ある日のクラマ
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以前わらしが、暑くなってのりが営んでいる店の客足が遠のいてしょんぼりしていると言うから、甘味だけではなくて食事も出せばいいじゃないかとアドバイスしてやったら、パティスリーと言うよりは喫茶店の様な営業形態になってしまった。
梅雨に入り蒸し暑い日が続いて鞍馬天狗の若い衆も身体に不調をきたしている者が出始めたので、のりの店へ連れていく事にした。決してのりが店の客が減ってしょんぼりしてるかもしれないなんて思ったからではない。
店のドアを開けると、カウンターで頬杖をついてうっとりのりを眺めるデレデレのわらしが目についた。
「あ~クラマ久しぶりだね。いらっしゃい。」
「若い衆に朝飯食べさせてやってくれ。」
「モーニングセット8人分?」
「出来るか?」
「うん。ちょっと待っててね。コーキお水出してくれる?」
「良いよ。そっちの大テーブルにみんな座って。」
さっと立ち上がってお盆にコップとピッチャーを乗せたわらしが若い衆を案内していた。
のりは人参をスライサーで千切りにしている。
「クラマが若い衆を連れてくるなんて初めてだよね。」
「今度、烏天狗とソフトボールで試合をするのだ。鋭気を養って練習に精を出してもらわないといけないからな。」
そう。決してのりが店の客が減ってしょんぼりしてるかもしれないなんて思ったからではない。
「へ~。コーキと応援に行ってもいい?」
「弁当作って来いよ。」
「うん。」
人参に塩を振りらっきょをみじん切りにする一連の流れに、随分手慣れたものだなと、この店が出来てからの時の流れを感じた。
「そのらっきょはどうするんだ?」
「オリーブオイルとこのらっきょが漬けてあった甘酢を混ぜて、人参とらっきょのさっぱりサラダにするんだよ。」
「そうか。」
のりは、水気を絞った人参にらっきょのみじん切りを加え、作りたてのドレッシングで和えた。
「お客さんにらっきょをいっぱい頂いたから、みんなにもおすそ分け~。お昼にはタルタルソースにしてチキン南蛮にしようと思うんだぁ。」
「では、ランチも8人前予約しておく。」
「クラマらっきょ好きなの?」
「若い衆の鋭気を養うのにのりが作った食べ物は効果的だろ?」
決してのりが店の客が減ってしょんぼりしてるかもしれないなんて思ったからではない。
「そっかぁ。じゃぁ張り切って下ごしらえしなくっちゃね。」
のりは話しながらもどんどん作業が進んでいく。いつの間にかわらしはカウンターの中に入ってスープをよそっていた。
「クラマ、このスープ持って行ってよ。」
わらしから黙ってスープが乗ったお盆を受け取ると、俺は大テーブルに運んだ。
「クラマ様その様な事は私共がいたします。」
「良い。ここは友人宅だからお前らは座ってくつろいでおけ。」
テーブルにお盆を置くと手前の若い衆からカップをリレーしてまわしていった。こういう連係が練習前の一体感になって良いだろう。烏天狗チームが足元にも及ばないような点差で勝てる気がしてきた。
空になったお盆を持ってカウンターに戻ると、籠に山盛りの塩パンと先程のりが作っていたサラダをわらしが差し出した。
「クラマ手伝ってくれてありがとうね~。」
ジュージューとベーコンを焼く脂のいい香りが食欲を誘う。そんなのりのつむじに口づけを落とすわらし。
「もう。コーキ危ないから止めてよね。」
「大丈夫ちゃんとタイミング見てるから。」
わらしは、のりが子供の頃からいたる所にちゅっちゅしてたんだから今さらだろうと俺は思うんだが、大人になったのりはテレるらしい。他人様が見たらバカップル丸出しだもんな。俺は渡されたパンとサラダを大テーブルに持って行った。
目玉焼きにベーコン、デザートのフルーツゼリーとそれぞれの飲み物が揃い、朝食を平らげた若い衆は満足そうにしている。
「これで、皆練習に精が出せるな。頑張り次第では3時のおやつにも連れて来てやるぞ。」
若い衆は、のりが作った食べ物で妖力が増える事を風の噂で知っていたから大興奮だ。チームの指揮が上がって俺の計算通りである。
決してのりが店の客が減ってしょんぼりしてるかもしれないなんて思ったからではない。




