相だから。『ゲームブック』に拠れば14歳でケンブリッジに入ったんだろう?頭の回転は並じゃない」

 男は肩を竦めると足元に這い蹲るマントの男に、

「おい、お前ラザフォーンだろ?知ってるんだよ、15世紀ではウチの若い者が世話になったな。ジャンヌダルクの一件だ」

 言いながら手にした『カーボンスティック』で男を小突く。マントの男は未だ殴られ転倒した際にぶつけた頭を摩りながら、

「知らないな、誰だそいつは」

「チッ。減らず口叩きやがって。立ちやがれ!」

 更にスティックで胸をこじ上げるようにすると、男は観念したのかマントの埃を払うかのように叩きながら立ち上がり、

「シルクハットとバーバリーが台無しだ」

「この気障野郎!何言ってやがる、シルクハットはこの時代にはまだ作られていないしバーバリーは創業者ですら生まれてないのに。その格好が登場するには100年早いんだよ!」

 捜査員は吐き捨てるように言い、スティックで男を指し示すと、

「お前、介入するだけでなく彼を拉致しようとしたな?亜空間に『歴史上人物ファンクションキー』を誘い込みやがって。100年は喰らい込む覚悟をしろよ!」

 そして男を睨み付け、

「ラザフォーン。本名は何と言うのか知らんが、お前を国際協約時空管理法第37条第2項、及び第65条により逮捕する。現代時・現時点からお前の発言・行動は記録され証拠として国際検察局に・・・」

 捜査員が現行犯逮捕の宣言と容疑者の権利を読み上げる間、彼の相棒はロンドン名物の霧を眺めていた。が・・・

「おい、どうした」

 権利を伝え終わり、『護送車コンテナ』に容疑者を閉じ込めた捜査員が相棒の様子に気付く。相棒の男は擬似窓ビジュアルウインドウを左右に振りながら霧に沈む街路を探している。やがてぽつりと、

「赤ん坊だ」

「何?」

 捜査員は画像を拡大する。街路の端、火事でもあったのか壁が焼け焦げ、漆喰が崩れ落ちた一軒の廃屋の前に、籐で編んだ籠が置いてある。紛れもなく赤ん坊の泣き声がその中から聞こえる。

「よせ!放っておけ」

 相棒が擬似窓に何かを打ち込み、それが何を意味するかに気付いた捜査員が男の肩に手を掛ける。しかし相棒はその手を振り払い、

「スチュ、悪いが捨て置けない。この霧では朝まで持たない」

「おいセシル、やめろって!」

 しかし捕まえる手は虚しく宙を掻き、相棒は目の前に開いた黄金色に輝く門の中へ、するりと入り込んでしまった。



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