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145/151

145.汚い主従と綺麗な主従


 胸躍るような不思議な冒険。

 新たな敵との激しいバトル。

 白馬に乗った王子様。

 そんなベタな展開はどれもいらない。


 私に必要なことはただ一つ――楽して人生過ごすこと。




「助けて」


 弱弱しくも助けを請う力なき少女の懇願が洞窟に響いた。

 齢にして12,3くらいだろうか。

 まだあどけなさの残る愛らしい顔のすぐ下、ほっそりとしたその喉元には、男の手によって鋭利な剣の刃がつきつけられている。


「おっと、変な真似するなよ」


 剣はカチャリと音を立て、少女の恐怖心を煽った。


「助けて、ヘッセン」

「おじょう……さま、私は、一体……」


 その身をモンスターに変えた男ことヘッセンさんは動きを止め、我に返ったように相手の少女を見つめた。


「……」


 お嬢様のピンチを察して、本来の心を取り戻すとか、いやぁなんていい話なんだろう。これは何、主従の強い繋がりが生んだ奇跡ってヤツ? 物語として完璧じゃないですか。


 そのピンチの原因がレイズ様じゃなきゃだけど。

 いやほんと、何やってんですか、あなたは。


 隣で繰り広げられている美しい主従物語を横目に、私はとても冷静な心でレイズ様を見上げた。


「はまり役ですね」

「うるさい。いつまで転がってるつもりだよ」

「いや、私もたまにはピンチのヒロイン感出そうかと」

「安心しろ。そう言ってるうちは、いつまで経ってもこっち側だから」

「ははっ、でしょうねえ」


 手を取って立ち上がらせてくれる王子様なんてどこにもいない。

 代わりに飾らない軽口を受け取った私は、なんて事ない感じで静かに立ち上がった。


「で、ここから、お嬢様を人質に取った極悪人のレイズ様はいかがなさるおつもりで?」

「このままこの女を解放したら、またお前がヤツに追い回されるかもしれないけど、どうしたらいいとお思いで?」


 こいつ。

 答えはとっくに分かっている癖に。

 妙に勝ち誇った笑いが癇にさわる。


「はいはい、分かりましたよ」


 私は軽く手を振って、未だモンスター姿のままの彼にくるりと体を向けた。


「ルセ、リナさん、一体……何を、まさか」

「すみません、私はどうもこっち側の人間みたいなんですよね」

「待ってください。私はほら、こうして自我を取り戻して……」

「念には念を、悪には悪を。今、自我があるからって、数秒後にまた豹変しないとは限りませんから。大丈夫、その姿なら、怪我はしませんよ!」

「そ、そんな……!」

「?」

 

 狼狽するヘッセンさん。きょとんとした表情でそれを見つめるお嬢様。

 ごめんね、お嬢様。ここは美しい勧善懲悪の世界じゃ無いんだ。ここは自分の保身に走った悪人が、確実な平穏を掴もうとする汚い世界。


 ぱちん。

 高らかに響く指の音。


「再び出でよ、私の高級家具達」

「う、う、うわああああ」


 彼の本気の絶叫は、大量の家具に埋もれ、徐々に小さくなっていった。

 


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