72.フラグは立てずにとにかく折る
「上手上手。ルセリナちゃん」
「そりゃどうも」
スローテンポな音楽に合わせながらゆったりと体を動かす。
勿論、このそつのない動きは魔法アイテム『舞踊のイヤリング』によるもので、私本来の実力とは全く無縁のものだ。
「魔法アイテムって凄いですね」
「アイテムの力だけじゃないよ。ルセリナちゃん本来の筋がいいんだって」
「またまた御冗談を」
「あはは本当だって」
にこにこと肯定するベルさんを見上げ、つられて笑いそうになる自分の口元に力を入れた。
見え見えのお世辞なのだとしても嬉しいものは嬉しい。
お屋敷で暴言や嘲笑しか耳にしなかった私にとって、これほど耳障りのいいものも無いだろう。
まるで乾いた大地に染み入る一雫のように、彼の言葉は私の心に潤いをもたらした。
シュタイン先輩は信用するなと言っていたけど、私からしたらよほどいい人だ。
レイズ様と違い、これまでに花嫁を何人も見つけてきたことも頷ける。
「ん、という事は」
一つ気になることが出来てしまった。
「どうしたの?」
ベルさんは不思議そうに私を覗いた。
「これまで何人も花嫁を推薦したって事は、ベルさんと、その、現在進行形で良好な関係の相手もいるんじゃないかなって」
花嫁として推薦するには、まず恋愛で相手の魅力を十分に知る必要がある。
1人や2人くらい本気の相手がいてもおかしくない。
「こうやってベルさんが私のような第三者の女と仲良くするのは良くない事では?」
俗世間にいう浮気ってやつである。
「どうなんです?」
いつの間にか音楽は途切れていた。
その合間を縫うようにベルさんは答えを出した。
「いないよ」
「いない」
「このイベントで花嫁になって、花嫁の期間が終わって、それで俺の元に戻って来る人は1人もいない」
「そう、なんですか?」
「うん」
再びゆっくりと次の音楽が鳴り始める。
「俺の元には誰も来ない。なんでかなー? 上級市民権を得たらそれでおしまいなんだよね」
声色はどこか寂しそうだった。
傷つく女性はいないんだとホッとしている場合ではない。
「あー、うーんと」
踊りながらだからかもしれない。あまり気の利いた言葉が浮かばない。
「ベルさんはいい人だと思いますけどね」
ひどくありきたりなフォローになってしまった。フォローにもなってないかもしれない。
「ありがとう」
それでも彼は私の言葉をその通りに受け取ってくれた。
握られていた指の力が少しだけ強くなるのが分かった。
「ルセリナちゃんがさ」
「なんでしょう」
前髪に見え隠れした真っ直ぐな瞳。それを私は正面から受け入れた。
「ルセリナちゃんが花嫁になった時、その時は戻って来てくれるんでしょ?」
「えっ」
一瞬だけ戸惑った。
思わず「はい」と答えてしまいそうだった。
違う未来の自分が見えたような気がした。
でもやっぱり。
「それはないです」
はっきりと返した。
「えー」
えーも何もへったくれもない。
「だって私はこの国を追放されなきゃいけませんから」




