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ディシャール国国王ディオール・ラヴァ・ランフォールドの悔恨  4



 告げられてから、私はずっと幽霊だった

 運命の日が終わったら

 幽霊ですらいられなくなるのだと知っていたからこそ


 私は幽霊だった





「分かった、シルベチカ・ミオソティス・マスティアート。王命としてこの命をお前に授けよう。お前のその身、この国のために捧げよ」


 ディオールがそう言うと、シルベチカはゆっくり微笑んだ。


「王命、承りました」と言って淑女の礼をする姿の、どうしようもない美しさに、ディオールは嘆息する。


「もしも、お前に願いがあるなら、その身を国に捧げてくれたことに敬意を表して、余が直々に叶えてやろう。何でも好きなことを望むと言い」


 ディオールは当然のようにそう言った。

 ディオールはシルベチカに、命と言うものを国のために差し出せと言っているのだ。

 これくらいしてやりたいと思うのは、王として当然だろう。


 シルベチカは少しだけ視線をさまよわせると、たった一言こう言った。


「……このことを、ユリウス殿下に知られずにいたいのですが、可能でしょうか」と。





 ディオールはその日から、週に一度自称幽霊の相手をするようになった。

 王太子妃教育を受ける必要が無くなった幽霊は、それでも王太子妃教育を受けていることを装うため、週に一度王宮にやってきている。


 これから死ぬとは言え、何もしていない王太子妃候補を放っておくこともできず、散々検討した末にディオールは幽霊を執務室にいれることにした。

 本来は、都合がつくまでのしばらくの間のつもりだったが、結局幽霊は追放が決まるまで執務室にやって来ていた。


 最初は恐縮して小さくなっていた幽霊は、ディオールが戯れに話しかけるとよく喋った。

 王太子妃教育は、もう十分に入ってると聞いて戯れに簡単な仕事を放って見れば、幽霊はとても楽しそうにその仕事をこなした。

「どうせ、しばらくしたら消えてしまう幽霊です。陛下のお好きにご利用ください」と可愛くないことを言うようになっても、ディオールは不思議と不快を感じなかった。


 幽霊はいつだって、一方的に話をした。

 悪役令嬢をはじめたけれど、息子に嫌われるためだから放っておいてほしいだとか、あまりの悪役令嬢っぷりに愛想をつかされはじめてるだとか、息子が恋に落ちた音を聞いただとか、他愛もない、けれど大事な話ばかりだった。

 生意気で、不遜で、人目が無いからと、王であるディオールすら揶揄うその幽霊を、ディオールは幽霊だからと許した。

 幽霊はますます楽しそうに話をした。

 2年に満たないその時間はディオールにとって少し、特別な物になった。


 話をするたびに、幽霊の叶えてほしい願い事は増えていった。


「悪役令嬢ごっこしてること、目をつぶってくださいね。きっとあの方が、罰してくださいますから」

「私がいなくなったあと、あの方が恋を選んだら、どうか許してさしあげてくださいね。必要な勉強は全て、私が教えておきますから」


 幽霊の願いはいつだって、息子の事に直結していた。

 欲があるように見えて、真実その欲は欲とすら呼べないものだった。

 聖女になりたいかと言えば、幽霊は首を振って笑う。

「そんなことしたら、バレてしまうじゃないですか」と言って幽霊は困ったように笑うのだ。


 二度目の託宣で、幽霊の運命の日が決まった。

 教会から渡された書類を確認した幽霊は、困ったような顔で「門まで、王都からどのくらいかかるものなのですか?」と言う。


「門までは、馬車なら3日だが、騎竜を使えば半日だ」

「……そうですか。それじゃあ、ユリウス様の卒業式、参加できますよね?」

「……そうだな。1日あるから、騎竜を使えば間に合うだろう」

「よかった……私、ユリウス様の卒業式参加したかったんです。だってほら、卒業式だと式服を着用なさるじゃないですか! 最後に、あの方の立派な姿をこの目に焼き付けておきたくて……」


 幽霊はそう言って、心底嬉しそうに笑った。

 式服が何だと言うのだろう。ディオールにその価値は分からない。

 けれど幽霊が望む数少ない願いであるなら、ディオールは叶えようと思った。


 公爵はもう、娘の固い決意を見て見守ることに徹したようだ。

 一度だけ、幽霊の将来の夢が何だったのか気になって、聞いたことがあった。


『お父様、私将来素敵なお嫁さんに、ユリウス様のお嫁さんになりたいわ』


 もう叶うことはないその夢を公爵から聞いて、ディオールは後悔した。

 期日まで、あともう半年に迫っていた。




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