Ⅵ
本部エレベーターの前に二人組の男がいた。二人はハヅキの足音に気付いて振り向くと、そろって怪訝そうな顔をした。
「誰?」
背の低い方の男が大仰に眉を顰める。髪に赤のメッシュを入れた派手な外見をしていた。
「あれだろう、レノんところの」
もう一人の男がボソリと言った。赤メッシュの男とは対照的な、真面目そうな印象の男だ。
「あー。新入り入るって噂、本当だったのか」
「みたいだな」
「なるほど……女か」
エレベータが到着し、扉が開く。
「どうぞ。俺らの方が先に降りるから」
そう促され、ハヅキが先に入る。後から乗り込んだ二人組は、三階を押し、ハヅキが何も言わないうちに五階の停止ボタンを押した。
「あ。ありがとうございます」
「どういたしましてー」
赤メッシュがわざとらしく答えた。それきり何の会話もないまま、三階に到着する。赤メッシュの男がハヅキを振り向き、ニヤリと笑った。
「雌猫ちゃん」
「え」
「女はいいねぇ、それだけで取り入ることができるんだから」
「おい、キト」
もう一人の男が赤メッシュの男を引きずるようにして二人がエレベーターから下りた。
――雌猫? 取り入る?
「……馬鹿な」
なんとなく言葉の意図を悟り、奥歯を噛み締める。
どうしてそう受け止められるのかわからなかった。
フロアに降りたハヅキは、速足でレノの部屋を目指す。肉体的な疲労も相当だが、それよりも精神的疲労の方が堪えていた。とにかく休みたい。「ミッション」から早く解放されたかった。
「――?」
部屋のドアをノックしようとして、そのドアが完全に閉じられていないことに気付いた。微かに開いた隙間から中の声が漏れ聞こえる。
「冗談じゃないって」
控えめだが、強い調子の声。ハヅキにはそれが数時間前に聞いた少年の声だということがわかった。
「なんであんなの入れるんだよ」
「まあまあ。落ち着きなって」
これは優男ニールの声だ。
「レノの決めたことだ。従うしかないでしょ」
「なんでだよ。オレたちに何の相談もなしに決めといて」
「別に相談する必要はないんだろ」
もう一人別の声。エリックだ。
「ここは仲良し集団じゃない。組織だしね」
「でも意見ぐらいはっ」
「だから落ち着けって。シジマさぁ、なんでそんなに反対なわけ?」
「必要ないからだよ!」
宥めるようなニールに、シジマの声がさらに強くなった。
「オレたちだけで十分やれてる。なんで今さら新しいヤツなんて入れる必要があるんだ。しかもあんな――」
「あんな?」
「……女なんて厄介だ。あんたたちも知ってるだろ。簡単にゴロツキどもに捕まって、面倒ごとに巻き込まれて。一人で対処できるようなスキルもない」
「うん、シジマ出なきゃヤられちゃってたかもね」
ニールの声音には笑みが混じっている。
「でも、シジマは出た」
「命令だからだ」
「命令したのはレノで、レノはシジマが自分の命令に背けないことを知っている。それは俺に対しても同じで、俺も彼女のために動かざるを得なかった。ま、俺は動かずに済むことを期待してたんだけどね。でもまあ、それはともかく。つまり、彼女はどう転んでも絶対に守られる状態にあったわけだ。その価値を少なくともレノは彼女に見出してる。――ってことでしょ」
「わかんないね」
シジマが言い捨てる。
「俺にはわかんない。あいつにそんな価値あるとは思えないし」
「うわ。きっついねぇ、シジマ」
「うるさい。エリックだって反対だって言ってたくせに」
「俺? んー、まあなぁ……」
「エリックは女ってだけで反対だからな」
ニールが声を上げて笑う。その後は何事か言い合いが始まって、話しが逸れていった。
ハヅキはドアを前に動くことができなかった。
一連の会話が、全部自分のことを差していることは分かった。そして、全部を悟った。
このミッションはレノの思い付きの酔狂ではなく、チームの監視下の元遂行されていたのだ。
試されていた自分。
そしてその結果、チームのメンバーに認められることはなかった。
事実がハヅキに重くのしかかる。
無意識にジリと後退っていた。
ここに居場所はない。ここも自分の居る場所じゃない。
「逃げるのか」
冷ややかな声が頭上から落ちてくる。背中が何かにぶつかり、ハヅキは思わず息を止めた。
「逃げるのか、ハヅキ・ノーティス」
静かだが威厳のある声。ハヅキの背後にはいつの間にかレノがいた。レノはハヅキの肩を掴み、静かに続ける。
「逃げたいのなら無理に止めはしないが」
「――っ」
ハヅキはレノの手を振り切るように、勢いよく振り返った。
「あなたが……っ」
ふり絞るような声が漏れた。沸き上がってきたのは、怒りに近い感情だ。
「私をここに連れてきた……!」
自分から望んできたわけじゃない。断ろうとさえ思っていた。それでもここに来たのは。
「居場所を与えてくれるって――」
おいでと言ってくれたからだ。
目頭が熱くなる。悔しいのだ。おいでと言ってくれたその口で、逃げるのなら止めないと言う。
レノは心外そうに目を丸くした。
「居場所か。確かに言った。だが、ハヅキ。君はそれが無償で与えられるとでも思っていたのか?」
「え……」
「真に居場所を得られる者は、諦めずそのための努力を惜しまなかった者のみだ。ただで与えられたものなど仮初にすぎない」
ハヅキを見下ろすレノの目は無感情だった。ただ、真っ直ぐに射貫くような視線を向けてくる。
「ハヅキ、君はその努力をしたのか?」
そのままハヅキを過ぎ越し、部屋の中に消えた。その数歩後ろからカイルが続く。カイルは通り過ぎる際、ハヅキの肩にポンと手を置き、
「たったの二日で諦めますか?」
そう一言だけ声を掛けた。
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どれくらい立ち尽くしていただろうか。ハヅキは俯いていた顔を上げると、背を向けていた部屋へと向かった。
今度はしっかりと閉じられたドアをノックする。中からドアが開かれ、カイルが穏やかな笑みを向けた。ハヅキは応えるように瞬きを返し、室内に凛と声を響かせる。
「ハヅキ・ノーティスです。報告に上がりました」
「入れ」
レノの短い答えに、ハヅキは部屋に足を踏み入れる。室内にいた全員の目がハヅキに注がれた。
正面のデスクにはレノ。ソファーにニール、エリック、先ほど声は聞こえなかったがナオイもいた。そして、シジマ。
決して優しくはない視線を受けながら、レノのデスクの前に立つ。
「ハヅキ・ノーティス、ただいま南区から戻りました」
「ご苦労さん」
レノがニッと笑う。
「だが、残念だ。ハヅキ。見てみろ」
レノがデスクに置いてあった自らの懐中時計をハヅキに向ける。
「18時2分。――タイムオーバーだ」
「え!」
ハヅキは目を瞠る。
建物に入った時はまだ17時39分だった。余裕はあったはずなのに、いつのまにそんなに時間が経っていたのか。
「で、でも私はもうだいぶん前にここに着いて――」
「報告をもって完了とする――とは習わなかったか」
ハヅキは言葉に詰まる。レノは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「ペナルティー2分。まあ、予想よりは少ないか。おい、みんな。今日と明日の夕食のドリンクはハヅキの奢りだ。好きなものを頼め」
ヒューとニールが口笛を吹く。だが、反応はそれだけだった。レノが苦笑交じりのため息を吐いた。
「つまらん奴らだね。ところで、ハヅキ」
「はい」
「昨日も言ったが、ここは軍隊じゃない。格式ばった口上は不要だ」
「あ……はい、気を付けます」
「ハハッ。気を付けるようなことか。それから」
レノが意味深な目を向ける。
「君から他のメンバーへ言いたいことはあるか? 昨日の紹介では足りなかったことも含め、言いたいことは全部言え」
「今、ですか?」
「今だ」
「――わかりました」
ハヅキはゆっくりと皆の居る方を振り向いた。そこにいる男たちの表情は様々だ。穏やかな表情、興味津々な顔、不満そうな顔、敵意むき出しの目。どれも真っ直ぐにハヅキに向けられている。ハヅキは臆することなくそれらを受け止めた。もう惑うことはなかった。
「……認めてくれとは言いません。認めてくださいとも頼まない」
ハヅキは一つ深呼吸をして続ける。
「嫌でも認めさせてみせる。私は――ハヅキ・ノーティスは、このチームの一員です。誰が何を言おうとも、私が、私自身がそうあることを決めたから」
ここを居場所にすると決めたのだ。




