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近衛騎士エドガー・バーミリオンの独白 1



 3ヶ月と言う時間を、私は貴方からの贈り物だと思っています

 今まで、素敵な贈り物をいくつもいただいたのだけれど


 きっとこれが、一番素敵な贈り物でした





「それではすみません。3ヶ月、よろしくおねがいします」


 つい先日まで、公爵家の令嬢であったというその少女は、青く美しい髪をばっさりと切り、質素な旅装に身を包んでぺこりと大きく頭を下げた。

 12公爵家といえば、この国ディシャールで王族の次に尊いとされる貴族であり、その12公爵家のマスティアート家の三女と言えば王太子ユリウスの婚約者として有名だ。

 つい先日下級貴族の令嬢に非道な行いをしたために、その婚約を破棄された悪役令嬢として、貴族の噂話に上がっている女性である。


 近衛騎士団の騎士であるエドガー・バーミリオンはバーミリオン伯爵家の四男だった。

 濃い茶の髪に、整った顔立ち。ルビーと言うには深い、温かみのある臙脂の瞳を持った、美丈夫と噂の27歳である。


 貴族の令息とは言え、四男では後継ぎになることは難しい。

 物心ついて、早々にそのことに気が付いたエドガーは、体を鍛え、騎士を目指すことにした。


 ディシャール国の騎士、特に近衛騎士は花形だった。

 国と民を守る王宮騎士とは別であり、近衛騎士団はある程度上位の貴族しかなれない上に、国内外のやんごとなき方々を護衛するために特化した騎士団である。

 顔と頭と能力が良くないとなれない為、近衛騎士団の所属と言うだけでかなりの信用を得ることができ、エドガーにとって、こんなにも素晴らしい名誉職はなかった。


 頭もよく、魔法の才にも武の才にも恵まれた、品行方正で真面目なエドガーは当然のように近衛騎士を目指し、そして努力の結果、18歳という若さで近衛騎士となることができた。

 残念ながら素質が無く、一番の花形である騎竜騎士になることはできなかったが、それでも国内の貴族からはじまり、エドガーは隣国の大使や王族と経験を積み、気がつけば近衛騎士団でも中堅どころの騎士となっていた。


 そんなエドガーであったので、目の前にいる少女を職務上護衛したことはもちろんある。

 シルベチカは12公爵家が一つ、マスティアート家の末の姫で王太子の婚約者であったのだから、名誉ある近衛騎士団の護衛対象に、もちろんなって当然の少女であった。


 はじめて彼女に会った時、エドガーはまだ近衛騎士になりたてであった。

 王太子が婚約者に会いに、公爵家の屋敷へ行くのに護衛をした際、木に登って出迎えてくれた彼女が盛大に落ちたのを、間一髪のところで抱きとめたのがエドガーだったのだ。


 当時、エドガーが19歳で、少女が9才であった時の話である。


 木に登る段階で、随分とお転婆すぎる公爵令嬢だと肝を冷やしたものだが、怖がって泣き出すと思った少女は、呆けたような表情を浮かべたあとクスクスと笑いだしたのだ。


「ふふっ、あはは。騎士様、どうもありがとうございます」


 花がほころぶように笑って礼を言うその少女に、エドガーは何とも言えない感情を抱いた。

 こんなに愛らしい少女が、いつか王太子妃となり、王妃となると思うと近衛騎士冥利に尽きると思ったのだ。


 エドガーにとって少女は、ただ単純に名誉職を欲しただけだったエドガーが、近衛騎士という職に本当の意味で誇りを抱いたきっかけとなった少女であった。


 エドガーには、兄は3人いたが弟妹はいなかった。

 不遜だとは思いつつも、妹がいたらこんな気持ちになるのだろうかと思いながら、エドガーは少女を気にするようになった。


 幼かった少女は、月日を経て美しい公爵令嬢として王太子の隣で華やかに成長していった。

 それを見守りながら、エドガーもまた経験を積んでいく。


 恋ではなかった。

 おそらく、恋情と言うものとは別の何かを抱いていたのだと思う。

 憧れや、尊敬と言うものに似た、言葉にできない何かだった。


 そんな彼女が、王立学院に入学してから悪魔のように豹変したのだと風の噂で聞いても、エドガーは決して信じなかった。非道な行いをして、国外追放の刑を受けたと聞いた時も「何か理由があるのでは」と思ったくらいだ。

 それでも、たまに王宮で見かけていた少女が、とても辛そうに俯いて、鋭い目で王太子を睨んでいるのを見て、本当に変わってしまったのか? と思ってしまった自分がいたことに、エドガーが自己嫌悪に陥っていたことも一度や二度ではなかった。


 だから、

 だからこそ、今回の任務を与えられた時、エドガーは天命だと思った。


『国外追放するまでの3ヶ月。シルベチカ・ミオソティス・マスティアートを護衛せよ』


 という、不思議な王の勅命をこなす間に、エドガーはせめて真実はどこにあるのか探ろうと考えていた。

 エドガーにとってこの任務は、そう言った決意と共にあった。


 それがどうだろう。


 目の前の少女は、あの頃の無邪気であどけない、お転婆な少女そのままだった。


 どうして、国外追放のはずの彼女に3ヶ月の猶予があるのか、その間彼らが護衛しなくてはいけないのか、エドガーと同じく任務に当たったマリ・フラウディアという女騎士には分からなかった。

 事情を知ってるはずの、上司であり、学院でずっと彼女を護衛していたヘンリー・ブラッドは「王命である」としか言わず、益々わからなかった。


「……陛下の恩情で、そうですね、執行猶予みたいなものを頂いたんです。3ヶ月と言う時間を。……だからその期間、見れるだけこの国を見て回りたいと思ったんです」


 巷で噂になっている悪役令嬢とは思えないほど優しい顔で、少女は笑った。

 それはエドガーがあの日、初めて会った時に見た笑顔と全く同じものだった。






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