インターミッション(2)
ある日。
また彼は霊体だけの存在として、ふらふらと廊下をさまよっていた。それまで自分のいた部屋――83号室――のマウスが全滅させられてしまったので、いつものように、新しい肉体を探していたのだ。
すると、ふと気が付く。少し前までは使われていなかったはずの86号室で、また動物実験が行われている、ということに。
彼にとって86号室は、最初の部屋であり、いわば第二の故郷。あそこで霊力を高められたからこそ、普通のマウスでは意識できないようなことを考えられるようになったり、普通の生き物が持っていないような霊能力を身につけることが出来たのだ。
ガラス戸越しに中を覗いてみると……。
見覚えのある人間が一人、作業をしていた。あの『Tさん』から「K」と呼ばれていた男だ。
この位置からでは『Tさん』は見えないが、柱の陰にでもいるのだろうか。あるいは、たまたま今日は来ていないのだろうか。
どちらにせよ。
奴らが帰ってきたのだ!
胸の内に、えも言われぬ高揚感が湧く。かつてのような怒りの感情とは異なり、むしろ愉悦に近い感情だったが、彼自身は、そこまで理解していなかった。
ただ「86号室に戻ろう!」という、その強い気持ちが彼を動かす……。
そうやって彼はまた、86号室で飼われるマウスの一匹となった。
以前のように『K』は毎日二回やってくるが、もう『Tさん』の姿を見ることはなかった。
なんだ、つまらない。
そんな想いが、彼の胸の内に芽生えた頃。
彼は『K』から、注射器で不気味な液体を流し込まれ……。
その瞬間。
自分の意識の中で何かがビクンと、大きく弾けるのを感じた。
多くのノーマルなマウスの意識を飲み込むことで薄まりつつあった霊能力が、また膨れ上がったのだ。
注射器の中の不気味な液体。
それこそが、かつて彼の霊能力を高めた組換えウイルス――特殊な遺伝子を組み込んだウイルス――なのだが……。
彼は、そこまで理解してはいなかった。
また『K』の側でも、問題のウイルスにそのような効能があるとは、全く気づいていなかった。