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公爵家侍女アマリア・フラントの尊崇 4



 姉様は2人いたけれど、

 年がうんと離れていたせいかあまり交流できなかった


 だから私にとって、貴女はとても優しい姉だった


 甘やかしてくれてありがとう

 誠心誠意仕えてくれてありがとう


 今でもずっと大好きよ


 本当にありがとう



 さようなら





 マーガレットは、例の問いかけ以来、とても精力的に勉強に取り組んでいた。

 シルベチカは誤解をさせたままでいるが、決して嘘はついていない。

 ただその誤解が、マーガレットを真剣にさせるだけの真実となっていたのは明白だった。


 それでも、マーガレットにとってその誤解した真実は、まだどうにかなる真実だったのだろう。 

 もしもアマリアがマーガレットの立場だったら、同じ事を思ったに違いないからだ。


 入学して1年が過ぎ、2年目の春を迎え、運命の日を迎えるまであと3ヶ月と迫った頃。

 耐えきれなくなったマーガレットが爆発した。


「もう……もう無理です、できません! シルベチカ様」

「……だまりなさいっ!! 私がやれと言ったらやるのです。これは命令でしてよマーガレット・ウェライア嬢」

「ですがっ……こんなこと、シルベチカ様だってお望みではないはず……」

「……貴女に、貴女に私の気持ちの何が分かるのですかっ……私が、貴女にどんな気持ちでっ」


 それは耐え続けたマーガレットの、心の悲鳴そのものだった。

 その悲鳴に引きずられるようにして、シルベチカが同じく悲鳴を上げたのは仕方なかったことだと思う。問題なのは、その現場を王太子に見られてしまった事だった。


 シルベチカの他に誰もいない教室まで迎えに行ったのはアマリアだった。

 護衛騎士ヘンリーは側に仕えていたが、ただただ教室内で立ち尽くす彼女を見守っているだけだった。

 その現場に駆け付けた、アマリアだって、どんな言葉をかけていいか分からずに、しばしばシルベチカを見つめる事しかできなかったのだから仕方がない話だ。

 やがて、泣き出しそうな堪えるような表情で、シルベチカは2人に体を向けた。


「婚約解消されました。これで、肩の荷が降りました」


 婚約を解消したいと王太子に言われてなお、シルベチカは凛としていた。

 

 後3ヶ月だった。



 シルベチカはその後、国外追放となった。

 あの日から今までの間に()()()()()()、シルベチカの悪行の数々は、証拠として無事王太子の元に渡った。

 3ヶ月早まった追放に、誰もがあともう少し待てないかと望んだが、王太子を説得するよりも早く、シルベチカは3ヶ月の()()という名の旅に出ることを決めてしまった。


「最後までお供させてください」


 シルベチカに望まれて、シルベチカの美しい青い髪に鋏を入れながら、アマリアはそう涙ながらに願った。

 この国では髪に魔力を溜めると古くから信じられている以上、貴族の令嬢が髪を切るのはよほどのことであったが、国外追放と言う刑を受けたことによる、シルベチカなりのケジメであった。

 が、アマリアは辛くて苦しくて悲しみがあふれてばかりいた。


 美しい髪に鋏を入れることなど、シルベチカ自身の望みでなかったら、決してしなかったと断言してもよいくらいだった。

 せめて、国外追放という名の3ヶ月の旅に、アマリアもついて行きたかった。


 けれどシルベチカは首を振る。

 ついてきてはダメだと言う。


「アマリア、私の最後のお願い聞いてくれる?」


 聞きたくなかった。

 聞いてしまったら、もう二度とシルベチカには会えないと本能的に理解していたからだ。


 聞いてしまったら、アマリアはそのお願いを聞かないわけにはいかないと、分かっていたからだ。


「……どうか、私に仕えてくれたその心で、マーガレット様を支えて頂戴」


 嫌だと言いたかった。

 無理だと言いたかった。

 けどできなかった、

 アマリアにとって、シルベチカは、精霊神よりもずっと尊き存在だったからだ。

 もはや既に、アマリアのこの思いは崇拝のようなものだったのだろう。

 アマリアは、自分の心に楔を打って、シルベチカの最後の願いに「はい」と頷いた。


「ありがとう、アマリア」


 そう泣きながら笑ったシルベチカの事を、アマリアは生涯忘れないだろう。



 公爵の恩情で、一房だけいただいたシルベチカの髪を、彼女は神の遺物だとでもいうように大事にしながら、今日も、未だにシルベチカを思って涙するマーガレットに、アマリアは下級侍女として寄り添う。


 魔宝具で髪の色と瞳の色を変え、化粧で雰囲気を変えて名前を変えて、王太子に気がつかれないように地味な侍女を演じながら、マーガレットを支え続ける。


 今はもういない、主の最後の願いの為。

 そして、主の事を共に懐かしく思える唯一の者として。


 アマリアは、その生涯をマーガレットに捧げた。






 私は、今でも貴女様を想っております。

 貴方様は、聖女と尊ばれることを嫌がっておいででしたが、


 私にとって、尊き貴女様は聖女ですら足りない存在でございました。



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