翔のため息
無事希望校に合格して女子高生生活を満喫している私は、最近とても気になることがある。
お兄ちゃんが、やたらぼんやりしてため息ばかりついている。悩み事でもあるんだろうか?
妹に悩み事なんて相談してくれないよね。
「コーキ最近お兄ちゃん悩み事があるっぽいんだけど、それとなく聞き出してくれない?」
「う~ん。翔のは恋煩いだと思うけどなぁ。」
「えっ?お兄ちゃんいつの間にそんな人が出来たの?」
「翔の部屋掃除していたら、キャンバスに女の子の肖像が描かれてたから、あの子の事が好きなんじゃないかなぁ。と思っていた。」
「どれどれ?私も見たい。」
「もう家には無いよ。」
「コーキだけずるい。何でその時に教えてくれなかったの?」
「翔にだってプライバシーはあるでしょう。」
「そうだけど、あのお兄ちゃんがパラちゃん以外に目が向くなんて信じられたいんだもんん。」
「翔にとってパラちゃんはペットだからね。翔をロリコンにしないでやって。」
「む~。」
牛すじを生姜とネギで下茹でしているコーキの隣で私は大根を下茹でしている。何でもない日の何でもないおでんは、割と下ごしらえがめんどくさい。
「のりちゃん卵何個食べる?」
「2個。」
「んじゃやっぱり1パック分はゆで卵作らないと足りないか。」
着々とおでんの具の下準備が進められていく中で、お兄ちゃんの恋煩いが頭から離れない。
「ねぇねぇ。コーキの見たその女の人綺麗だった?」
「う~ん。綺麗というよりは、陽だまりの匂いが似合いそうな人だったよ。」
「とっても抽象的でわかんないですけど。」
「僕の世界一かわいいのりちゃんと比べたら普通の子だよ。」
「ハイハイ。そう言う身内バカ発言は間に合ってますぅ。」
「のりちゃん、冷凍庫からロールキャベツも取ってよ。」
「らじゃりんこ~。」
大鍋いっぱいに出汁をとって砂糖、塩、しょうゆ、みりんで味を調えたら、下ごしらえしていた具材を沈めていく。後はコトコト味が染みるまでじっくり煮込むだけだ。
部屋の中に優しい香りが充満していった。
「ただいま。」
「あ、お兄ちゃん帰ってきた。お帰り。」
キャンバスを入れた大きな袋を担いだお兄ちゃんは、なんだかウキウキしている。ここ最近のため息ばかりのお兄ちゃんとは別人だ。
「お兄ちゃん、今日はおでんだよ。」
「いい匂いだね。早く帰って来れてよかった。」
「まだ味染みてないから夕飯は19時くらいだよ。」
「のりちゃんは、お休みの日にわらしさまとお料理していたの?」
「うん。お兄ちゃん最近元気がなかったから、お兄ちゃんの好きなご飯食べさせてあげたかったの。でも今日はなんだかご機嫌だね。何かいい事あった?」
「わかる?やっと課題が完成したんだ見て感想を教えてよ。」
「うん。」
それって例の女性の肖像画だろうか。ドキドキする。
食卓テーブルに袋から取り出されたキャンバスには確かに女性が描かれていた。
「コレって大きくなったパラちゃん?」
「のりちゃん解ってくれた?」
「うん。どこからどう見てもパラちゃんだよね。」
「女性のモデルさん頼むのも何だったし、パラちゃんをそのまま描くのも遊び心が無いし、ずっと描きあぐねていたんだけどね。成長したパラちゃんを想像して描いてみたら意外としっくり描けたんだ。」
「パラちゃんに見せてあげたらきっと喜ぶと思う。ってか、最近ため息が多かったのって課題が出来なくて悩んでただけ?」
「そうだよ。のりちゃんにも心配かけてたんだね。ごめんね。」
「お兄ちゃんに元気になってもらおうと、私一所懸命今日おでん作ってたのに。そんな理由?」
「そんな理由って、課題提出できなかったら、単位貰えないから学生にとったら死活問題でしょ。」
「もう何が恋煩いよ。何が陽だまりの匂いが似合いそうな人よ。コーキのバカ。ちっともお兄ちゃんの事わかってなかったじゃない。気をもんで損した。まだ暫らくは、私だけのお兄ちゃんでいてね。」
「僕、彼女いるよ。」
「何!?それ聞いてない。」
お兄ちゃんは今日最大の爆弾を投下した。おでんを食べながらじっくり尋問してやるんだからっ。




