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FOOL  作者: 朱花
第1章 色とりどりのFOOL
9/11

 

 フール本部ビル一階の一室に医務室がある。ハヅキはやや遠慮がちにノックし、ドアを開けた。


「失礼します」

「あいよ、どーぞー」


 奥のデスクの向こうに居た女性が気怠げな返事とともに振り返る。ハヅキは思わず目を丸くした。息を飲むような美女だった。豊かに波打った漆黒の髪に縁取られた顔は彫りが深く、戦いの女神の彫像を思わせる。褐色の肌もまたその力強い美しさを際立たせていた。


「おや、見ない顔だね」


 美女が興味津々な目でハヅキを見つめた。


「もしかしてあんた、レノのところに入ったってコ?」

「あ はい」


 なんとなく圧倒されながら頷く。美女は形のいい目を細めると「ふーん」と頷き、微かに笑んだ。


「初めまして、だな。私はこのフール専属の医者、マユラ・リーフだ」

「ハヅキ・ノーティスです。よろしく」

「ハヅキか、よろしく。――まあ座れ」


 ハヅキが診療用の椅子に座ると、マユラはデスクの前方に回ってそこへ軽く寄りかかるように腰を掛けた。羽織った白衣の下は体のラインにフィットした露出度の高いワンピース。豊満な肉体を容易に想像できる。


「それで、ハヅキ。こんなところに何の用? わざわざ私に挨拶に来たわけじゃあるまい」


 確かに、ハヅキはここに挨拶に来たわけでも顔を見せに来たわけでもなかった。


「レノに、帰る前に診てもらえと言われたので」


 マユラは眉を上げた。


「どうかしたのか?」

「大したことじゃないのだけど」


 ハヅキは簡単にこの日の出来事を話した。外傷はなくとも、無理に拘束された際にどこか傷めていないか診てもらえとレノに言われたのだ。何かあったら後々面倒だから、と。


「そりゃ、大変だったね。どれ、診てみよう。上着脱いで」


 言われるままにハヅキが上着を脱ぐと、はだけたシャツを見てマユラが不快気に顔を顰め、吐き捨てるように言った。


「ふん、胸糞悪いね。何事もなかっただけましとはいえ。――このジャケットはシジマのだね」

「わかりますか」

「よく着てる。あいつが助けてくれたわけだ」

「嫌々、みたいですが」


 ハヅキの腕の動きを確かめながら、マユラが鼻先で笑った。


「どうせ命令だから、とか言ってんだろ」

「よくおわかりで」

「あいつらのことはよく知ってる」

「そうなんですか?」

「あいつらに限らず、ここの奴らのことは全員な。一応私は全員の主治医だから。――ん、大丈夫、どこも傷めてはいないようだ。ほれ」


 ポスンと何かを投げて寄越された。


「私の貸してやるよ。部屋までシジマのジャケット着て帰るならそれでもいいけど」

「いえ、借ります。ありがとう」


 マユラが寄越したのはタイトなデザインの黒いTシャツで、胸元が大きく開いている。それでもマユラほど官能的に見えないのは単純にそこの質量の差だ。


 ハヅキは改めてマユラを見やった。齢は自分よりも上、おそらく30代だろう。成熟した女性の魅力に溢れている。だが、魅力的なのは決して外見だけではないようだ。ほんの少しの時間一緒にいただけで、ハヅキはすでにその人柄に好感を覚えていた。


「マユラ」

「ん?」

「少し話をしても?」


 マユラは軽く肩を竦めた。


「話ぐらいいくらでも。何?」

「この『フール』について教えてほしい。私はほとんど何も知らない状態でここに来たので。基本的なこと、レノもカイルも何も教えてくれないから」


 つい愚痴っぽくなってしまう。


「だから知りたい。そもそも、この『FOOL』とはどういった組織なのか」

「は? ――ハハッ!」


 一瞬の呆けた反応の後、マユラはおかしそうに笑い出した。


「なるほどね! そこからか。レノもカイルも意地が悪いねぇ。別にもったいつけることでもないだろうに」


 マユラは胸ポケットから煙草を取り出すと、優雅な所作で火を付けた。


「フゥ……いいよ、教えてあげる。あのな、この『FOOL』は民間警備会社――を隠れ蓑とした、非合法武装組織だ」


 あっさりと述べられた衝撃的な言葉に、ハヅキは一瞬言葉を失った。


「……非合、法?」

「武装組織」


 マユラはこともなげに繰り返す。ハヅキの困惑した表情に意地悪そうに目を細め、紫煙をくゆらせながら軽く笑う。


「ま、初めて聞くなら驚くのは無理ないか。でも、非合法武装組織っていうと、なんかとんでもなく過激なように聞こえるだろうけど、実際はそうでもない。テロ起こすようなこともないし、むやみやたらとドンパチやらかしてるわけじゃない。ただ、国の法律から外れたところでこっそりと武装した活動をしている、というだけの話だ」


 ハヅキはごくりと唾を飲み込んだ。「国の法律から外れたところで」「武装した活動をしている」――要するに、それは犯罪だ。


 ――ショックだった。

 薄々感じてはいた。ここがまともな組織ではないことは。だが、それはあくまでも『民間警備会社』としての範囲の中での「まともじゃない」であり、まさか露骨に犯罪組織だとは思っていなかった。


「さて、ハヅキ。ウチの正体を知ったところで、あんたはどうするんだい?」


 探るように、マユラが首を傾げる。ハヅキはハッとした。

 自分が足を踏み入れた場所が、思いもよらない犯罪組織だった。それを知ったところで自分はどうするのだろう。どうしたいのだろう?


 抜けるのがいいのかもしれない。きっとそれが正しい。

 ここへ来てまだたったの二日だ。まだきっと抜けられる。レノも止めはしないはずだ。そう言っていた。

 だが、抜けてどうする。帰るのか。

 帰る? ――どこへ。

 

 もう居場所はどこにもないのに――ここ以外は。

 


「……面白いじゃない」


 ハヅキの口の端には自然に笑みが浮かんでいた。


「退屈しなくて済みそうだ」


 マユラが破顔した。


「いいねぇ! あんたのこと気に入ったよ!」




 **********



 マユラと話し込み、医務室を出たのはそれから一時間以上も経ってからだった。


 ハヅキのことを気に入ったという言葉に嘘はなかったようで、マユラはFOOLのことについてハヅキにいろいろと教えてくれた。その半分以上はまだ実感として理解できることではなかったが、何も知らないままだった時に比べ、気分はかなり楽になった。


「おい、レノんところの新入り」


 ビルを出ようとしたところで、背後から無遠慮に声をかけられた。

 先刻エレベーターのところで会ったキトという名の赤メッシュ髪の男だった。今度は彼一人だ。


「なあ、新入り。教えてほしいんだけどさぁ」


 キトがゆっくりとハヅキに近付いてくる。目の前に立ち、顎をしゃくるようにしてハヅキを見下ろした。


「あんた、どうやってレノのチームに入り込んだんだ? 体売ったのか? レノはあんたのような女が好みなのか?」


 ハヅキは呆れた顔で男を見返した。

 この男のこともマユラから情報を得ていた。

 フールにある4つのチームのうちの一つに属する男。トップチームであるレノのチームに入りたがっているという。


「男の嫉妬は見苦しい」


 ハヅキの言葉に、キトの顔色が変わった。


「……何?」

「聞こえなかった? 男の嫉妬は見苦しいと言ったんだ」

「――こいつっ! 新入りの癖に」

「ハヅキです。ちゃんと名前がある」

「おまえ、偉そうな口きくじゃねえか……!」

「名乗っただけで偉そうなのか。悪かった、今後気を付けることにします」


 そのまま背を向け行こうとすると。


「おい、待ちやがれ!」


 怒号とどもに肩をむんずと掴まれる。

 その瞬間にハヅキのとった行動は、ほとんど反射的なものだった。

 肩を掴んだキトの手首をとると、体を振り向かせる勢いで思い切り腕ごと捻り上げる。


「うあぁっ!」


 肩を外され、たまらず声を上げて崩れ落ちるキト。腕を抱え込みうずくまる男を、ハヅキは同情的な目で見下ろした。


「ごめんなさい、手加減忘れてた」

「うっ、くそ……っ」


 キトが恨めし気に睨み返してくる。まだ因縁付けられるのだろうかとため息をついた時、パチパチと場違いな拍手がフロアに響き渡った。


「いや、痛快痛快!」


 拍手とともに、愉快そうに言いながらハヅキたちに近寄ってくるのはニールだった。その後ろにはエリックもいる。


「やるね、ハヅキ。かなりスッキリした」


 ハヅキの傍らに立ち、ニールがハヅキの背をポンと軽く叩いた。そして、キトを見てフンと鼻を鳴らす。


「あのさ、キトくん。いい加減あきらめたら。レノは君をうちのチームに入れる気はさらさらないみたいだし、俺たちもごめんだし」

「く、くそ……」

「あのな、俺、陰険な奴って大嫌いなんだよな。影でこそこそこそこそ」


 エリックがしゃがみこみ、キトの鼻先に指を突きつけた。


「いいか。二度と俺の仲間に手を出すな。その腕二度と使えないようにしてやるぞ」

「うっ」


 すっかり怯み上がったキトは、足をもつれさせるようにして退散した。

 満足したようにエリックが立ち上がる。その一瞬ハヅキと目が合うが、すぐにそっぽを向かれてしまった。ハヅキは目を丸くして瞬きをする。


『俺の仲間に』


 エリックの口から聞こえたような気がしたが、それはもしかして聞き間違いだっただろうか。


「さ、行こうぜ、ニール。腹減った」


 エリックは先に歩き出し、そのまま外に出て行ってしまった。


「……まったく。わかりやすいなぁ、エリックは」


 ニールがため息をつき、意味ありげな視線をハヅキに向ける。


「認めさせてみせる、って言ったね、ハヅキ」

「え?」


 ニールが屈みこみ、ハヅキの耳元へ顔を寄せ、甘い声で囁いた。


「期待してる。早く認めさせてよ。俺にも、みんなにも」


 そして、ニールもエリックの後を追って出て行った。


 残されたハヅキは、一人決意したように頷いた。


 認めさせてみせる。

 前途は多難でも、すべてはそこから始まるのだ。





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