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続・深夜の動物実験「呪われた86号室」  作者: 烏川 ハル


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第八話

   

 結局。

 ドライブは中止となり、僕たちはN湖を諦めて、すぐに引き返した。そして町まで戻ってきたところで、車は修理に出したのだが……。


 数日後。

「ねえK君、あの車、もう直った?」

「うん。たいしたことなかったよ」

「でも車の修理費用って、結構かかるんでしょう? 事故ってわけじゃないから、保険きかないんじゃないの?」

「ああ、それも心配ない。ほんと、たいしたことなかったから」

 昼休みに声をかけてきたS女史に、僕は、そう答えておいた。

 まあ「たいしたことない」は、本当でもあるし嘘でもある、といったところだろうか。実際には、修理費用というより点検費用なのだから。

 そう、特に修理するべき箇所なんて、何も発見されなかったのだ。だが、そこまでS女史に説明する必要もない。

 正直、原因不明であることには気持ち悪さも感じるのだが……。今現在、車を買い替える余裕もないので、同じ車を使い続けている。

「あら、そう。なら良かったけど……」

 S女史は、少し顔をしかめて、

「よりにもよってドライブの日に、車が駄目になるなんてねえ。運が悪かった、と言ってしまえば、それまでだけど……。考えようによっては、こういうのも、例の『86号室の呪い』になるのかしら?」

 と、不穏な言葉を口にするのだった。


 86号室の呪い。

 いずれは次の動物実験があるだろうが、とりあえず今の僕は、動物実験からも86号室からも解放されている状態だ。今頃『呪い』を受けるのも、動物実験棟の外で呪われるのも、理屈に合わないのだが……。

 そう思ったものの、あえて僕は反論しなかった。しょせんS女史だって、本気で言っているのではないはずだから。

 まあ『動物実験棟の外で呪われる』の方は、以前にA氏が冗談で「最近Kにドジが多いのも86号室の呪いか?」と言っていたように、「呪いが起きる場所は動物実験棟に限らない」という考え方もあるのかもしれない。

 それよりも。

 僕はT氏にメールを出して、尋ねてみることにした。前任者へ研究に関する質問メールを送るのは不自然ではないので、そのていを装ったわけだが、本当に聞きたかったのは、そちらではない。本命は、86号室の呪いについてだった。

 僕自身、ポルターガイストとも思える現象を経験しているわけだし、あの時に一緒だったT氏の態度を見れば、彼も知っていたに違いないと思えるのだ。


『86号室の呪いという噂、耳にしたことありますか? 最近、僕の身の周りに、色々と不可思議な出来事が起きて……』

 最後に「そういえば」と、さりげなく持ち出してみた話題。すると、T氏から返ってきたのは……。

『そういう噂があるというのは初耳だ。だが俺自身、オカルトとしか思えない事態に出くわしたことはある。とても信じられないような内容だから、今まで誰にも告げずにいたし、ここだけの話にしてほしい。というより、そんな馬鹿な、と聞き流してくれて構わない』

 そんな前置きと共に、彼は語ってくれた。


 組換えウイルス接種のマウスから脳サンプルを取り出した直後、ハサミや紙テープや椅子が勝手に動いたこと。マウスの死骸の中で、不気味に眼を光らせる一匹がいたこと。慌てて動物実験室から逃げ出したが、悪霊としか説明できない存在に追われたこと。動物実験棟から飛び出したところで、その『悪霊』の姿が消えたこと。

 後日、脳サンプルの解析において、一つだけ突出したデータが発見されたこと。つまり、組換えウイルス感染により導入した遺伝子が、桁外れに活性化された個体が存在していたこと。

『普通に考えれば、個体差の一言で説明されるのだろう。でも、俺は考えてしまったのだ。この極端な個体こそが、例の悪霊を生み出したマウス、死骸袋の中で赤く眼を輝かせていたマウスだったのではないか、と。つまり、以下のような仮説だ……』

 この世に幽霊が存在するとして、でも誰もが幽霊になるわけではない以上、死んでから幽霊になれるという能力も、生前の遺伝子で定義されているはず。つまり、霊的現象に関与する遺伝子が人間や動物の中に存在する、ということになる。

 もしも組換えウイルスに取り入れた遺伝子が、そうした「霊とかオカルトとかに関わる遺伝子」だとしたら、組換えウイルス感染によりその機能を極端に活性化されたマウスから、悪霊が生み出されることも考えられる。

 ただし、組換えウイルス感染により霊能力が強化されるならば、その効力は一時的なはずだから、それで悪霊も短時間で消えたのではないか……。

『……というのが、今まで誰にも言えなかった、俺の結論だ。でもKの経験談とか、86号室の呪いなんて話があるということは……。少なくとも、最後の部分だけは間違っていたみたいだな。悪霊は短時間で消えたわけではなく、俺は見逃してもらえただけらしい。あの動物実験棟には、俺たちが生み出してしまったマウスの悪霊が、今も成仏できずにさまよっているのだろう』


 T氏のメールを読んで、僕は唖然とするしかなかった。

 彼がオカルトじみた話を信じている、というのも驚きだったが……。

 確かに、実験データを引き継いだ時に、見た覚えがある。最初の試行において「導入した『機能未知の遺伝子』の発現レベルが異常に高い個体もあった」ということはハッキリと数値で記されていたし、その点は、少し僕も引っ掛かっていた。

 ただし、その後の試行においては現れなかったため、あくまでも個体差として流すことにしたのだが……。

 そういえば、僕の実験でも出てきたではないか。S女史の言っていた、アレだ。「今回のサンプルで一つ、面白いのがあったのよ。海馬の組織変異が、その一つだけ、やたらと大きいの」というやつだ。

 それに。

 僕自身が、オカルト現象を体験したのだから……。

 あらためて、同僚たちの言葉が、僕の頭の中でリフレインする。


「それじゃ、最近Kにドジが多いのも、86号室の呪いか?」


「考えようによっては、こういうのも、例の『86号室の呪い』になるのかしら?」


 僕はゾッとして、ブルッと体を震わせてしまう。まるで、冷房が効きすぎた部屋に座っているかのように。

 そして、メール画面を開いたままのPCを前にして、思わず呟くのだった。

「86号室に居着いたマウスの悪霊が、今度は僕を狙っているのだろうか……?」

   

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