129.片道切符じゃ花嫁にはなれない
「じゃあ俺は行くぞ、ベル」
移動魔法も無事レイズ様の手に渡り、あとはそれを行使するだけ。
そこに涙の別れなんてドラマチックなものは一切無く、いつも通りのレイズ様は、恐らくいつも言っているであろう別れの挨拶を口にした。
「はいはい、またねー」
またってそんな。
レイズ様もレイズ様なら、ベルさんもベルさんである。
軽い口調で手を振り返す。それはまるで、また来週、来月、来年と再び会うことを示唆するような、そんな気楽な返答だった。哀愁なんて微塵も無い。
なんてことを考えている矢先だった。
「わ、うわ」
私は間抜けな声をあげた。
ベルさんが唐突に私の両手を握ったのだ。
「ルセリナちゃんもまたね!」
「え。あ、ああ、うん」
ハイテンションなベルさんに対して、私のこのおぼつかない返事よ。
正直、どう反応していいのか分からなかった。
悲しめばいいのか、笑えばいいのか、無反応でいればいいのか。
今の私はさぞかし目が泳いでいるだろう。
そんな私を見て、ベルさんはいつものように笑みを浮かべた。
「大丈夫、大丈夫!」
何が大丈夫なんだか。
ベルさんは握っていた私の手をぶんぶんと上下に振った。
「わ、ちょっと」
「花嫁になりたくなったらいつでも戻って来ていいから、ね?」
そんな話、今の流れの中に一切無かったにも関わらず、ベルさんは唐突にそうきり出した。
「いっ、いや私、一夫多妻制はちょっと」
突然だったはずなのに、私は自分でも意外なほど滑らかに言葉を返していた。
「うん、じゃあ一つだけ特別な席空けとくよ」
「えっ」
それはまるで、私の答えを既に読んでいたかのような言葉だった。
ボサボサとした癖のある前髪の隙間から、暗く濃い赤の瞳が私を見つめる。
「はは……」
……全くこの人は。
結局、何が嘘で何が本当なのか。
最後まで私がその真意を知ることはなかった。
「戻って……ね」
本当はもう戻って来れないのに。
ベルさんの期待に溢れた言葉が何度も頭の中を転がる。その期待が大きくなれば大きくなるほど、私は何とも言えない寂しさを感じた。
「だからさ……追放されたら、そんなすぐ簡単には戻って来れないんですって……」
再び他愛のない雑談を始めたレイズ様とベルさんを見つめ、私は誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。
……。
…………。
………………それにしても緊張感無いな、この二人。
さっきから見ていれば、冗談じゃなく感傷の感の字も見当たらない。
追放って、本当に簡単に帰って来れるものじゃないよね? 間違いないよね?
自分の認識に重大な過ちが無いか、もう一度よく考えた。うん、間違いはない。
「……とすると、夢、とか」
さすがにいくらなんでもそのオチは勘弁してほしい。
私は期待を込めて、頬を強く右手でつまんだ。
「うん、全然痛い」
痛覚は紛れもなく最前線で元気に稼働していた。




