翔が彼女を連れてきた前編
その日は、青天の霹靂という言葉が似合いすぎるほどのドピーカンからのゲリラ豪雨で、雨宿りさせる為にと翔が彼女を連れて帰ってきた。
「ただいま~。いきなり降り出して往生したよ。」
「お兄ちゃんおかえり~。はい、タオル。」
タオルを持って玄関まで駆け寄ったのりちゃんは、固まってしまった。
「初めまして。内藤 裕子と申します。突然お邪魔して申し訳ありません。」
「のりちゃん、この前話していた僕の彼女だよ。」
「初めまして。のり子です。もう一枚タオル持ってきますね。」
先にお客様へタオルを渡すと、洗面所へ駆けていこうとしたのりちゃんが、後ろからタオルを追加で持ってきた僕にぶつかった。このままぎゅって抱きしめてしまいたいくらいに、のりちゃんがものすんごい動揺している。
「翔おかえり。内藤さんもいらっしゃい。風邪ひくといけないから早くあがって。」
「おじゃまします。」
脱いだ靴をスリッパをはいてから向きを変えて揃えて置く所作は、若いのにしっかりしていると思う。後ろ向きに脱いでそのまま上がってくる子も最近多いからね。
まだフリーズしているのりちゃんに、助け舟を出すことにした。
「のりちゃんの服、内藤さんに貸してあげて。内藤さんそっちがバスルームだからシャワー浴びておいで。」
トンと、のりちゃんの背中を押しながら、内藤さんにシャワーを勧めた。
「裕子、遠慮しないで温まっておいで。シャワーの使い方一応教えるね。」
バスルームに消えていく二人。まだ呆然としているのりちゃんの顔をのぞき込む
「のりちゃん大丈夫?一緒にのりちゃんの部屋へ着替え取りに行こう。」
「お兄ちゃんの彼女、妄想じゃなくて実在したんだ。」
ぽつりとつぶやいてうつむくのりちゃんの手を握って2階へ上がっていった。
「翔がゲイじゃなくて良かったじゃん。」
「そう言われればそうだね。お兄ちゃんカッコイイんだから彼女の一人や二人居ない方がおかしいもんね。」
「そうだよ。バレンタインデーだっていっつも沢山チョコレート貰って帰ってきてたでしょ。ほら行くよ。」
「うん。」
のりちゃんは、カップ付きのキャミとワンピース、おニューのショーツとストッキングを脱衣所に運んで行った。
確かに、のりちゃんのブラジャーじゃ内藤さんには小さいだろうからね。のりちゃん意外と冷静に観察してたんじゃん。
僕は、ホットココアを作る為に台所へ戻った。
「コーキ渡してきたよ。」
「ココア淹れるから、のりちゃんも一緒にココア練って。」
「ラジャー。」
カップに入れたココアに少しお湯を垂らすとひたすら二人で無言で練った。ペーストになったココアに艶が出てきてからミルクパンで温めた牛乳を注いでしっかり混ぜて完成。
着替えた翔が台所に降りてきた。
「内藤さんが出たら翔もシャワー浴びなよ。」
「初めて来た家で知ってる人が誰も居ないのって居心地悪いでしょ。僕は男だからそんなに身体ヤワじゃないよ。お茶請けはのりちゃんの作ったイチヂクジャム食べたいな。」
「良いよっ。クラッカーあったかなぁ。」
翔のこういうところが天然ジゴロだと思う。僕が宥めた時よりよっぽどゴキゲンになってるよ。クラッカーにクリームチーズとイチヂクジャムを乗せるだけの簡単おやつだけど、美味しいから食べ過ぎないように少量だけ作るのりちゃん。僕はワンプレートソーサーを出してココアの入ったカップと、クラッカーを2枚ずつ乗せた。翔が黙ってそれを食卓テーブルに運んで並べ終えた頃、内藤さんがリビングに入ってきた。
「シャワーありがとうございました。のり子ちゃん着替えをありがとう。」
「「どういたしまして。」」
「裕子ここ座って。わらしさまとのりちゃんがココア用意してくれたよ。」
「わぁ。ありがとうございます。」
「どうぞめしあがれ。のりちゃんも僕の隣に座りな。」
翔の席に内藤さんを座らせて、のりちゃんの席に翔が座ったことにのりちゃんは、ぶーたれていた。僕の隣に翔の彼女が座る方がおかしいでしょうよ。内藤さんが帰ったら、男女の機微について少しのりちゃんと話をした方が良さそうだ。




