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雨の中で

 雨が、降っていた。

 大粒のそれは甲板に叩きつけられ、音を鳴らす。洋上に浮かぶその船の甲板にはまるで川のように水が流れていく。


 波は荒い。船、いや正確にはその駆逐艦を揺らしていた。

 人類の作った鋼鉄の船も大海原の中ではいつ沈んでもおかしくはない。甲板の上では水兵達が行きかう、それぞれが何かの役割をもち、沈まぬようにただ各々が努力している。その中に独り、天を仰ぐ青年がいた。


 精悍な顔つきの将校だった。紺色の軍服に身を包み、短刀を腰に佩いている。手には白い手袋をはめている。彼は天を睨んだまま何も言わずにわずかな時間佇んでいた。軍帽のつばを掴んで、つぶやく。


「天次第か」


 短くそう呟き、周りの部下達へ指示を出す。彼には軍人としての義務に忠実であった。波がうねりをあげ、駆逐艦に押し寄せる。そのたびにどこかで誰かの悲鳴が上がる、それは「彼」の目には届かないところでのことだった。波にさらわれたか、ただ驚いているだけかはわからない。

 船が揺れる。その時だった。彼、秋山秀作は押し寄せた波に攫われそうになる水兵が眼に映った。

 気が付いた時はすでに駆けだしている。彼の身のこなしは俊敏だった。手すりを片手で握り、船の外に投げ出されそうになった水兵の手を掴むと、そのまま甲板に引き上げる。


「秋山中尉殿!」


 水兵が叫ぶ。秋山は力任せにその男を甲板に投げる。流石に助け方に気を遣っている余裕はなかった。彼は軍艦の壁にあたり、せき込んでいる。その周りには仲間の水兵達が彼の周りに集まった。秋山は口には出さないがほっとした表情をした。ただ、はっとして軍帽のつばを指でつかみ顔を隠す。


 ぐらり、 船が揺れた。

 秋山はその瞬間、不意に体が浮くような錯覚を覚える。


「!」


 すぐに自らの体が船から落ちているいることが分かった。曇天の空が見える。兵士たちの悲鳴と秋山を呼ぶ声がする。


――ああ、なんて間抜けなことを。


 秋山は手を天に伸ばして、そう思った。国に対しても、父母に対してもなんら恩を返せずに散るのかと、わずかな時間に悔いる。だが、すぐに海面に叩きつけられ海に沈む自分がわかった。

 波にのまれ上下がわからない。


(くっ)


 泳ごうにも水流で体が文字通り回る。口を開けてしまった拍子に漏れた泡が目の前を覆う。途端に息が苦しくなった。秋山はただ、暗い海の中で手を伸ばす。それは何かを掴もうとしたのではない、ただただ今できる「最善」を行おうとしただけだった。


 その手を誰かが掴んだ。この海の中でそれを秋山は感じた瞬間に、意識がふっと遠くなるのを感じた。



 川のせせらぎが聞こえる。

 秋山は顔にあたる砂の感触に目が覚めた。朦朧とする意識に首を振って、自らの頬を叩く。軍服は水を吸って重い、砂の上に座りなおすと目の前には小川が流れていた。周りを木々に囲まれたそれの中を一匹の魚がすいっと泳いでいく。

 秋山は思った。


「三途の川……?」


 海に投げ出された自分が川にいるはずがない。そうなればここはあの世だろうか。彼は急いで足を見ると自らの「足」はちゃんとついている。どうやら幽霊というわけではないらしいと、原始的な確認をする。彼は上着を脱ぐ。中に着ていた白いシャツが見える。


 彼は腰の短刀を確認してから立ち上がる。どうみても森の中である。考えれるとすれば奇跡的に島にたどり着いて川を逆流したのだろうか、彼はそこまで考えてくすりとする。それではあまりに自分が滑稽な動きをしている。


 がさり、音がするとともに秋山はそちらを見る。手は短刀をにかけ、腰をわずかに落とす。


「ひっ」


 そこにいたのは少女だった。大きな瞳と白い肌をした可愛らしい彼女はフードを頭にかぶっている。そこから出ている栗色の髪がきらきらと光っている。


「外国人……?」


 秋山はふと自分の手を見た。あの「投げ出された瞬間」に誰かに手を掴まれた気がする。もしかしたらこの少女がそれをしてくれたのかもしれない。秋山はこほんと咳払いして、英語で彼女にはなしかける。それはゆっくりと、挨拶と場所を尋ねるものだった。


『??????』


 何か叫んで少女は木の後ろに隠れてしまう。顔半分を出して、ちらちらとこちらをうかがっている。秋山はさらにゆっくりと言う。


『ここはどこでしょうか? 助けてくれたのは貴女ですか? 私は秋山です』

『だわっら、ぱるたらんと? アキヤマ?』


 秋山は思わず「は?」と言ってしまう。少女の言った言葉が理解できなかった。ただ、自分の名前だけは通じたらしい。秋山は英語だけでなくわかる言葉を使っていくつか質問をしてみるが、話が通じない。最後には薩摩弁までつかってみたが、少女の大きな瞳は困惑で泳いでいる。


「参ったな。これは、どこに流されたのかわからない」


 濡れた軍帽を脱ぐ、短く切った黒髪が陽光に光る。秋山が空を見ると木々の間にしっかりと日が昇っていた。先ほどまでの曇天は嘘のようである。ただ、それを疑問に思っても晴れているものは晴れていると秋山は思った。


『アーエ……アーエ……アーエ……!」


 突然少女が木の間からおずおずとでてきて、同じ言葉を繰り返す。どうにも頑張って「アーエ」と言っている。


「アーエ……もしかして君の名前? っと言葉は通じないか」


 秋山は自分を指さして「あきもと」と言う。その後に少女をゆっくりと手で示し、「アーエ?」と優しい声音で聞く。すると少女の目がぱちくりとして、口を開けて、嬉しそうに笑顔になる。


「あう。あう! アーエ、アーエ」

「そうか、アーエさん」


 名前をわかってくれたのが嬉しかったのかアーエは何か言いながら川を指さす、その後に秋山を指さす、それを繰り返した。

 手で泳ぐようなしぐさしたり、両手をあげてあうあう言ったりする。なんらかのジェスチャーらしい。必死なのだろうが、表情も苦しそうだったり嬉しそうだったりころころかわるので単純に可愛らしい。秋山はくすりとする。


「うーあんどる あ かーま べんど」


 するとアーエはちょっと膨れて怒ったような顔をする。人が真面目にやっているのに何を笑っているのか、秋山はそう言われた気がした。


「いや、申し訳ない。私がおぼれていたところを君が助けてくれたんだね。ありがとう」


 素直に秋山は頭を下げる。軍人らしく背筋を伸ばし、必要以上に儀礼的なものだったがそれは癖のようなものだ。本当に感謝していることには間違いない。

 アーエは逆に「あうあう」となにか困惑したような顔をしている。あまりに丁寧に頭を下げられたからか、ただ感謝されていることはわかるらしく頭を掻いたり、横を向いたり、照れくさそうな表情をしている。とにかく表情がころころ変わる。


「うーら」


 なぜだろうか秋山にはアーエがお礼を言っている気がした。「こちらこそ」のような言い回しをしているような気がする。ただアーエが頭を下げると、フードが取れる。


「なっ!?」


 驚く秋山。その視線の先にはアーエの頭の上にある猫のような大きな耳。彼女は逆にキョトンとした顔をしている大きな瞳に秋山の顔が映っている。秋山は思わず彼女に近づいて、その耳を触る。


「!!!!!!!」


 何か叫んで後ろに下がるアーエ。彼女は両手をあげて威嚇しているようなふりをしている。耳がぴんと立っている。秋山その手に残る感触に驚く、猫の耳としか思えない。作り物かもしれないが、そうは見えないしこの少女がそこまでする理由がわからない。


「君は……な、なんなんだ?」


 






がんばります

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