存在しない列車
人身事故のあった夜、駅では不思議なことが起きた。
最終電車を見送って、降車客を見送ったら駅の1日は終わる。取り残した客がいないかを入念な巡回によって確認し、シャッターを閉めたら完全に外界とは関わりがなくなるのだ。それこそ線路上からの侵入くらいだろうか? 本日もT駅での業務も終わり、最終列車の発車と駅の戸閉を責任者が連絡すれば仮眠時間となる。
「お疲れさまでした。昼間は人身事故で大変でしたけど、終車は遅れないで済んでよかったですね、助役」
「ああ、そうだな安藤。これでやっと眠れるよ」
駅責任者の増田助役と終車まで改札に立っていた若手駅員の安藤が他の駅員が帰って来るのを事務室で待ちつつ雑談をしていたとき、
~♪~
突然駅の電話の外線が鳴り始めた。普段だったらこの時間帯に外線が鳴るなんてことはないのだが。
「どうします? 取ります?」
「どうせ酔っ払いだろ、遺失物の連絡とかなら明日にでもまたかけてくるだろうし取らなくていい」
助役は取らなくていいと言って、安藤も更にここから仕事が増えるのは勘弁と無視をした。だけども延々と鳴る電話。電話が鳴っている横で雑談するというのもうまく会話が続かず、電話の呼び出し音が場を支配する。微妙な空気が流れる中、事務所のドアが開く音がした。
「ただいま戻りました。南口シャッターは全部閉めてトイレも異常なしです」
「お疲れ様です。北口もシャッター閉めてきました。エレベーターも異常なしです」
構内巡回をしていた川村と西本が戻ってきた。異常がないことを助役に報告している。その中でも電話の呼び出し音は鳴り続けていた。川村と西本も電話の方に意識が行ってしまっていた。
そして報告が終わったころ、電話は鳴り止んだ。
「ふぅ、長かったな。それじゃ俺は最終巡回行ってくる」
増田助役は最後の確認の巡回をするため椅子から腰を上げて、改札の方へ向かった。そしてドアに手をかけたとき
~♪~
また電話が鳴り始めた。
「たち悪いな。お前ら、絶対に出るなよ。今日は疲れたから早く休みたい」
「はい、あとちょっとですしこのまま無視しますよ」
安藤がそう答えて、川村と西本も横でうなずく。
助役が出ていくと事務所の椅子に川村と西本も座り、巡回チェック表をまとめるなどの事務作業を行いながら雑談に興じる。
「さっきから鳴ってるのか。いたずらかね?」
「最終電車に忘れ物でもしたんじゃないか?」
「もうほとんどの車両が車庫入ってるし、明日にしてくれ」
「早くあきらめてくれ、コールも長いよな」
結局3人いたとしても電話が鳴っている横で雑談はしにくく、会話が続かない。そしてしばらくするとやっと電話は鳴り止んだ。
「止まったな」
「ああ、長かった」
~♪~
「ああ!! くそっ! キリねぇな」
「いたずらか? やめてくれ」
3度目ともなるともう電話の呼び出し音を聞くだけでも嫌になる。堪忍袋の緒が切れたのか一番気が短い西本が椅子から立ち上がり乱暴に電話を取った。
「こちらはT駅です!! ご用件をどうぞ!?」
『……。……わたしの……からだが…ないん…です。……そちらに…おちて……ませんか……?』
「はぁ? 身体がないって?!」
~ツーツー~
「切れたよ。なんだやっぱりいたずらか? からだが無いなんて」
「電話取るなよ。クレーマーだったら助役の機嫌も悪くなるぜ」
「しかしからだが無いなんて何の冗談だ?」
「今日は冗談じゃないぜ、ほらあっち」
川村が指差すのは事務用品の置かれる倉庫。普段だったら特に変わったものはないのだがちょうどその日は人身事故の仏様が入った箱が置かれていた。明日、警察が回収に来るまでは駅で保管してるのだった。
「おい、気味悪いこというなよ。じゃあなんだってか、さっきの電話は、おい!!」
「そんな大声出したら起きるかもしれませんよ」
「やめとけ、川村。死人をいじることは。それに今日これからここで寝るんだぞ」
~ピリリリリリッ ピリリリリリッ~
「うわっ!、何の音だ!?」
突然鳴り始めた音に3人は驚愕する。西本は驚いて足をもつれさせて転ぶほどだった。
「落ち着け、西本。いつもの接近放送だろ」
「なんでこんな終車の行ったあとで鳴るんだよ、おかしいだろ!」
「工事列車ありましたっけ? 今日」
『まもなく1番線に列車が参ります。ホームドアから離れてお待ちください』
「おい、在線位置調べろ。構内に列車はいるのか?」
西本の問いにパソコンの近くにいた川村が画面を見ながら答える。
「いま1つ前の駅を通過する上り列車がいるな。安藤、助役に無線で聞いてみろ」
安藤が慌てて駅構内での交信に使っている無線を使って助役に連絡を取った。
「助役、助役。上りホームに列車が来てますか?」
『安藤か、なんだ突然。今、ホーム巡回してるが何もいないぞ』
「事務所で接近放送が鳴ってるんですが?」
『おかしいだろ、ホームは何も鳴ってないぞ。だけど無線越しには聞こえるな』
「あとPC上じゃ、いまうちの上りホームに列車が止まってる表示なんですが?」
『それは変だな、一度そっちに戻る』
数分して助役が戻ってきたときには普通の事務所に戻っていた。PC上の列車の在線位置も先ほどの存在しない列車の表示は消えていた。ずっとPCを見ていた川村曰く、T駅を発車してしばらくすると消えたらしい。
巡回の途中で切り上げないといけなくなった助役の機嫌は少し悪くなっていたが、無線越しに接近放送が聞こえていたこともあって3人が怒られることはなかった。
もちろん翌日3人は寝不足でフラフラと朝ラッシュをさばくのだが。
数日後、昼間に1本の電話がかかってきた。
「お電話ありがとうございます。C線T駅です。ご用件をお伺いします」
「あら、T駅だったの? 先日はうちの主人がご迷惑をおかけしました。主人の亡くなった夜に主人の携帯から発信履歴があったのでかけてみただけなんです。なんでT駅にかかったんでしょうかね?」
電話を受けた安藤駅員は背中がうすら寒くなるのを感じた。