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街中で少女を助ける


 小麦畑の間の街道を歩く。心地よい風が麦畑そよがせている。麦畑の間で働く人影が見える。


「のどかだな」


 秋山は率直に思った。目の前の歩くアーエはまだ木の棒を振り回している。危ないと注意しようかと思ったが、可愛らしい姿に躊躇してしまう。後ろから見ると頭のような猫の耳がぴくぴくと動いている。ご機嫌なのだろうか、秋山はゆっくりとそう考えた。

 馬車が行き過ぎる。からからと大きな車輪を鳴らしながら。秋山は御者と目があい、なんとなく会釈すると相手も軽く頭を下げた。その様子を見ていたアーエは秋山の真似をしてだろうか、通り過ぎていく馬車に頭を下げる。


 なんてことのない道のりの中で太陽は傾いていく。だんだと光を強くしているのは夕日に変わろうとしているからだろうか。遠くに見える街の城壁は影を帯びて暗く見える。


「しかし、ここはどこなのだろうか? 東南亜細亜にこのような地域があるとは聞いたことがないが……」


 秋山は出征する前に地理について一通り頭に入れている。ただ、広大な麦畑を擁する城塞都市など聞いたことがない。街道で人々とすれ違うが、彼らは秋山を珍しそうに見てはそのまま通り過ぎていく。日本人など珍しくないのか、それとも興味がないのだろうか。



 城壁までくると大きな壕を巡らした防衛施設を持っていることが分かった。街の入り口は橋がかかっており、鎖で巻き上げる仕組みになっている。ようだった。その橋の前に兵士が数人立っている。彼らは手に槍を掴み、鎧を着ている。


「西洋……甲冑……?」


 秋山は驚愕した、その装備の「時代遅れ」ぶりはどうしたことだろうか。槍などで防げる軍隊などどこにもいない。どう見ても銃の類を彼らはもってはいない。あるいは儀礼的な部隊なのだろうかと彼は思った。

 兵士の集団は談笑しながら、固まっている。


「あーい!!」


 アーエがそこに声をかけると、彼らは振り返って手を振ってくる。知り合いなのだろうか。秋山も軽く会釈する。兵士たちは不審そうにみているものもあったがとにかく通ることができた。

 

 街の中の中央に大通りがある。そこは商店が軒を連ね、人でごった返していた。

 いろいろな店がある、軒先に肉を吊るしているもの、なにかの小道具を売っているもの。武器を立てかけているもの。酒場のようなものなどもある。秋山は人々に肩をぶつけられながら、かき分けて歩いた。アーエはその前をすいすいと歩いていく。ついていくのは結構難儀していた。


「まってくれ!」


 といったところでアーエは後ろを振り向くと彼女はつかつかと歩いてきて、仕方ないなという顔で秋山の手を取った。小さな手でぎゅっと握ってくれる。


(まるで俺が子供のようだな)


 秋山は苦笑しつつ、アーエに手をひかれるままに歩く。それで多少余裕が出てきたのだろう、人々の様子を観察することができた。アーエのように頭の上に猫のような耳を持つものは大勢いるが、秋山と同じく「人間」も普通にいる。いや、たまに容姿の優れた「耳の長いもの」や異常に背が低く頑健な肉体をしているものなどがいる。


「これは、俺はもう死んでいるのかもしれないな」


 何度目かわからないが苦笑しつつ、歩く。秋山はどうやら自分は未知の世界に迷いこんでしまったとだんだんと自覚してきた。不安に思うべきなのだろうが、握った小さな手の温かさがそんな気持ちをどこかに追いやってしまうように感じた。

 その時、どこかで悲鳴が聞こえてきた。

 アーエと秋山は立ち止まって声のした方を見る。アーエの耳がぴくぴくと動いている。あたりもざわつき始めている。突然アーエは声のした方に走り出した。


「あ、おい! なんだ」


 人ごみを器用にかき分けて走って行く。秋山は流石に手で丁寧に人をかき分けながら。追うがすぐに見失ってしまう。ただ、悲鳴の方向はわかる。彼はそちらに向かうべく行動する。

 周りの人間は聞いたことのない言葉で話している。不意に彼は言いようのない孤独のようなものを感じた。先ほどまで彼の手を引いてくれていた少女がいないだけでそうなってしまう、自分に秋山はわずかに不甲斐なさを感じる。

 ぱちん、両手で両ほほを叩き。


「よし」


 秋山は気を取り直した。

 


 人だかりができている。そこの中心には大きな体をした男が少女を見下ろしていた。黒髪の少女はボロボロの服を着てるが、その頭には猫のような耳があった。そして男と少女の間にアーエが立ち、両手を広げて何かを叫んでいる。

 男は背に大きな剣を背負う。赤銅色の肌に盛り上がった筋肉。体に革の鎧をつけている。男は何かを怒鳴りながらアーエにどくように手で示す。しかし、アーエは首を何度も横に振る。よく見れば足が震えている。


「!!!」


 男はアーエに手をあげようとした。彼女は目をぎゅっとつむる。がつんと何かを殴る音がしたが、彼女はいたさを感じない。おそるおそる目を開けてみれば、目の前の秋山の背中があった。

 秋山は事情は全く分からない。言葉も分からないので話もできないが、ぺっと赤い血を地面に吐く。そのほほを先ほどのぶたれた。

 だが、その瞳は鷹のようにぎらりと光る。彼は髪を逆立てて叫ぶ。


「婦女子に手を出すか貴様! 男子として恥ずかしくないのか!!」


 その声はびりびりと空気を震わせる。彼を殴った男はうろたえたのかそれで後ろに一歩下がった。群衆にどよめきが生まれる。秋山の言葉は通じなくても「何を言っているのか」がその気魄から伝わる。

 だが、男としてもこの場を引き下がるわけにはいかないのだろう。彼は大きく腕を振って殴り掛かってきた。秋山は腰を落とし、男の殴打をいなす。そのまま勢いを利用して足を払い、首を掴んで男を転倒させた。


 勢いよく倒れこむ男。すかさず秋山はその首の真横を力の限り踏みつける。地面に転がっていた男の目の前を踏みつけることで場合によっては殺すことを示した。頭を踏みつければ、首は折れているだろう。男が恐れを抱いた目で見上げると、秋山はただ冷然と見下ろしている。


「如何な理由があろうと女子供に手を出すなど男子の風上にも置けない。失せろ」


 その冷たい瞳に男は恐怖を感じたのだろうか、何かを叫びながらあわてて立ち上がると、どこかに消えていった。しんと静まり返る広場で秋山はふうと息を吐く。軍隊にいれば「このような処置」には手慣れていた。

 次の瞬間には歓声が広場にこだました。見ていた群衆は嬉しそうに何かを叫ぶ。秋山は困惑して後ろを見る、アーエが眼をキラキラさせて彼を見ていた。そしてすぐに「んー」と言いながら、抱き着いてきた。ぎゅっと腰のあたりを抱いてからすぐ離れる。

 彼女は少女らしくうれしさからか秋山の周りをぐるぐるぐるぐると走り回る。秋山は困惑しつつ周りの手前気恥ずかしさから捕まえようとするが、するっとアーエはよけてしまう。


「こらこら、あっ」


 すばしこいアーエを捕まえることができない。その姿がどことなく滑稽であたりからは笑い声が漏れる。その彼のシャツを引っ張るものがいた。先ほど倒れこんでいた黒髪の少女である。秋山を見ながら何かを言っている。

 アーエは彼女の背中をぽんぽんとたたいて、その猫耳にこそこそと話をしている。秋山をちらっとみて、にやっと笑う。黒髪の少女は秋山に向かいあって、笑いながら。


「アリ、ガと?」


 言った。秋山は笑顔でそれに返す以外に方法がない。頷いたり、ケガをしてないか身振り手振りで確認してみたが、どうにも伝わらない。しかし、アーエが通訳よろしく何事にも間に入ってくるのでなんとなくコミュニケーションはできるようだった。


 不意にがちゃがちゃと遠くから聞こえてくる。甲冑の音だと秋山は思った。その瞬間に当たりがざわざわとしている。

 そのざわめきからしてあまり自分に良いものではないと秋山は即座に判断する。

 アーエも急に不安げな顔になり、服を引いている、逃げようということだろうか。

 遠くに兵士の集団が見える。秋山は少し考えた。腰から指揮用の短刀を外す。それをアーエに握らせて、いう。


「これは大切なものだ。預かっていてほしい。君だけは逃げるんだ」


 秋山はそれだけを言うとアーエの手を黒髪の少女に握らせて、二人の背を押す。

 彼も逃げることはできるだろうが、彼にとってここはどこであるかのを確認しなければならない。そして、ケガをさせないようにしたとはいえ現地人と喧嘩まがいを起した。その行為が善行として受け入れられるかはわからない。そう軍人らしく秋山は冷静に、そして冷然と自らの行いを見る。

 近づいてくる兵士の集団を見ながら秋山はつぶやく。関わり合いを避けるためか、周りの群衆の中には逃げる者もいる。


「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か……」


 少なくとも猫の女の子は逃がすことはできる、とふと彼は思った。


 



固い男だなぁとなんとなく思います

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