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男子高校生の俺はどうやら化物らしい

作者: Yuki@召喚獣


「あぁ、恐ろしい。人間とはかくも恐ろしい。我々のみでは飽き足らず、貴様のような化け物まで作り出すのか」


 幼い頃、何だか分からないような者に、そんなことを言われた記憶がある。本当に何だかよく分からなくて、敢えて言うなら妖怪だとか、化物だとか、魔物だとか、そんな感じで表現する様な何かだったと思う。

 兎に角、その時は本当に何が何だか分からなくて、一人だったこともあって、そりゃあもうわんわん泣いてしまった。近くにいて、けれども俺とは別の方向を見ていた家族が俺の泣き声に吃驚して駆け寄ってくるくらい泣いたのだ。

 でも、よくよく思い返してみれば、その何かも今にも泣き出しそうな顔をしていたような気がする。俺の泣き声に驚いた訳じゃあないだろうけども。まあ、俺と同じような顔色をしていたってことは確かだった訳で。

 その何かは家族が来る前にさっさと逃げ出してしまったのだけれども、逃げ出したかったのはむしろ俺の方なのでは? という疑問は今だって持っている。持っているだけで口にはしないが。

 駆け寄ってきた家族には色々と聞かれたが、素直に「化物を見て怖くて泣いた」なんてこと言ったって信じてくれる訳はないので、転んで痛かっただなんだと誤魔化した。

 そんな、幼い頃の記憶が今甦ってきていて、それが何故かと言うと、俺が今どうしようも無い状況にいるからだと思う。






 俺っていう人間は、まあ普通の人間だと思う。少なくとも本人である俺自身はそう思ってるし、普段の生活からしてみても一般的な枠をはみ出してはいないと思う。

 運動が飛び抜けてる訳でもなく、勉強が飛び抜けてる訳でもなく、人付き合いが飛び抜けてる訳でもなく、尖った才能がある訳でもない。平々凡々な、そこらの石みたいに世界には吐いて捨てるほどいる一般人だ。

 ただ、俺の家はそうじゃなかったらしくて、それに気づいたのは俺が十歳になった頃くらいの事だったと思う。

 友達の家に比べてやたらでかい自分の家。家にいるお手伝いさんなんてのは、学校の友達の家では見たことがない。料理を作ってくれるのは専属の料理人で、でも友達の家に遊びに行った時に料理を作ってくれたのは友達のお母さんだ。俺は自分の家で母親の手料理なんか食べた記憶はない。

 代わる代わる家に来て俺に勉強を教えてくれる家庭教師は沢山いて、友達に聞いたら友達はクラス制の塾に行って友達と勉強してるって言う。

 もしかして俺の家は他のところに比べて金持ちなんじゃないだろうか? 何て思い始めたのが十歳ぐらいだったのだ。

 お金の事について家族から話を聞いたことは無い。家ではそんな話を一切しないからだ。外ではしてるのかもしれないけど、少なくとも俺の目の前でしたことは無かった。

 もしかして自分の家は金持ちなのではなかろうか? と気づいたからと言って、別に俺が優越感を覚えたとか、他人に偉ぶり出したとか、そんなことはない。

 俺が謙虚だったからだとか、真面目だったからだとか、そんなことではなく。ただ単純に、友達の家が羨ましかっただけなのだ。

 俺の家は確かに金持ちなのだろう。生活に困ることはないだろうし、お手伝いさんがなんでもやってくれるし、味と栄養と見た目を全て充たしてくれる料理を専属の料理人が作ってくれる。物だって何でも手に入る。

 でも、母親の手料理は食べられないし、塾で友達とわちゃわちゃしながら勉強出来ないし、家族と一緒に遊んだりだってしない。

 友達の、普通の家で出来ることが、俺の家では出来ないのだ。

 俺は、普通の家で普通に暮らしたかっただけかもしれない。なんて思ってしまうと、今まで家庭教師が来てくれて頑張ってた勉強とか習い事とかのやる気がどんどん無くなっていって、それまで維持してきた成績とか、生活とか、そんな物が一気に馬鹿らしくなって、晴れて見事な一般人の出来上がりだ。

 自分でバイトして稼いで、放課後は友達とジャンクフード何か食べに行って、たまには夜遊びに出かけたりして、馬鹿言いながら図書室でテスト勉強するような、そんな普通の男子高校生だ。

 俺はそんな今の自分にとても満足していたし、家族も特に何も言ってくることは無かった。

 これからもこんな風に過ごしていって、高校卒業したら大学行って、一般企業に就職して、いや、公務員になるのもいいな……なんて考えて、楽しく過ごしていたある日。

 それ(・・)は、俺の目の前に現れた。

 歪で、不可思議で、この世の物とは思えない様な、妖怪だとか、化物だとか、魔物だとか、そんな風には形容すべき存在が目の前に。

 俺の日常をバラバラに破壊するそれは、なんの前触れもなく突然目の前に現れたのだ。






「なあ、圭太。アレ、何に見える?」


 小学校からの親友で、今も放課後ハンバーガー食べた帰りだった今永圭太に、俺は咄嗟に話しかけていた。別に圭太があいつの正体を知っていることを期待してとか、そんなことは一切ない。単に動揺していたのを、圭太に話しかけて鎮めようと、無意識に声に出していただけだ。

 それは圭太も一緒だったようで、何となく普段と変わらない声音を意識したような声で返事をしてきた。


「そりゃ、お前、アレだろ。天狗って奴じゃあねぇのか?」


 天狗。そう形容するのが相応しそうな見た目を確かにしている。修験道の修行僧がするような服を着ていて、高下駄を履いていて、赤ら顔に長い鼻。ボサボサの白髪に、オマケに背中には鴉のような羽付きだ。人が「天狗と言ったらこれ」と想像しそうな、見事な天狗だ。


「いや、まあ、確かに天狗なんだけどさぁ……」


 天狗なんだけど、天狗なんだけどさぁ。


「言わんとすることはわかる。俺だって、ねぇ?」


 圭太がそんなことを言って、半歩後ずさった。


「天狗なんているわけないじゃん。……って、言いてぇよなぁ」


 天狗の格好をしてるだけなら、ただの変質者だ。態々天狗の格好をして、周囲を徘徊して、あまつさえ男子高校生二人組の前に出てきちゃうような、言ってしまえば変態の類だ。警察に通報して終わりの案件だ。

 ただ、俺と圭太がそうしようと思えないのは、そいつが宙に浮いてる(・・・・・・)からだ。

 ここはだだっ広いアスファルトの道で、周囲に塀とか、建物とか、何かワイヤーを引っ掛けられそうな構造物もなくて、ついでに言えばさっきまで周りで歩いていた人が忽然と消えていたりする。そんな道で、人一人分の高さくらい浮いているのが、目の前の天狗な訳で。


「──本当は、貴様のようなモノに縋りたくはなかったのだが」


 突然、天狗がそんなことを喋りだした。俺の方を見据えて、心底嫌そうな顔をして。


「お、俺……?」


 なんて、思わず聞き返してしまう。話しかけられるなんて思ってもいなかった。


「そうだ。貴様だ」


 明確に俺を指さしてそう告げる天狗に、俺は二の句が告げなくなってしまう。隣からコソッと圭太が「お前、天狗の知り合いなんていたの?」なんて聞いてくるが、勿論そんな普通じゃない知り合いなんているはずもない。これから知り合いになる予定もない。あっても願い下げだが。


「この世全ての悪」

「この世全ての善」

「この世全ての死」

「この世全ての生」


 どこからともなく、声が反響して聞こえてくる。目の前の天狗が喋っているのかと思えば、天狗の口元は動いていない。

 キョロキョロと辺りを見回しても天狗以外の姿形も見えない。圭太も一緒になって見回しているが、何も見つけられていない。


「暴食」

「嫉妬」

「色欲」

「怠惰」

「傲慢」

「憤怒」

「強欲」


 なんの話をしている? まるで意味がわからない。

 心臓が早鐘を打つ。この非現実的な状況に、ようやく心臓が追いついてきたような。


「ああ、恐ろしい」「恐ろしい」「人はなんと欲深いのか」「人というものはどうして」「我等のようなものを生み出し」「未だ飽きたらないと言う」


 冷や汗が頬を伝い、顎から滴り落ちる。緊張で鞄を握る手に力が入り、取手の部分がギチギチと音をあげる。

 木霊する声は、耳から聞こえてきていたと思ったら、いつの間にか頭に直接響いているみたいで。


「お前……なんなんだよ……」


 思わず漏れ出た声は自分でも吃驚するほど震えていた。圭太に至っては声も出せずに、顔を真っ青にしている。まあ、圭太から見た俺も似たようなものだろう。


「人の業が生み出したモノよ」


 コツン、コツンと、靴底がアスファルトを叩く音が聞こえてきて、天狗の後ろからまた一人、何かが現れた。一人、というのは、つまるところその現れた何かがとても人間によく似ていたからで。


「そなたに」


 その何かは細いシルエットに、膨らんだ胸元、肩口で切り揃えられた黒髪で、女性のように見えた。天狗のように長い鼻もなく、羽も生えていない。


「我らの世界を救って欲しいと願い出る為に、此度は罷りこしました」


 マリンブルーと言うべき深い青色の瞳で俺を見つめるその何かは、目の冷めるような美少女だったが、額から生えた一本の角と、口元から覗く牙のような物が、またそれが人間ではないことを示していた。


「おひいさま! 何故出てこられたのです!」

「我らの世界の一大事。私が出てくるのは当然でしょう」

「あの様な恐ろしげなものの前に出てくるなど、何が当然でございますか!」


 天狗がそんなことを言って慌てているが、俺にとっては些事に等しい。

 天狗は恐ろしかった。今でも恐ろしい。何せ人ではないのだし。でも、目の前の「おひいさま」と呼ばれた美少女は、それ以上の何かだった。

 「鬼」とでも形容すべきその美少女は、得も言われぬ存在感を放っていて、天狗など吹けば飛びそうな雰囲気を纏っていた。


「なぁ、圭太」

「なんだよ」


 天狗がその鬼に構っている間に、圭太に話しかける。小さい頃から、自分で思っていたことを問いかける。


「圭太から見て、俺って何に見える?」


 その俺の質問に、圭太は緊張してたのが馬鹿らしくなるくらい、普段通りの声で答えてくれた。


「馬鹿、どっからどう見たってお前は普通の人間だよ」

「そっか……そうだよな。ありがと」

「お前と親友になった時からさ、何かは起こると思ってたんだよ。あまりに普通過ぎて忘れてたんだけど」

「なんだよそれ」


 なんて笑いながら返して、笑える余裕が戻っていることに気付く。圭太のおかげなのは間違いない。

 天狗と鬼は何やら話し合いの決着が着いたようで、改めて俺に向かってくる。


「さて。お騒がせして申し訳ありません。改めてお願いを」


 そう話し掛けられても、俺はもう動揺することは無かった。親友が、親友のまま隣にいてくれているというのは、とても心強いという事を実感できた。


「どうか我らの世界をお救い下さいませ、偽物の神様(人の業)よ」


 俺の満喫していた普通の男子高校生の日常なんてものは、この瞬間に壊れたのだ。

 それが果たして、俺にとって良かった事なのか悪かった事なのかは分からないが。

 少なくとも、刺激に満ち溢れた日々が始まった事だけは確かな事だった────






 俺と、俺に巻き込まれた哀れな圭太は、それから後、妖怪だとか、化物だとか、魔物だとか、そんな風に形容すべきモノたちの世界をどうにかする為に、東奔西走する羽目になる。

 その過程で俺が何だったのか判明したり、鬼の美少女といい雰囲気になったり、圭太とのコンビが覚醒したり、文化祭があったり、体育祭があったり、色々あるのだが。

 それはまた、別のお話である。

思いついたけど思いつけなかったものを供養として掲載しました。

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