翔の受験中編
帰ってきた翔に岩坂さんとはどんな関係なんだと詰め寄るのりちゃんは、浮気がばれた旦那さんに詰め寄る奥さんくらいの迫力があった。ただのクラスメイトで、翔の好きな子じゃないのが解ってものりちゃんの不機嫌は直らず、翔がのりちゃんの作ったお守りが欲しいとお願いすると、手のひらをひっくり返したかの様にご機嫌になり、翔のお守りを嬉々として作り始めた。のりちゃんチョロいんだか、翔が1枚上手なんだか。
電話でいなりに合格祈願用の小石を頼んでたら、岩坂さんのお守りの中身を翔に見せてとねだっていた。
……中身髪の毛だった。流石の翔も気味悪くなったのか、いなりに処分をお願いしていた。髪の毛はまじないや、呪詛にも使われるから絶対に他人へ贈っちゃダメだからなと、のりちゃんと翔に言い聞かせてくれたいなりに感謝。
のりちゃんが3年生になったら僕の作ったお守りをプレゼントしよう。僕は心の中でのりちゃんにしてあげたい事リストに『手作りのお守り』を付け加えた。
昨日の風呂吹き大根を1/4にカットして片栗粉をせっせとまぶして油でカラッと揚げた。
食卓テーブルに、焼き鮭とみそ汁を運びのりちゃんを呼んだ。
リビングで昨日の続きをせっせと作っていたのりちゃんは、生返事であともうちょっと。とちっとも食卓テーブルにやって来ない。
「のりちゃん、大根のから揚げ冷めちゃうよ。」
「わかった~。」
しぶしぶ針山に針を刺して食卓テーブルの自分の席についたのりちゃんは、手を合わせていただきますをした。
なんだか気難しい顔をしてご飯を食べているから、どうしたのか問いかけると、
「昨日ね、サッカー部のキャプテンが誰か分からないんだけど部室で女子とキスしてたって朝学校に行ったら噂になっていて、ちょっとショックだったの。」
「えっ?のりちゃん、サッカー部のキャプテンが好きだったの?」
「違う違う。私も、ファーストキスをいつか誰かとするんだろうけど、ちっとも想像がつかないのに、中学生でもファーストキスを体験してる人がいるんだなぁって出遅れた感があってさ。」
「のりちゃんとっくにファーストキスどころかセカンドキスも経験済みだよ。」
「えっ?いつ?」
「のりちゃんが生まれた時に僕とキスしたよ。その後に翔ものりちゃんとキスしてたし、保育園の頃は行ってきますとただいまのキスしてたじゃんか。」
「家族とのチューなんてノーカンだよ。」
「のりちゃんと僕はまだ家族じゃないよ。」
「コーキなんて、お父さんとお母さんよりも私の親みたいだよね。」
「確かに今はまだ保護者だけどね。」
「私が彼氏を家に連れてきたら、コーキすっごく難癖付けそう。」
「……。まだのりちゃんにはそういう事早いからね。翔でさえまだ彼女連れて来てないのに。」
「お兄ちゃんってモテると思うんだけどなぁ。好きな人いないのかなぁ?」
「今は目の前の受験でそれどころじゃないんだろうね。翔は生真面目だからなぁ。」
「私が作ったお守りがあればぜ~ったいお兄ちゃん合格するよ。」
「お守りは今日中に出来そうなの?」
「今日中には無理かも。パラちゃんの刺繍が難しいんだもん。」
「またパラちゃん?ご飯食べたら、僕が見てあげるよ。」
「コーキ刺繍なんて出来るの?」
「のりちゃんの保育園で使っていたハンドメイドは、カハクちゃん監修だけど、僕もチコちゃんも特訓させられたからね。」
「そうだったんだ。全部カハクちゃんが作ってくれたんだと思ってた。コーキって保護者じゃなくておかんだったんだね。」
「おかんって。」
「あはは。こんな綺麗な顔してこんなでかい図体でチマチマ刺繍してるの想像つかないよ。」
「後でいくらでも見せてあげるよ。」
はぁ。僕が『おかん』ポジションを脱出して、のりちゃんにトキメいて貰える日はいつ来るんだろうか。のりちゃんに刺繍の手ほどきをしながらそっとため息をついた。




