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インターミッション(1)

   

 初めて幽霊となった、あの日以来。

 彼は、何度も肉体を乗り換えていた。

 その度に、元々の肉体に宿っていた――彼ほど霊力が高くはない方の――意識と一体化することで、彼の霊力は少しずつ弱まっていく。しかし同時に、相手の意識を飲み込むことで、自分の中に不思議な力が増えていくのを、はっきりと感じていた。


 その結果、今の彼には理解できるようになっていた。かつて彼が『大きな者』と呼んでいたのは人間という存在であることも、その人間たちの用語では彼の『家』が飼育ケージと呼ばれていることも。

 この飼育ケージの中の彼らマウスは、時折、人間によって全滅させられてしまう。だから、その都度、彼は肉体を変えざるを得ない。場合によっては、飼育ケージの中どころか、同じ実験室の中の全マウスを殺されてしまうこともあり……。そんな時は、隣の実験室への移動を余儀なくされる。

 廊下に出たこともない頃の彼では『隣の実験室への移動』なんて思いもよらなかったことだろう。だが、かつて『大きな者』――人間――を追って廊下に出た経験が、ここで活きてきた。あのおかげで「実験室は一つではない、この世界は広いのだ」と知ることが出来たのだから。


 そうやって、飼育ケージや実験室を渡り歩くうちに……。

 今。

 いつのまにか彼は、最初の部屋――86号室――に戻ってきていた。

 そして、いつものように餌を食べて満腹になった夜、また人間が動物実験室へと入ってくる。そこまでは日課のようなものだが……。

 やってきた人間を、飼育ケージのガラス越しに見て、彼は大きく驚いた。なんと今夜は、一人ではなく二人で連れ立ってきたではないか。

 人間の顔なんて見分けがつかないはずの彼だが、二人のうち一人は、理屈ではなく覚えていた。忘れもしない、彼の最初の肉体を死に至らしめた、あの男だ!

 とりあえず、あの日に大きく怯えさせたことで、彼の怒りは、かなり収まっていた。だから『あの男』に対して、あれ以来、特に悪さはしていなかったのだが……。

 今回『あの男』が仲間を連れてきたことで、少し嫌な予感がする。『あの男』――仲間からは「Tさん」と呼ばれているらしい――は、仲間と一緒に動物実験用のガウンなどを着込んだ後、飼育ケージの一つに手を伸ばした。

 彼の住処となっているケージではない。一番手として選ばれなかったことにホッとしつつ、とりあえず彼は、二人が何をするのか、ガラス越しに眺めることにした。

 人数が増えても、やっていることは、いつもと同じようだ。マウスたちの様子を観察して、体重を測って……。ただ、それだけだ。注射器で不気味な液体をマウスたちに流し込んだり、ハサミで首をちょん切ったりするわけではない。そもそも二人とも、そういう物騒な道具は持参していなかった。

 ならば。

 特に今、新しい方――『Tさん』は「K」と呼んでいた――に対して、彼が何かアクションを起こす必要もないだろう。

 そう結論づけて。

 彼は飼育ケージの中で、満腹の心地良さを思い出しつつ、自分の番が来るまで一休みするのだった。

   

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