こうして私はスタートをきった
ジャンルが現実世界恋愛でいいのか悩みましたが一応恋愛はする予定なので…。
深く考えず気楽に読んでいただければ幸いです。
初夏でもライトアップされて美しい、恋人たちに有名なデートスポット。
――そこで別れをきり出された瞬間、美夜は思い出した。
「美夜は仕事が忙しいって全然会えない日が続くし……俺たち、もう恋人じゃなくてもいいだろ?」
そんな男の声も遠く聞こえるほどの衝撃だった。
ここ、乙女ゲームの世界だ。
まさかそんな、ラノベみたいな展開などありえない。そう思いたいのに、今までの人生と急に思い出したその前の記憶――前世がぐるぐると脳内を駆け巡る。
「……美夜? 顔青いぞ? え、そんなショックだった?」
戸惑っている彼氏――元彼か。その思いやりの無い言い草に、ようやく覚醒した美夜は。
「――アンタが浮気してんのに、私のせいみたいに言うんじゃないわよ!!」
とりあえず、ずっと思っていた怒りをぶつけることにした。
【主人公●●、24歳。大学時代から付き合っていた彼氏に振られ、落ち込むが人生はこれからだと前向きに頑張ることにした。仕事はやりがいあるし、恋愛はしばらくいいかな……?】
この文章から始まるのが、フリー公開されていた乙女ゲーム、「メガ・ネクスト・ラブ~眼鏡と私が恋をする~」である。
おわかりいただけるであろうか、このタイトル出オチ。
攻略対象が眼鏡男子。主人公の勤め先もメガネフレームの会社。間に挟まれる眼鏡知識。まさに眼鏡尽くしのメガネゲーなのである。
眼鏡でない元彼氏はこの文章でサヨナラであり、ちょっと話題が出るのはお隣さんルートだけ。細かい破局理由など何も書いていなかった。
では先ほどまで突然の別れ話に呆然としていただけの美夜が、何故彼の浮気など知っていたのか。
それは美夜が、この乙女ゲームの作者……の、親友だったからである。
そもそもこのゲーム、親友の一発ネタだった。
前世の美夜達が学生だった頃に乙女ゲームが流行していて、いろんな内容のゲームが次々と出ては消えて行った。
久しぶりの同期飲み会でその話になり、当時は素っ頓狂な設定がたくさんあったな、なんて懐かしがり。
『あれが許されるなら、対象全員眼鏡でもいいんじゃね?』
と、親友がその場で即興で設定を考えたところ、面白がった友人Aが絵を描き、友人Bが持ち込んでいたパソコンでプログラミングを始め、美夜が文章を校閲し――なんだかんだで一か月かけて作りこんでしまい、勿体なかったのでフリーゲームとして公開した。どうも全員ストレスが溜まっていたらしい。
その中で親友は、主人公が元彼と別れた原因まで律儀に考えていた。
卒業してお互い新社会人として忙しく、ちゃんとしたデートもできない。主人公は最初こそなんとか時間をとろうとしたが、元彼のほうが断ることが続いたのであまり誘わなくなる。そうしているうちに元彼は自分の会社の同僚といい感じになってしまった、という裏話を。
最終的に『眼鏡じゃないし、こんな話いらないか』とバッサリ削除していたのだが。
本来の主人公はそれを知らないまま過ごすのだが、残念ながら美夜は黙っていられるほど人間が出来ていなかった。
「なっ! 俺が浮気なんてするはずないだろ!」
「田中君とか佐藤君には同僚の話して、良子には私と別れたとか言ってたくせに!」
「はぁ!?」
元彼の慌てようを見ると実際にあった話のようだ。田中氏とも佐藤氏とも、ましては良子とも最近連絡なんて取ってないのだけど。かつての親友の設定が活きていることで、自分の予想が正しかったことを確信した。
「しかもこんな場所で別れ話する!? 普通、もっと人のいない所でするでしょ! この後どうするつもりだったのよ、私を笑い者にする以外に!」
そう、ここはカップルの聖地にもなっている公園。
こんな場所で別れ話をしてどうしようというのだ。周囲はカップルとたまに女友達同士のグループしかいない。ヒソヒソ笑われるのが関の山である。
「浮気した挙句、相手への気遣いすら出来ないアンタなんてこっちからお断りよ!!」
――親友よ、私は言ってやったぞ。
思った以上にクズに作ってしまった元彼にモヤっていた親友を思い出しながら、美夜はそう宣言するのだった。
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スッキリした気分で帰宅した美夜だが、部屋で落ち着いた途端、頭を抱えた。
多少ずれたプロローグだったが、間違いなくあのゲームの前書きである。いつの間に転生してしまったのだろう。
なお、今まで生きてきた記憶も存在しているので、ゲームだと思ったら詰む。恐らくエンドを迎えた後も世界は続くはずだ。そこから言えば、「親友が創造した世界」に生まれ変わったというのが一番正しいかもしれない。
こんなことならいっそ思い出さないままのほうが良かったのに。
「主人公と同じポジションだからってどうすんのよ……」
これからイケメンとの恋が始まっちゃうのね! などというお花畑脳は、残念ながら美夜には存在しなかった。
攻略に手を出すということは、多かれ少なかれ自分を偽る必要が出てくるのだ。ゲームならいいが、美夜にとって今も現実で、恥も外聞もある。会社だって、必死に就活をして入社したのだ。ゲームではなくて美夜の頑張りだったはずだ。
攻略対象の誰とも結ばれない【お仕事エンド】だって存在する。無理矢理猫かぶって攻略するより、お仕事エンドを狙ったほうがいいだろう。
幸い、このゲームにバッドエンドは……ひとつだけあるが、そのルートはありえないので無いということにしよう。うん、無いのでそこは気楽だ。
「ゲーム期間さえ終えれば……もしかしたら記憶も消えるかもしれないし……!」
むしろそこに淡い期待を寄せ、美夜は前世の記憶と共に新しい生活を始めるのであった。