そして僕らは絶望した 2
「すべて真実だ。あれの命は、王命として神に捧げさせたことで間違いない」
城へ戻り、必死の形相で王の執務室へと向かい、問いただしたユリウスに、王はそれが当然であるとでも言うようにさらりと答えた。
「何故ですか」と震える声で問えば、「世界の為、国の為だ」とはっきりと口にする。
「あれを贄へと要求された以上、捧げるのは義務だ。国から、世界から魔力が消えれば、どういう事になるのか分からぬお前ではあるまい」
「ですがっ……他に方法はなかったのですか? シルベチカが死なない方法が……」
「俺が調べなかったと思うか? 15でしかなかった小娘に死ねと命じて、それで良しとする何もしない王だと?」
「っ……そんなことは」
「……他に何もなかった。あれも納得していたことだ」
父である国王は、そう言ってアクアマリンの瞳を悲しげに臥せる。
その仕草だけで、国王が、国王としてできる全てを駆使し、それでも他に方法が無かったのだとユリウスは理解してしまった。
こみ上げてくる無力感と、絶望。
そしてシルベチカの手のひらの上で道化を演じ、彼女が導くままに用意された道を辿らされたという屈辱と、湧き上がる怒りにユリウスの心はどうしようもなくぐちゃぐちゃになっていく。
言語化など、とうてい無理だった。
「何故、何故俺に教えてくれなかったんですか」
「あれがそう望んだからだ。お前には知られずに逝きたいと。だから叶えた、それだけのことだ」
「っだからって……こんな……」
「それ以外にしてやれることがもうなかった。……ユリウス、もう全て終わったことだ」
王の言葉の刃に、ユリウスはうめき声をあげる。
そう、もう何もかも終わったあとだ。
シルベチカはいない。
帰ってきたのは骸だけで、それだけだ。
もう笑うことも、怒る事も、優しい声音で無邪気にユリウスの名を呼ぶこともない。
それから、ユリウスはふらふらとした足取りで、いつの間にか自室へと帰っていた。
それからの記憶は定かではない。
ただひたすら、なぜ? と、答えの出ない問いかけを繰り返し続けた。
なぜ、彼女はユリウスに真実を伝えないでほしいと願ったのか。
なぜ、彼女は死を受け入れたのか。
なぜ、彼女は悪役令嬢を装ったのか。
なぜ、彼女はユリウスに断罪されるべく、あの非道な数々の証拠を残したのか。
なぜ、なぜ、なぜ?
なぜ、
自分は彼女の真実に気が付かなかったのか。
違和感はずっとあった。
そもそも、生来のシルベチカにあんな真似ができるはずがない。
花を慈しみ、虫も殺せず、人が傷つくことを誰よりも厭うシルベチカが、ああいった形で人に暴力を振るうわけがなかった。
違和感はあったのに、諫めはしたものの、その理由を何故と問わなかったのはユリウスだ。
ユリウスは、勝手に彼女が変わってしまったのだと思い込んで、それ以上知る事をやめてしまった。
今なら、シルベチカがどうしてあんな表情で自分を見つめていたのかが分かる。
何かを耐える、被害者のような顔で、ユリウスをシルベチカは何度も見つめた。
彼女は加害者ではなかった。
被害者ですらない。
強いて言うなら、世界とこの国の犠牲者だ。
その犠牲者に、ユリウスは何と言っただろう。
『被害者のような顔をするな、貴様はマーガレットにとっても、俺にとっても加害者だ』
『……そうですね』
『さようなら殿下……、貴方様の行く末に幸多からんことをお祈りしております』
『貴様に祈ってもらうなど、不愉快だ』
最後にかわした言葉を思い出して、ユリウスは嗚咽を堪えることができない。
国の為にその身を捧げたシルベチカに、突きつけた言葉の刃。
それでも幸せを願ってくれた、彼女の言葉に泥を投げた己の冷血さ。
何も知らなかった。
否、何も知ろうとしなかった。
違和感を指摘して、問い詰めることをしていたら?
もっとシルベチカと対話していたら?
真実を知るチャンスはいくらでもあったのに、その全てに気が付かず道化に成り下がったのは他ならぬ自分だ。
そうまで考えて、彼は自覚する。
あぁ、俺はシルベチカを愛していたのだ と。




