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風の歌  作者: 木と蜜柑
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まさかの窮地


 花憐は今、どうしてこんなことになってしまったのか、絶望の中にいた。

 

 深い掘りの上に吊るされた鉄製の籠の中で、徐々に近づきくる水面に恐怖しながら、先程のできごとが脳裏をかすめる。


 





 牢で一夜を過ごした後、花憐は牢から急に引きずり出され、あの男の前へ連れていかれたのだ。


 見たこともない容姿端麗な銀髪の青年だった。


 他の男たちとは、似ても似つかないほどの美しい装飾の施された衣服を身に纏い、それだけで相当高貴な身分だと花憐にも理解できた。

 

 でも、まるで人形のような冷たい目を向け、花憐に別段なんの興味もない様子で、近くの男たちに何かを命令したのだ。

 

 とても静かで冷たい言い方だった。

 

 何を言っているのかは全然理解できなかったが、それが花憐にとってあまりよいことでとないことはなんとなくわかった。


 ここが一体どこなのかも、どうしてここに居るのかも全くわからず、言葉も通じず。


 とても心細く、涙が溢れた。






 「キリキリキリ」と音をたて、花憐の入れられている籠はゆっくりと水面に下降していく。


 籠をつるした滑車を回す男。


 なるほど、死刑執行人という訳か、と花憐は理解する。



「####、#########?」


 滑車が下降していくのを見つめながら、別の男が何やら花憐に問いかける。


「なに? なんて言ってるの??」


 水面がすぐそこまで迫る中、慌てて花憐は男に聞き返した。


 男は、先程の銀髪の青年のすぐ隣に控えていた男で、年の頃は三十代半ばといったところだろうか。

 

 抜け目のない顔立ちの人物で、焦げ茶色のカールした髪と僅かに生やした口髭が印象的だ。


「######? ############」


「アイアム ミズシマ カレン! って、英語じゃないよね。えっとえっと、とにかくわたしは無害です!」


 格子を掴み、必死に叫ぶ。


 滑車は回り続け、とうとう花憐の足首に冷たい水が届く。


 男は何か花憐が言うのをまっている様子で、じっとこちらを見つめている。


「きゃっ! やだ! 止めて!! こんなとこで死にたくたいから!


 真っ青になり、花憐は叫んだ。


「言葉が話せないのよ!! わたしはただの女子高生なの! 助けて!! ねえ、お願い!!」


 水は膝の過ごした上まできていた。

 

 花憐は男に懇願した。


 それでも男は微動だにせず、じっと待っている様子で沈みゆく花憐をただ見つめている。


 「キリキリキリ」と籠は、無情にも降下を続けていく。


 とうとう水は可憐の胸のあたりまで上がってきていた。


 籠が完全に水中に沈めば、本当に溺れ死んでしまう。


 そんな、恐怖が花憐を襲い、カタカタと身体を震わせる。


「ねぇ、一体どうしたら助けてくれるの?! 何をすればいい? 言ってよ!!」


 涙を溢れさせながら、花憐は男に向かって叫んだ。


 水は花憐の顎の下まで迫っていた。


 精一杯背伸びして、残された籠の上部まで立ち泳ぎで上がってみる。が、それも虚しく、とうとう籠のてっぺんあたりを少し残して、ほとんど水に沈んでしまった。


 花憐のはその残された隙間になんとか顔だけを突きだし、かろうじて呼吸していた。


「たっ たすっ けて!」


 もう言葉を発することもままならない。

 

 上で、男が花憐に向けて何かを言っているが、もうそれどころではなかった。


 今、唯一の籠の上部までが完全に水に浸かる瞬間だった。


 花憐は精一杯最後の酸素を肺にとりこみ、水の中へと沈んでいく。


(やだやだやだ!! こんな、とこで溺死なんてしたくない!! 誰か助けて!!)


 

 水中に沈む中、底に何かが見えた気がした。


 人骨。


 驚きと恐怖で、花憐は吸い込んでいた酸素を思わず吐き出してしまう。慌てて両手で鼻と口を押さえ、水が入ってこないように必死に耐えることだけが、今の花憐にできる唯一のことだった。





 沈黙が続く。


(も、もう息がもたない…! く、苦しい…!!)


 もう駄目かと思ったそのとき、少しずつ籠が浮上していくことに気がついた。


 籠の上部が水上に出た途端、花憐は思い切り外の空気を吸い込んだ。


 格子にしがみつきながら、はあはあと肩で呼吸をし、花憐は潤んだ目で男を見上げた。



 すると、思いの外、男は先程とは違った面持ちで、不思議なものでも見るかのように花憐を見つめていた。


 沈む前とは違い、男は何か紙のようなものを手にしている。


 男の後ろには、花憐をここに連行したあの無骨な兵の男。


 そしてその手には、花憐の学生鞄。



「あ! それはわたしの楽譜!!」


 と咄嗟に声をあげる。



 その後、男の指示で花憐の入った籠は無事陸へと引き出された。


 花憐は、一体どうして助かったのか、全くもって理解できなかった。


 ただ、花憐の持っていた楽譜が、この窮地を救ってくれたのだけは確かなようだ。


 


 




 

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