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牢の中で握手する


 薄暗い地下牢の中。

 秋山はベッドに腰を下ろす。ベッドと言っても粗雑に木材を組み合わせただけの固いもの。シーツもなく、枕もない。横になることのできる程度のものだった。だが、彼にとってはその程度のことは何ほどのこともない。

 狭い軍艦の中で寝泊まりしていたのだ、むしろ広い寝床にすら思える。牢獄の中は地下ということもあって暗い。秋山が入っている牢獄と同じような部屋がいくつも並び、真ん中に通路がある。そこに間隔を置いて明かりが灯されている。壁掛けの燭台はすべてに火をつけられてはいない。


(こちらでも節約はするんだな)

 

 などとどうでもいいことを想いつつ秋山は目を閉じた。

 あの騒動のあとにやってきた兵士の一団は秋山を取り囲み尋問したが、彼も彼らも言葉が通じない。秋山からすればそもそも彼らが駆け付けた経緯すらも分からない。


(あの兵士達にも言葉が通じなかったな)


 隊長らしき者もいたが言葉が通じないのは変わらなかった。多少の地位のあるものならば何らかの反応があるかと思ったがダメだった。そうこうしているうちに彼はこの牢獄に入れられてしまった。

 ちりちりと火に近寄った虫が焼けている。ほかの独房から酔った男の怒声が聞こえる。

 

(アーエは逃げることができただろうか)


 彼は自分のことよりもそれのことが気になっていた。少なくともここには来ていない。秋山は鉄格子をみる。木造であれば何らかの脱出も考えられるかもしれないが、この造りでは逃げることはできないだろう。秋山は固いベッドに横になった。


「考えようによっては寝床が手にはいっただけ良しとするべきか……。明日からどうすればいいのかわからないのが問題なんだが……。まあ」


 なんとかなるだろう。秋山は思った。特に根拠はないが、悲観していても仕方がない。今は体を休めるだけだと彼は目を閉じる。


 それからしばらくして、がちゃがちゃと音が響くのが耳に入った。秋山は眠っているふりをしている。甲冑を着た兵士がこの地下牢に降りてきたらしい、数人いるようだった。彼らは口々に何か言いあっているがその意味は秋山には全く分からない。


 がんっ。秋山の檻が勢いよく蹴りつけられる。それから何かを叫ぶ声が響く。


(起きろ、と言ったところか)


 言葉はわからないが、何を言っているかはなんとなくわかる。彼はゆっくりと体を起こして牢屋の外を見た。そこには想像した通り、武装した兵士の集団がいる。そしてその真ん中に、一人の少女がいた。

 銀色の髪に刺繍の施されたローブ。その青い瞳が秋山をまっすぐに見つめている。その整った顔立ちに秋山はわずかに驚いた。だが、優しく微笑みいう。


「こんな夜更けに何か、御用でしょうか?」


 銀髪の少女は少し驚いたようだったが、周りの兵士が喚く。それを少女は手で制して、何か言った。すると兵士たちは何か抗議をしているようだったが、しばらくして階段を上がっていった。


(人払いということか、いや、単に彼らが嫌だったのかもしれない)


 無駄に威嚇するその姿に彼は内心呆れていた。どうせこちらは丸腰なのである。威嚇しても何も意味はないと、彼は自嘲する。しかし、すぐに背を正し。少女に向かい合う。


「言葉は通じないと思いますが、私は大日本帝国海軍所属、秋山周作中尉です。秋山と呼んでください。秋山、アキヤマです」

「あき、やま」

「はい」


 少女はそれが呼び名とわかったらしく「アキヤマ」と呼んでくれた。秋山は手を少女に向ける。


「貴女のお名前は何というのでしょうか?」


 少女は少し考えているようだった。秋山の行動を頭の中で解釈しているのだろう。彼女は鉄格子に手を差し伸べてきた。


「?……!」


 秋山は立ち上がって彼女の手が届く範囲に手を伸ばす。すると彼女はその手を掴んで、ぎゅっぎゅっと握手してくれた。秋山は苦笑しつつ、握手をし返す。その白い肌、細い指まさに少女の手だった。挨拶を思わぬ形でしてしまった。


「握手がこちらにもあるのですね。ところで私は秋山です。あなたは?」

「……」


 秋山は自分を指で指して「あきやま」といい、ゆっくりと優し気に手を彼女に向ける。


「貴女のお名前は?」

「……?………!!!!!!!!!」


 少女の目が見開き、無言で赤くなる。意味が分かったらしい。彼女はジトっとした目で秋山を見つめる。何か言いたげだが、勘違いしたのは彼女である。彼女は言う、異世界の言葉を。秋山はそれをほとんど聞き取ることができない。ただアーエが自己紹介しているときに聞いたような「音」はわかった。


「……マイ」

「マイ……いい名前ですね」


 たぶん「マイ」であっているだろうと秋山はマイの名前を呼ぶと、彼女はこくりと頷いた。ただこれだけ容姿の整った、そのうえ兵士も従う彼女だ、おそらくそれなりの家柄の者なのだろうと秋山は思った。ただ、ここでの敬称はわからない。

 ふと、彼女はローブを被っていることが秋山にはきになった。もしや、その下にはアーエのような「耳」があるのだろうか、ただ確かめるような無粋な真似はできない。マイは懐に手を入れて、腕輪のようなものを2つとりだした。

 宝石がちりばめられ、装飾の凝ったものだ。それを一つ自分の手にはめる。細い手首にするりとはまる。もう一つを秋山に差し出す。何なのか秋山にはわからないが、それを腕にはめる。


 その時だった。秋山とマイの腕輪がまばゆい光を放つ。それは牢獄を光に満たし、やがて消えていった。

 秋山は何が起こったかわからなかったが、腕輪を見るとまだ青い光をわずかに放っている。ずきり、その主観に頭痛が彼を襲う。

 よろめいて、牢に捕まるとその目の前でマイが同じように苦し気に息を荒げている。桃色の唇から漏れる息が少し艶めかしい。彼女はその青い瞳で秋山を見る。


「わかり、ますか? 私の、言葉」


 ずきり、秋山は頭痛と同時に驚愕した。







 




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