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3日目昼~4日目昼

 他部署のヘルプに入った関係で振替出勤する羽目になってしまった美夜は、午前中に会社での事務処理を終える。

 この後、直営の眼鏡店に行き確認作業をすれば、後は直帰の予定であった。



「――いかがでしょうか、しばらくつけて気持ち悪くなったりはありませんでしたか?」

「ハイ、大丈夫です」

「ではレンズの在庫もありましたし、こちらで作らせていただきますね」

「ドウモ……あの、支払いは」

「私がしますので。本当に私がしますので」

 相手が紳士だろうが、レディーファースト精神だろうが、ここは美夜も譲れなかった。


 戸惑っているのはアーサー・スペクタクル。外資系企業に勤め、日本には長期出張のためにやってきた若いがやり手の攻略対象(25歳・イギリス紳士・瓶底眼鏡→スクエアフレーム)である。


 先ほど道ですれ違おうとしたのだが、その際美夜が彼の瓶底眼鏡を粉々にしてしまった。

 平謝りした挙句、直営店に同行してもらい店長に接客をお願いした。店長も客と美夜が同時に現れて大層驚いただろう。

 しかし、美夜も内心パニックだった。アーサーも心穏やかではなかったはずだ、ここまで大人しく付いてきてくれるくらいだから。

 彼が店長を話している間に、ようやく先ほどの事故を振り返る。


 まずスズメが飛んできた。

 飛んできたスズメを狙ってネコが飛び出してきた。

 飛び出した猫に驚いたおじさんがよろけた。

 よろけたおじさんの近くにいた小学生にぶつかり、その持っていた木の枝がすっぽ抜けた。

 すっぽ抜けた木の枝に躓いたアーサーが転んで眼鏡が外れた。

 外れた眼鏡を美夜が踏んだ。以上。


 ……何このルーブ・ゴールドバーグ(ピタゴラ装置)・マシン。

 いや確かにただ道を歩いているだけで主人公が他人の眼鏡を割ることはないだろう。ないが、こんなコントみたいな流れは必要か?

 ゲームだと【たまたま道ですれ違った彼の眼鏡を壊してしまった!】みたいな文章だけだったのに。

 まさか親友か。親友の裏設定か。そういえば『道でぶつかるんだと加賀見さんと被るんだよね』とか悩んでいた。正直全員眼鏡なのだから被る云々を今更気にしても……と思っていたのだが。


「本当に、すみません」

 体質だろうが強制だろうが、眼鏡を粉々にしたのは美夜である。店長が店の奥に戻ったのを確認し、美夜は再度謝罪した。

「心配ありません。元々、合わなくなっていたのです。こんな素敵なメガネ、嬉しい」

 アーサーは紳士であった。普通怒るだろう、例え瓶底眼鏡でも。

「あれ、元々ワタシのフィアンセがくれたものです。……あ、元? 元フィアンセ? です。外に行くときはこれを必ずつけるように、と言われていました。今日は、癖でつけてきてしまったのです」

 恐らく元婚約者は、女性除けのつもりだったのだろう。アーサーは大変な美男子である。今も他のお客様がチラチラと盗み見をしているのだ。

 『イギリス! イギリス紳士キタコレ! 正統派王子顔にしてやろう! 似合うスクエア眼鏡探さなきゃ!』と作画担当友人Aが気合を入れて描いていたのを思い出してしまう。

 それにしてもイギリスで瓶底眼鏡が売っていたのだろうか。日本だってコスプレ商品でしか見ないのに。

 多少気になるところだが、ツッコミが追い付かなくなる可能性が高いので、深く考えるのはやめた。




 家の玄関を閉めたのと同時に、友人からメッセージが届いた。

『明日の待ち合わせどうする? やっぱり駅改札がいいかな?』

 それでようやく美夜は、最後の攻略対象も回避できないことに気付いたのだった。




******




 高校時代の友人、成実(なみ)からお誘いがあったのは一か月以上前だ。

『生け花教室に通おうと思うんだけど、やっぱ最初が敷居高くて。見学はタダだから、それだけ一緒に行ってくれないかな?』

 久しぶりに友人とも話したかったし、見学だけならと了承したがシフト制の彼女との休みが全く合わず、やっと都合がついたのがこの日だったのだ。無論、当時は前世のことなど全く記憶になかった。

 本来のシナリオだと【もしかしたら自分には女子力が足りないのかも……生け花とかどうかな? 一度見学してみよう】と、自ら見学を決める内容だったのだが、美夜は一切そんなことは考えていなかった。元彼は浮気野郎だったので。

 これがまさか世界の強制力……? と内心慄きながらも、目の前の先生の説明を静かに聞いていた。


 華道縣三角(あがたさんかく)流、若き師範の(あがた)銀也(ぎんや)。普段は大学生、休日は実家の離れで生け花教室の先生をしている穏やかで気品溢れるが少々金銭感覚がおかしい攻略対象(20歳・華道家・黒縁眼鏡)である。


 なお縣家は立派な日本家屋だ。……確かに此処はひとりで来るには敷居が高すぎる。ゲーム主人公の心臓は強いな。

 しかし流派の名前はツッコミを入れたほうがいいのだろうか。親友が既存の流派と被ることを怖れた結果なのだが、記憶無しの美夜が思わずネット検索してしまうくらい珍妙である。実際のところ口コミは大変評判が良かった。特に日曜の先生がかっこかわいい、と。

 見事に縣を目当ての女性(若者から老人まで)ばかりの教室だった。成実は大丈夫なのだろうか……いやいっそ安心かもしれない。彼女は彼氏持ち、かつ縣はタイプではないはずだ。


 生徒さんの様子をみる間に道具の説明などもしてもらい、パンフレットもくれた。

 後は最後まで自由見学である。


 シナリオだと正座で足が痺れた主人公がよろけた拍子に縣にぶつかり、眼鏡に指紋をベッタリとつけるシーンがあった。眼鏡の人間からすれば大罪である。

 さすがにこの数日、眼鏡に危害を加えすぎたので、美夜はこれだけは回避しようと決めていた。

 何しろ、指紋をつけ謝罪する主人公に、縣はなんてことはないという顔で、こう言うのである。


『平気です。買い替えれば済みますから』


 潔癖症か。違う、金持ちの弊害だった。

 この縣ルート、隙をみて主人公に貢ぐ。眼鏡も(黒縁オンリーだが)すぐ買い替える。本当に縣が好きなら別だろうが、美夜からすればいたたまれない。庶民なので。

 そのため、門をくぐる前に成実にひとつだけお願いしていた。

 ――眼鏡壊すのが再発した。お願いだからずっと傍にいて、と。

 コンタクトの成実は実に重々しく、しかし大変頼りになる顔で頷いてくれた。



 こうして優秀な守護者のおかげで、美夜は最後の攻略対象者との対面を無事に終えたのであった。

やっと全員揃いました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人間、ツッコミが追いつかな過ぎると、逆にツッコまなくなるんだなぁと、悟りました。えぇ。 > コンタクトの成実は実に重々しく、しかし大変頼りになる顔で頷いてくれた。 この友達とのエピソードを…
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