途中経過は順調だけれど
美夜はぐったりしていた。
怒涛の眼鏡男子達との顔合わせから約十日。それはもう慎重にイベントを回避していた。
後輩には仕事以外の話をふらないよう心掛け。
幼馴染とは週末実家へ帰らないことで会うことを回避し。
取引先は初回の失礼を理由に会議室の隅に陣取り。
オネエは必須イベント発生日に店に行かず。
紳士とは休日外出を控えることで再会を避け。
華道家は予定通り見学のみで行くのはやめた。
たいへん順調な【お仕事エンドルート】をなぞっている。だが――予想以上にストレスが溜まっていた。
ただでさえ仕事は気を遣うのに、相手との距離を無駄に気にしているのだ、神経は磨り減る。
しかも休日にストレス発散も出来ない。イベント発生は平日休日関係ないのだ。
ついでに言うと毎晩メガミの豆知識が自動で聞こえてくる。
――これで期間終了まで……無理じゃない?
たった十日でこの状態である。攻略期間は長いのに。入ったルートによって長さは違うが、下手をすると暗転が間に入ってクリスマスまで続くものもある。
『学生なら二週間一緒にいればカップル成立するかもしれないど、会社員で毎日一緒は無理でしょ。最初は毎日行動選択するけど、ルート絞れてきたら日数は飛ばしたいな』と親友がプログラミング担当の友人Bに相談していた。
当たり前だが美夜は日を飛ばすことは出来ない。
これほど仕事エンドが難しいなんて……と頭を抱えた美夜だが、ふと違和感を覚えた。
そもそも、美夜がイベントを回避しようとしていたのは、自分を偽りたくなかったからだ。
ゲームに縛られておかしな行動に走り、周囲に迷惑をかけるのはもちろん、眼鏡男子の面々にも失礼だと思ったから。
彼らに気に入られるような言動をわざと取るようなマネはしたくなかったから。美夜はゲームをしているつもりは一切無いから。
しかし――こんなに疲れるまで避ける、というのは果たして正しいのか?
……ひょっとして、美夜は大きな間違いをしているのではないだろうか。
此処が現実である、と自分で言っておいて、あまりにもイベント回避を気にしすぎて――結果、彼らをむしろゲームキャラとして見ていないか。
自分を偽りたくないと思いながら、無理をして生きていないか。
そういえば美夜はさっき「仕事エンドが難しい」と思った。
つまり、それは。ゲームだと、思っている?
ぐるぐると思考がから回る。疲れているところに酒をいれたのもまずかったか。
「――美夜ちゃん?」
はっとして顔を上げれば、心配そうに美夜を覗き込む女ケ沢の姿があった。
今日は、どうしても家で食事を作る気にはなれず小料理屋に来ていた。
「悩み? 自問自答ばっかりだと袋小路よ。アタシでよければ聴くわよ?」
女ケ沢は本当に気遣いが出来る良い人だ。……彼を、ゲームキャラだなんて一瞬でも思った自分を恥じた。
「……例え話なんですけど」
「うんうん」
「たまたま、私が相手の人の好みとか、言われたら嬉しい言葉とかを、なんかすごいズルをして知ってて。どういう風に接すれば私のこと好きになってくれる、とかもわかってて。でもそれって相手の事ちっとも思ってないな、それで幸せになる訳ないなって感じて。それが嫌でわざと避けてたら、それも疲れちゃって」
「結局私、相手に酷いことしてるんじゃないかって。思ったら、よくわからなくなって」
美夜は平穏に生きたかっただけだ。
本当に、何故前世なんて思い出してしまったのだろう。
思わず潤みそうになる目を叱咤し、酒を煽る。
そうして女ケ沢に視線を戻すと――彼はいたく感動していた。
「美夜ちゃんは真面目ねぇ、ほんといい子。こんな子が娘に欲しかったわ!」
「おうまずは嫁さんをなんとかしな店主」
「おだまり!」
違う席の客の茶々に応酬してから、女ケ沢は美夜に再度向き直る。
「美夜ちゃんは真面目だからアレだけど……男女の恋愛なんて多少の偽りはつきものよ?」
「え」
「特に女はズルいのよ。落としたい男の情報収集なんて普通だし、相手の趣味に合わせて自分を変えて見せるくらいお茶の子さいさい。よく聞くでしょ、『結婚したら妻が変わった』とか。子供が出来て強くなったのもあるだろうけど、男落とすために無理してたってのもあるはずよ」
美夜は目から鱗の気分である。
乙女ゲームの知識を女性の情報網と捉えられるとは思わなかった。
「で、男は馬鹿だから、騙されたと思っても『あなたが好きだったから頑張ってたの』なんて言われればコロッと納得しちゃうのよ。そうでしょ熊さん」
先ほど茶々を入れてきた客に振ると、その客は苦笑いをしている。
「そりゃ恋人だった時と扱いは違うが、奥さんは今も間違いなくオレにベタ惚れだからな。可愛いもんだ」
「ほらね、騙されてるでしょ」
「騙されてる言うな」
「勿論、それすら許せないっていう男だって世の中にはいるだろうけど。でも、自分の好きなものを知ってくれてて、それに合わせてくれる人を嫌いになる人なんて滅多にいないわ。わかりきったお世辞だて、言われれば嬉しいものでしょ」
「はぁ……」
「だからそんな顔するくらいなら、いっそそのネタを上手く使っちゃいなさい! 平気よ、それで相手をわざと傷つけたい訳じゃないんだから。ちょっとくらいズルでもいいのよ」
――結婚目前で相手に逃げられた、その経歴をもつ女ケ沢が、眼鏡をくいと上げながら言う。
「……そしたら、もし私がその、女ケ沢さんの好み全部知ったうえで、眼鏡曲げちゃって、『お詫びに今度一緒に水族館行きましょう、カワウソ人形買いましょ』って言ったら?」
「やだ、美夜ちゃんアタシのこと知ってくれてるの!? うっかり絆されちゃうわ!」
サービスで出汁巻き卵追加よ! と笑う姿に、やっと美夜の肩の力を抜いた。
「ところで美夜ちゃん、つまり気になる男性がいるってことよね?」
「ブッフォ」
乙女は恋バナが好きなのである。
その後の女ケ沢の追求を必死でかわす美夜だった。