123.一瞬じゃ名残とは言わない
私が出ていった後の異変ってなんだ。
その疑問に先輩は、少しだけ考えるような素振りを見せ、言葉を選ぶようにして慎重な口調で答えた。
「貴女がいないはずのお屋敷に、貴女の気配を感じました」
「私の気配? でも私は」
もちろん身に覚えはない。
忘れ物を取りに戻ったとか、実は分身していたとか、そんな事も決して。
「おい、シュタイン。こいつは俺とずっと一緒だったぞ」
珍しい、レイズ様のフォローだ。
慌てて彼の方を見ると、レイズ様は相変わらず面白く無さそうな顔を浮かべていた。この人の事だから、飽きてきたのかもしれない。
「ルセリナさんがあの場にいない事は承知しています」
何が面白いんだろう。シュタイン先輩は少しだけ口元を緩ませていた。
「だからてっきり、私がルセリナさんを名残惜しんでいるだけなんだと、一瞬はそう思ったのですが……」
「一瞬って」
短いな。
「はい、一瞬です」
先輩は実に曇りの無い爽やかな笑顔を私に向けた。
「お屋敷で感じたルセリナさんの気配、それはルセリナさん本人の気配ではなく、ルセリナさんがよく使う魔法の気配だったのです」
「それが『偽装魔法』……」
「ええ、それです。私としたことが、貴女がいつもしょうもない魔法を使うせいで、そっちの気配に敏感になっていたんですね」
事あるごとに私の不正を疑い深い目で見てましたもんね、先輩。
「そりゃあすみませんね」
「いえいえ、お気になさらず」
口では気にするなと言っている割に、その口調からは妙に棘のような物を感じた。これ追放とか関係なかったら、後でこってり小言を言われるパターンのヤツだな。
「お前って、本当に普段からどうしようもないのな。よくそれであの家のメイドやってたな」
「……一応皆さん普通に生活出来ていたんだし、及第点ってとこでしょう」
「それってアリスがいたからだろ」
「そこはノーコメントで」
レイズ様は私の顔を見るなり、また溜息をついた。幸せが逃げても知らんよ。
「今回の場合は、これが功を奏しました」
軌道修正。
私達の会話が終わる絶妙なタイミングで、シュタイン先輩はそう言うと、手にしていた誓約書の一文に再び指を触れた。淡い光が解けるように拡散していく。
「これって」
ものの数秒。自由に拡散していったと思われた光は、規則性があるように一本の糸として姿を変えた。
「『審美眼』の応用です。真偽を見極めた後、その正体を本来あるべきものへ結びつける力。まあ簡単に言えば、誰がこの魔法を使ったのか分かるってだけの話なんですが……」
そう言って先輩は、光の糸が連なるその先を静かに見つめる。光はか弱くも真っ直ぐに、部屋の壁を突き抜けどこかへと向かっていた。




