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プロローグ

 ――それは、もう十年も前のことだった。


 とある大陸の中央のテルフォシアと呼ばれる国に、特別でも何でもないただの少年がいた。


 家族構成は両親と一人の妹。近所の友達と朝から日が暮れるまで遊び、夜になると家で家族と食事をとり、眠る。


 特別幸福というわけではないが、不幸というわけでもない。ありきたりな人生だった。


 しかし変化というのは、誰にでも平等に訪れるもの。少年にとって人生の転換期とも言える変化が訪れたのは、六歳の時のことだった。


 その日は国の建国祭だった。様々な露店が立ち並び、王都は人々の喧騒で賑わいを見せている。


 少年は両親からほんの少しのお小遣いをもらい、露店を見て回る。肉の焼ける香ばしい香りや、見たこともない異国の玩具。


 少年はあれこれと目移りしてしまう。少年の持つお小遣いでは、買えるものは限られてくる。


 どうしたものかと頭を悩ませていると、不意に周囲の人々が歓声を上げた。


 すわ何事かと少年は人々の視線を追う。するとそこには、広い路地の中央をゆっくりと数台の馬車が走っていた。


 しかもただの馬車ではない。豪華な作りの馬車――王族専用のものだ。


 なぜ王族専用の馬車が王都内を走ってるのかというと、それが建国祭における伝統行事の一つだから。


 王族の人間が馬車に乗り、王都内を時間をかけて一周する。ただそれだけの行事だが、意外にも人気は高い。


 理由は一周する間は馬車の中から王族の者が国民に向けて手を振ってくれたりするからだ。普段は遥か遠くにいる王族の人間と国民との距離が縮まる唯一の機会。


 国民の王族への人気が高いこともあり、毎年この行事は大いに盛り上がる。


 まだ幼いながらも少年はこの行事のことも知っていたため、好奇心で馬車をじっと見つめる。


 馬車の中から国王や王妃など、そうそうたる面々が歓声を上げる国王たちへ笑顔を振り撒く。


 少年はこれほど間近で王族を見たことがなかったため、大いにハシャぎながら馬車を目で追うが、その視線が不意にある一点で止まった。


 視線の先にあるのは、数ある王族専用馬車の一つ。その窓から国王たちと同じように手を振る少女だ。


 少女の名は第二王女、アーニャ=テルフォシア。少年と同じく年は六歳。


 人目を引く煌めく黄金色の髪。どこか儚さを感じるほど白く繊細な肌。人形のように精巧な作りの顔立ち。


 それが、アーニャを構成する要素の全てだ。


 ――こんなにも美しい人間がこの世に存在していいのだろうか?


 初めて見たアーニャに、少年はそんな疑問が湧いてしまった。同時にドクドクと胸が高鳴り、頬が熱くなった。


 風邪にも似たような、しかし風邪と比べるとどこかくすぐったい感覚。少年にとって初めての経験だ。


 少年は大いに戸惑った。しかし戸惑いながらも、視線は決してアーニャから外さない。


「……どうすればあの娘の隣に立てるんだろう?」


 そして熱に浮かされながらも、少年は思ったことを素直に吐露した。


 呟きは誰に届くこともなく歓声に打ち消される。しかし少年の胸に芽生えた小さな想いは、馬車が見えなくなってからも消えることがなかった。


 こうして少年――アルテマ=エルフォードの人生は転換期を迎えた。


 ただの偶然かもしれない。もしかしたら必然がしれない。


 しかし答えがどちらであろうと意味はない。すでに少年の運命は半ば確定してしまったのだから。


 この十年後、アルテマがアーニャに仕える騎士になることは、この時はまだ誰も知らなかった。


 

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