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公爵家嫡男ウィステリア・アルペストリス・マスティアートの憎悪 2



 結局、ウィステリアの願いも空しく、ユリウスは最後まで気が付かなかった。

 ユリウスは妹が用意した証拠を持って、妹を断罪し、妹が用意した筋書き通りに婚約を解消し、妹が国外追放となるのを憎々しげに見送った。

 妹の唯一の誤算は、それがユリウスの卒業より3か月早かったという事実だろう。


 ウィステリアには最早どうでもよかった。

 妹の真実に気が付かず、妹が用意した筋書きの上で何も知らずに踊るユリウスは、酷く滑稽な愚か者にしか見えなかった。


 ウィステリアは、妹の責を取る形で用意されていた側近の座を辞した。

「合わせる顔がないから」と理由付けしたものの、その真実はこれ以上ユリウスの顔を見ていたら殴ってしまいそうだったからだった。


 何も知らず、愚かにも妹を悪女と謗る王太子を、もう視界にいれたくなかった。


 領地に戻って公爵の仕事を手伝いながら、愛しい妹の事を想って過ごす。


 追放されて3か月後の運命の日。

 ウィステリアは屋敷で、両親と一緒に妹の事を想って過ごした。


 抜け殻のようになって1年経った頃、ウィステリアは所用で王都に来た際に、王太子に呼び出された。

 今更何の用だと思いながら、王太子の勅命に応えないわけにはいかないので、彼は王宮へと足を向けた。


 そこで見たのは、今更ながらに妹の行方を求める、未だに何も気が付かない王太子の姿だった。


 ウィステリアの感情は虚無だった。

 王太子が、シルベチカの事を悪女と謗っても、虚無以上の感情は生まれなかった。


 妹は、シルベチカはもういないのだ。

 ウィステリアの大事な最愛の妹は、今はもうウィステリアですら会うことはできない場所にいる。


 会えるものなら会いたい、

 もう一度会って抱きしめてやりたい。

 その頭を撫でて褒めてやりたい。

 けれど、この愚か者のために動きたいとは、ウィステリアは露ほども思わなかった。


 ウィステリアの感情を動かしたのは、王太子の新たな婚約者となったマーガレットの話題だけだった。マーガレット嬢が、シルベチカを思い出して悲しんでると聞いて、妹の数少ない願いを思い出す。


『お兄様、もしマーガレット様が困っていることがあって、お兄様がお力になれることがあったら、助けて差し上げてくださいね』


 マーガレット嬢はシルベチカが認めた唯一だ。

 ウィステリアが知らないシルベチカを知っていて、おそらく共に悲しむことができる数少ない人だ。


 ただ単純に、会ってみたいと思ったが、彼女はいまや未来の王太子妃だ。そんな簡単に会うことができる令嬢ではない。

 ましてやウィステリアは、()()()()()()()()()の兄なのだ。


 会ってはいけないと自らに言い聞かせ、ウィステリアは領地に戻った。





 ウィステリアがその機会に恵まれたのは、やはりシルベチカのおかげだった。


 それは、シルベチカ帰郷の知らせだった。

 あの国外追放された日から2年目を迎えるその日、たった一度だけシルベチカが帰ってくるという知らせに、ウィステリアは涙を流した。

 表向き、国外追放となっているため、彼女は大手を振って帰ってくることはできない。

 だがしかし、王都の外れの教会に、シルベチカは秘密裏に帰ってくるのだ。


 ウィステリアにとっても、これはシルベチカに会える最初で最後の機会だった。

 この機会を逃したら、本当にもう、シルベチカに会うことは叶わない。


 そんなウィステリアの元に、1通の手紙が届いた。

 シルベチカの追放と共に、公爵家の侍女の仕事を辞したアマリアからの手紙だった。


 アマリアはシルベチカの追放後、公爵の力を借りて姿と名を変えてマーガレットに仕えているとのことだった。

 シルベチカたっての願いだったのだろう。

 でなければあのアマリアが、シルベチカの側を離れるわけがないと、ウィステリアは苦笑する。


 手紙を読めばアマリアは、かつてシルベチカの護衛騎士だったヘンリーからシルベチカ帰郷の旨を聞いたらしい。

 ヘンリーは今現在、シルベチカを迎えに行っているはずなので、アマリアに気を利かせて知らせたのだろう。無口で不愛想な騎士だったが、シルベチカはよく懐いていたと、ウィステリアは記憶している。


 アマリアが帰郷するシルベチカに会いたいと願うことは当然のことで、ウィステリアはもちろん来るものだと思っていたのだが、同封されていたもう1通の手紙を見てウィステリアは言葉を無くした。


 それはマーガレット・ウェライア嬢からの手紙だった。






 過ごした日々を忘れない

 この空の青さも、世界の美しさも全て


 だからどうか、私の事を忘れてください

 忘れて、幸せになってください


 そうでなくては……

 そうでなくては……




 何の意味もなくなってしまうのですから



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