公爵家侍女アマリア・フラントの尊崇 2
アマリアが全てを聞いた時、生まれた感情は怒りと絶望だった。
どうして最愛の主がそんな目にあわなくてはいけないのか、まるで理解できなかった。
アマリアが冷静にならざる得なかったのは、ひとえに目の前の主がそのどうしようもなく悲劇でしかない現実を、受け入れてしまっていたせいだった。
国王陛下の前で、シルベチカがどんな悲劇を突きつけられたのかは聞いたが、それに対してシルベチカがどう返答したのかは分からない。
ただ、シルベチカは諦観と言ってしまっていいほど、その現実を受け入れた。
受け入れるしかなかったとはいえ、まだ15歳になったばかりの少女が受け入れることができる現実ではなかったとアマリアは思う。
少なくとも自分だったら、泣き叫んで、喚いて、酷く抵抗していただろう。
それほどまでに理不尽な悲劇だった。
にもかかわらず、シルベチカは3日ほどぼんやり日々を過ごしたあと、決意するように自分の頬を叩き、アマリアにこう言った。
「アマリア! 私、私ね、悪役令嬢になるわ!」
悪役令嬢と言うのは、庶民に人気の小説で、傲慢で高慢に、悪役の如き振る舞いで物語を盛り上げる令嬢の事だった。
普段のシルベチカとは真逆でしかないその存在に、アマリアは思わず顔を顰めてしまう。
「なぜですか! シルベチカ様はそのままで、そのままでいいではないですか! わざわざどうしてそんな……」
「……ユリウス様に嫌われたいの。どうせ解消される婚約なら、ユリウス様に嫌われているという前提で、婚約破棄されたいのよ」
「……っ、どうしてそんな」
シルベチカの抱えている現実は、もうすでに十分悲劇だった。
けれど今、シルベチカが望むのは、そこにさらに追い打ちをかけるものである。
「陛下が何でも、何でも願いを叶えてくださるそうなの。だから私、とびっきりの悪役になって、嫌われて、婚約破棄されたいってお願いするわ。だって、だってそうしたら」
「ユリウス殿下は傷つかなくて済むじゃない」と、堪えるようにシルベチカは言葉を続けた。
それは願いであり、祈りだった。
彼女の些細な願いは、全てその一言に集約されてるのだろうと、アマリアは胸を鷲掴みにされるような苦しさを感じる。
アマリアでさえ、心と体を切り裂かれるような痛みを覚えた真実だ。
かの王太子がこの真実を知った時、まず間違いなく傷つくだろう。
2人の間に結ばれたのは政略結婚だ。
かの方のシルベチカに対する愛は、親愛でしか無いのかもしれない。
それでもアマリアは知っていた。
シルベチカが王太子に寄せる愛が、親愛ではなく真実の愛であるということを。
今は形にならずとも、そのまま時が過ぎ、あの優しい王太子が気付くことができれば、この上もない確かな愛になりうるものだと、アマリアは信じていた。
けれども未来は奪われた。
誰が悪いわけでもない。
強いて言うなら世界が悪かった。
どこにも八つ当たりなんてできない、こんなにも理不尽なだけの悲劇を知ったら、王太子は自分の無力を嘆くだろう。
現実を受け入れたシルベチカにとって、それが最も避けたい悲劇に違いなかった。
だから彼女は悪役令嬢となることを選んだ。
未来の王太子妃として相応しくなく振舞い、傲慢で高慢な態度で皆に接し、誰からも嫌われることで、婚約を破棄されて当然だと思わせる。
そうして社交界から消えれば、この悲劇は「婚約者に恵まれなかった王太子」として残るだろう。
それは、今現在ある確定的な理不尽な悲劇よりも、よほど幸運な悲劇だとしかアマリアには思えなかった。
愛しき主が望む悲劇が、その幸運な悲劇である以上、アマリアはその筋書きを許容するほかなかった。
「ごめんなさい、アマリア。アマリアが真実を知っていてくれるなら、私は何だって乗り越えられるわ。だからありがとう……ありがとう」
アマリアはこの時、この愛しい主の側に、最後までいようと誓った。
その誓いは結局、順守されることはなかったけれど。




