護衛騎士ヘンリー・ブラッドの悲嘆 2
仕方がないことだと言えばそうかもしれない。
けれど、ヘンリーにはこれが正しいのか分からなかった。
命じられるまま、死ぬことを受け入れたシルベチカを見守るしかできなかった。
ヘンリーは国と王に忠誠を誓った護衛騎士だ。
ヘンリーがシルベチカの立場であったなら、国と王に忠誠を誓った彼はその命を素直に受けて、死を選んだことだろう。
けれどシルベチカは公爵令嬢で、騎士ではなかった。
王妃になるべく教育を受けたとはいえ、命を捧げる理由になるのかヘンリーには分からなかったし、悪役令嬢として振舞う理由もヘンリーには分からなかった。
シルベチカは自由であった方が御しやすい。
それが分かっていたから、ヘンリーは悪役令嬢として振舞うシルベチカを見守り続けた。
ただの護衛騎士でしかなかったヘンリーには、それ以外選択肢はなかった。
シルベチカは、人前では決して泣かなかった。
悪役令嬢ぶるほかは、決して人に自分の悲劇を悟らせないようにするのが上手で、真実を知っているヘンリーですら、たまにこの後に控える悲劇を忘れるくらいだった。
「……アマリア、君はそれでいいのか」
一度だけ、ヘンリーは侍女のアマリアにそう聞いた。
ヘンリーと同じく、真実を知りながらシルベチカに仕える彼女なら、ヘンリーが納得できる答えを持っているのかもしれないと思ったからだ。
アマリアは苦しそうに瞳を歪ませて答える。
「いいのか悪いのかと問われれば、私は今でも……いえ、一生涯納得などしません。けれどシルベチカ様はこの現実を受け止めて、決めてしまっていらっしゃるのです」
アマリアは、「本当によろしいのですか?」と、シルベチカに聞いたそうだ。
それに対してシルベチカは堪えるような笑顔でこう言ったという。
『お慕いしているからこそ、私は、私と婚約を解消した後、殿下が心から望む方に隣に立ってほしいのよ。だってこんな女をつかまされたせいで、婚約破棄だなんて不名誉な思いをするのよ。それならその後は、うんと幸せになってほしいじゃない』
と。
「そんな事言われたら、叶えて差し上げるしかないじゃないですか」
アマリアは、その瞳に涙を浮かべながら笑ってそう言った。
ヘンリーは何も言えなかった。
アマリアにそう言わせてしまった自分を恥じるばかりで、慰めることも、声をかけることもできずにただその場に立ち尽くすしかできなかった。
きっと、真実を知る者の中で、ヘンリーが誰よりも悲劇を受け入れることができないままだったのだと思う。
覚悟ができないまま時は流れ、やがてあの日が……シルベチカが王太子殿下に婚約を破棄されたあの日がやってきた。
王太子殿下とマーガレット嬢が教室を後にしたその時も、ヘンリーは廊下からシルベチカをずっと見守っていた。
ずっと泣かずに、ひたすらに耐えていたシルベチカが夕焼けに照らされる室内で、自身の肩を抱いて震えているのを見ていることしかできなかった。




