王太子ユリウス・アラウンド・ランフォールドのはじまり 3
ユリウスが19歳となり、シルベチカとマーガレットが17歳を迎えた年。
ユリウスが王立学院の卒業を3か月後に控えたその日、事件は起きた。
─ガシャン
という何かが壊れる音がして、マーガレットを探して廊下を歩いていたユリウスは急いでその音が鳴ったほうへと向かった。
夕焼け色に染まる教室の中、シルベチカとマーガレットが対峙している姿を見て彼は息をのむ。
「もう……もう無理です、できません! シルベチカ様」
「……だまりなさいっ!! 私がやれと言ったらやるのです。これは命令でしてよマーガレット・ウェライア嬢」
「ですがっ……こんなこと、シルベチカ様だってお望みではないはず……」
「……貴女に、貴女に私の気持ちの何が分かるのですかっ……私が、貴女にどんな気持ちでっ」
シルベチカはそう言って、鬼のような形相で手を振り上げた。
ユリウスがハッとして止めなければ、その手は確実にマーガレットの頬を叩いていたことだろう。
叩こうとしていたその手を止められたシルベチカが、泣き出しそうな顔でユリウスを見上げる。
ユリウスには最早、嫌悪しか湧かなかった。
「ユ……ユリウス様……」
「シルベチカ……これはどういうことだ」
ユリウスの問いかけに、シルベチカは答えない。
今にも泣きだしそうな顔を伏せて、視線をさまよわせるその姿にユリウスは大きくため息をつくとシルベチカの側を離れて、怯えて座り込んでいるマーガレットに手を差し出した。
青い顔でガタガタと震えるマーガレットに愛おしさがこみ上げ、そんな目に遭わせたシルベチカが許せなかった。
だから、ユリウスは迷わず、シルベチカに冷たい瞳を向けたまま「シルベチカ。君との婚約を破棄したい」と告げることができた。
「学院での君の行動は、未来の王太子妃として目に余る。もう私に話しかけないでくれ」
シルベチカは両手をぐっと握り、けれども何も言わなかった。
泣き出すのを耐えるような被害者の顔をユリウスに向けたものの、弁明も拒絶もしなかったそれをユリウスは答えとして受け取ると、マーガレットを連れて教室を後にした。
1人残されたシルベチカが、何を思って、どんな顔をしていたかなどユリウスはこの時考えもしなかった。