翔が風邪をひいた
翔が風邪をひいた。集団生活で貰ってくる菌は強力で侮れない。おデコに冷えピタを貼ってふーふー唸っている翔の頬っぺたは真っ赤だ。
「にぃに、いたいのとんでけ〜。」
お腹を空かせた人に自分の顔を食べさせる正義の味方が描かれたマスクを付けたのりちゃんが、翔の手をさすり、おまじないの言葉をかけている。
「のりちゃん、おにいちゃんすぐ元気になるからね。」
のりちゃんも健気だけど、翔も健気だ。
「コーキもにぃにとんでけ〜して。」
「痛いの飛んでけをする前に翔が早く元気になるように、のりちゃんお手伝いしてくれる?」
「は〜い。」
のりちゃんは、バンザイをして僕に抱っこをねだった。
所定位置に落ち着いたのりちゃんを片手で抱え台所へ降りて行った僕は、スモックを着せて、のりちゃんにミカンを段ボールから出すようにお願いした。
トコトコと、1個ミカンを運んできては、渡す。と言うまだるっこしいやり取りを3回して、トースターのツマミをのりちゃんに回して貰った。
「コーキあまいにおいがするね。」
「これは、焼き芋みたいな匂いだけど、ミカンの皮が焼ける匂いなんだよ。」
「のりちゃんおいもだいすき。」
「コーキとお芋どっちが好き?」
「う〜ん。」
のりちゃん、僕、お芋と比べたくらいで迷われる存在なの?ちょっと涙目になっちゃうじゃないか。
「お芋さん作ってくれるコーキの方が大好きでしょ?」
「うん。おいもさんつくってくれるコーキがだ〜いすき。」
両手を広げてのりちゃんが大好きアピールしてくれた。チーンとトースターから出来上がりの音が鳴った。
皮が焦げたミカンを取り出して皮を剥く。
「のりちゃんもやりたい。」
「あちちだから、のりちゃんは見てる係やってね。」
「は〜い。のりちゃんみるのがんばるっっ。」
お盆に3人分の焼きミカンを乗せて二階の翔の部屋に2人で戻った。
階段に両手をついた四つん這いスタイルで、うんしょうんしょと1段ずつ上手に登るのりちゃんの後ろからゆっくり着いてく事にやっと慣れた。いくらいなり達に過保護だと言われようと、断固として抱っこして階段を昇り降りしていたが、ある日のりちゃんがキレてギャン泣きしてしまった。yahoo!知恵袋で検索したら、成長に必要なステップと出てきて断腸の想いでのりちゃんが自分で階段を昇り降りする事を許した。
階段の昇り降りを許されたのりちゃんがしつこいくらい意味もなく何度も階段を往復したのは言うまでもない。
「翔、焼きミカン持ってきたよ。」
「わ〜い。わらしさまの焼きミカンだ。わらしさまありがとう。」
「にぃに、のりちゃんもおてつだいしたよ。」
「のりちゃんも、ありがとう。」
翔が風邪をひくと、繰り返し作っていた焼きミカン。保育園に入りたての頃はしょっちゅう風邪ひいていたのに、年長さんになって随分丈夫になった。
「翔、これ食べて早く元気になれ。痛いの痛いの飛んでいけ〜。」
「とんでけ〜。」
冷えピタの上からおデコをさすって手を離して、天井に振り払った。のりちゃんも手を高く上げている。
僕が箸でほぐした焼きミカンを、翔は上手に箸を使ってふーふーしながら、ハフハフと食べている。のりちゃんは、相変わらずフォークが逆さ持ちだけど、柔らかくてグズグズな焼きミカンも上手に食べれるようになった。
もうすぐ翔の最後の保育発表会だから、これを食べて早く元気になって欲しい。翔の晴れの舞台を、のりちゃんも興奮して喜ぶ事だろう。隆と舞は仕事優先で、運動会や発表会は、僕が撮影した動画を上映会した時に褒めるだけだった。翔もそれを当たり前だと思っている。今時の両親像とはかけ離れた2人だと思うが、彼等にしか出来ない事もあるんだろう。その分僕等が愛情を注げばいいし、撮影して映像を残しておけばいいだけの話だ。
翔とは違いのりちゃんは、のりちゃんの初めての寝返りや、たっちの瞬間などを編集して上映会をしたら、「のりちゃんここにいるから、のりちゃんをみて。」と、画面に立ちはだかりヤキモチを妬いた。
それ以降僕はのりちゃんの動画はのりちゃんが寝ている時に再生して、極力生のりちゃんを見る事に心血を注いでいる。
発表会も、卒園式も、入学式も、のりちゃんと2人で出席するから翔、早く元気になって。




