ディシャール国国王ディオール・ラヴァ・ランフォールドの悔恨 1
恐れ多くも不敬な道化を演じても、
あの御方は、優しい眼差しで見守ってくださった。
実の父はもちろん大好きだったけれど、
私は、鋭く見えて、殿下と同じ優しいあの御方を、
いつの日か、義父と呼びたかった
幼い頃、この国の王子として生まれたディシャール国国王ディオール・ラヴァ・ランフォールドは、国王と言う存在はこの国において、最高権力者で、何でもできる尊い存在だと信じていたし、戴冠してからの20年、挫折や苦悩も経験したが、そういう存在であり続けようと、今なお努力を続けていた。
きっと歴史書にディオールは、正しく賢王として名を残すだろう。
けれどディオールは、自分が無力な存在だと数年前に自覚した。
当時15歳であった少女1人救うことができない王など、無力以外の何者でもないと、彼は今なお悔恨を抱えている。
*
その日、ディシャール国国王ディオール・ラヴァ・ランフォールドは、1人の公爵令嬢に「国のために死んでくれ」と命じた。
ふわりとした青い髪、真白の瞳の奥に金の光を揺らめかせた、息子の婚約者である公爵令嬢の名は、シルベチカ・ミオソティス・マスティアートと言った。
王妃にも気に入られた、可憐で美しい妖精のような公爵令嬢だった。
当時のディオールにとって、シルベチカは息子の政略結婚の相手と言う以上の感情はなかった。
可愛らしいとは思ったが、それだけだ。
王妃教育を詰め込んで、使い物にならなかったら挿げ替えようと思うほど、シルベチカに興味が無かった。彼にとって一番重要なのは国政であったから仕方がない。
ディオールがシルベチカを気にすることになったのは、数十年ぶりに舞い降りた、精霊神の託宣が原因だった。
月の精霊姫が舞い降りて、建国王に嫁いでこの国を建国したという伝説を持つディシャールは、国教としてこの精霊教を信仰していた。
それは月の精霊王を頂点とする精霊の臣下たちが、地上のあらゆる場所に宿り魔石を生み、魔法の元素の源となり、この国に豊かさをもたらし、死後、悪業をなさずにいた善人は精霊王の御許で幸福に暮らすという、精霊を尊ぶ教えだ。
王家は、その教義で最も尊い月の精霊王の娘である、月の精霊姫の血を受け継いでいるとされ、教会と王家は独立しているが、その権力はその血筋の関係からほぼ対等だった。
細かな事情は置いておいて、ディオールの代、教会は欲深くはなく、ディシャールの長い歴史において比較的清廉な時期であった。と言っても、当時の教会は、精霊神について秘密主義なところも多く、こと託宣と言うものに関して、ディオールは最初何のことかと思ったくらいだ。
その教会から、精霊王から託宣があったと言われ、王はその金色の眉を顰めた。
金の髪にサファイヤの瞳は、王族に頻繁に現れる色で、ディオールは金の髪のみ受け継いだが、息子のユリウスはその両方を受け継いでいた。
ディオールの瞳は、サファイヤと言うよりは少し明るいアクアマリンで、三白眼気味だったせいか冷酷な王と長く呼ばれてきた。
事実、ディオールは冷酷な王だと自身を評していたので、否定することはなかった。
ただ一人、最愛の王妃だけはディオールの事を愛情深い優しい人だと評していたが、ディオールにその自覚はなかった。
話を戻そう。
金色の眉を顰めアクアマリンの目を細めながら、ディオールは教会からもたらされた託宣が書かれた書類を見つめる。
書類に書かれた託宣は、たった一つであった。
『白き癒し手の鼠の姫を捧げよ』
該当する家は、たった一つだった。




