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一話といえばゴブリン退治①

 息を切らして走る。薄暗い森の中、必死に足を動かしていた。道なき道を走ってきたせいで、スカートの裾はもうボロボロだ。布で包んだ数束の薬草を抱えながらだと、全力では走れない。しかし、これを置いていく訳にはいかないのだ。

 木々の隙間から差し込む陽は既に赤く、あと数刻もしないうちに辺りは暗黒に支配されるだろう。そうなってしまえば、この森から生きて出ることは叶わない。

 耳を澄ませずとも聞こえる、背後で響くゴブリンたちの下品な嗤い声。この森の奥にゴブリンのねぐらがあるとは聞いていたけれど、まさかこんな村の近くに出るなんて。早く帰りたいと気だけが急いて、足が縺れ転んでしまう。地面に伏し、ここまでかとぐっと目を閉じる……が、聞こえてきたのはゴブリンの断末魔であった。

 目を開くと、二つの人影。斧を持った大きなそれと、杖を構えた比較的小さなそれ。斧を持ったほうが、ガシャンガシャンと鎧を響かせて近付いてくる。私が怯えていると気付いたのか、ぐいと兜をずらして顔を見せた。

「おじょーちゃん、大丈夫?」

 そう言ったのは──明るい茶髪が目に馴染む、快活な女性だった。まるで、持ちすぎた荷物を気に掛けるかのように。はしゃいで転んでしまった子供を気遣うように。彼女の口調と風貌は、そんな穏やかな生活を想像させるものだった。しかし、やはり、彼女は鎧を着こみ大きな斧を手にしている。その差に混乱する私を見て、その女性は少し困ったように笑っていた。

 次の瞬間、背後でけたたましい叫び声が聞こえた。ゴブリンたちが怒り、攻撃をしかけてこようとしていたのだ。再び固まりかけた体だったが、女性が私の手を引き抱き寄せ、次に聞こえたのはゴブリンの悲痛な叫び声だった。

「全く」

 そして、混乱した場に響く冷たい声。

「さも救世主のような顔をしていますが、タマキさんは何もしていませんよね?」

「ごめんごめん! でもつーちゃんなら倒せるかなーって」

「勿論倒せますが、こんな物に魔力を消費したくありません」

 タマキと呼ばれた女性の肩越しに見えたのは、杖を持った人影。長く黒い髪をポニーテールにしている姿からは、性別の区別はつかない。服装や持ち物もマントですっかり隠れていることから、辛うじて魔術師であるということしかわからない。

「しょーがないなぁ、つーちゃんは。じゃ、あとはやっておくから! その代わりにこの子よろしく!」

 私はその言葉と共に抱き起こされ、そのまま魔術師のその人のほうへと背を押された。ええと、その、と言葉を詰まらせてしまう。そんな私をちらと見て、その人は口を開いた。

「詳しい話は後程。今言うべきなのは──振り返らないほうがいいですよ、ということです」

「えっ」

 どういう事ですか、と尋ねようとした次の瞬間、背後からゴブリンの悲鳴が聞こえる。それと、また別の音。聞いたことがないけれど、何かに似ている音。そう、村で牛を解体していた時のような、繊維のある何かを断ち切る音。つまり、背後では。

「想像もしない方がよろしいですよ……僕も、彼女の戦い方には辟易しています」

 ため息をつきながらそう言った──その一人称から察するに──彼は、やや呆れたような眼差しで私の背後を見守っていた。それでも、決して油断はしておらず、手は杖をしっかりと握ったまま。この戦いの場に慣れた様子。もしや……


 それから、すぐ。あのゴブリンたちの声は聞こえなくなっていた。もう大丈夫だよ、という声と共に女性がこちらに歩み寄ってくる。はっとして、私はようやく二人に頭を下げた。

「た、助けていただきありがとうございます!」

「いいのいいの! これも依頼だしね~」

「と言っても、タダ働きですが……」

 二人の返事を聞き、私の予感は確信へと変わっていた。やはり、この二人は冒険者であったのだ。武芸や魔術を磨き、世界を股にかけ冒険をする、浪漫を追い求める旅人。

「私、スーファト村のマリアと申します。あの……お名前を聞いても、よろしいですか?」

 私がそう尋ねると、二人は顔を見合わせてから、再びこちらを見た。

「私はタマキ! タマキ・メルセンヌ。ふつーの戦士だよ! こっちは魔術師のつーちゃん。気を付けてね、めっちゃ性格悪いから……」

「二つ訂正しましょう。まず僕はつーちゃんという名前ではなく、ツカサ・アイクシュテット。そして、性格は悪くありません。いい性格をしている、と言ってください」

 明るくにっこりと笑うタマキさんと、笑みを浮かべるどころか眉根を寄せるツカサさん。正反対の二人だな、と私は苦笑いをしてしまう。それから、ふと思い出したことを二人に尋ねた。

「依頼、と言ってましたけど、どうしてここへ?」

「それは……帰りながら話そっか! もう暗くなっちゃうしね」

 そう言われて、辺りがすっかり暗くなっている事に気付く。ここから村までは三十分もしないため、本格的に陽が沈むまでには、辛うじて帰ることが出来るだろう。


 獣道を歩きながら、二人は──主にタマキさんが──事情を説明してくれた。旅の途中、偶然この村に立ち寄ったのだが、その時に娘を探している女性に出会ったのだと。もしかしたら森に向かったのかもしれない、あそこには魔物がいるから危険だ。あの子はまだ十五歳。心配だから探してきてほしいと。見つけてきてもらえたら、宿の一部屋を無償で使っていいから……とのことで、二人はそれを依頼と見なしこの森へやってきたのだと。

「それにしても、なんでマリアちゃんは森に入ったの? ここで育ったなら、危険だっていうのもわかってそうだけど」

 首を傾げるタマキさんとは対照的に、ツカサさんは当たり前と言わんばかりの顔をしながら私の手元を指さした。少し泥がついてしまったが、しっかりと握りしめている薬草の束を。

「大方、それが目的でしょう。この地域は質の良い薬草が取れると聞いた事がありますから。それでも、無謀だというのは変わりませんがね」

 ツカサさんの冷静な指摘に、私は萎縮してしまう。実際その通りであり、この辺りなら魔物も出ないだろう、出ても必死に逃げればなんとかなるだろう……という私の甘い考えは、先ほど打ち砕かれたばかりだったのだから。それでも、私はこの薬草を手に入れなければならなかったのだ。これでもまだ足りない。もっと、もっと……

 ぐ、と薬草を持つ手に力を入れると、それに気付いたらしいタマキさんは、少し考えてから私の肩を軽く叩いた。

「ねぇ、マリアちゃん。お家に帰ったらさ、詳しい話聞かせてくれる? 私たち、力になれるかもしれないし!」

 楽し気に、そして頼もしく笑顔を浮かべるタマキさんのその笑顔に、私は気が付けば頷いてしまっていた。

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