Ⅴ
その人物は、ハヅキの手首をしっかりと掴んで迷うことなく暗闇の中を導く。
「段、十五!」
「!」
声とともにぐいっとやや強めに手を引かれる。階段だ。ハヅキは一瞬躓いたが、力強い手に引き上げられ転倒を免れた。
「次、十二」
同じように指示されること数回、息もいい加減苦しくなってきた頃、徐々に視界が戻ってくる。地上から光が差し込んできているのだ。最後の階段は指示なしでいけた。
外の日差しは暗闇に慣れた目には強烈だった。地上に出た瞬間、あまりの眩しさに眩み、安堵と息切れの為に足を止めたハヅキを、
「まだ止まるな」
厳しい声が叱咤する。ハヅキの手首はまだ掴まれたままだ。
改めて手を引く人物を見る。声から予想していた通りの「少年」だった。背はハヅキよりも少し高い。だが、線は細く「男」と呼ぶにはまだ頼りない。
「あなたは、いったい――」
「動け。来るよ」
少年は言い終わらにうちにまた駆け出した。
「ちょっと、ま――」
抗議しかけたハヅキは、すぐに言葉を飲み込んだ。地下から怒号が聞こえてくる。追ってきているのだ。今はまだ逃げるのが先決である。
数メートル駆けたところで、先を走る少年の向こうに、数人の男たちがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「前からも……!」
「かまうな」
少年は短く答え、スピードを緩めない。ハヅキが確認できるだけで前方の男は四人。正面からやり合うつもりか――と危惧した瞬間。
前方の男たちが、血飛沫をあげながら次々と倒れていく。明らかに狙撃によるものだが、どこからかはわからない。
「いったい何……」
「行くよ」
少年は驚く様子もない。ハヅキはますます困惑しながらも、少年に導かれるままに走り続けるしかなかった。
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「信じられないバカだね、あんた」
ようやく足を止めた路地裏で、少年は開口一番にハヅキをそう罵った。
「あんな集団相手に何粋がってんだよ」
ハヅキは膝に手を付き苦しい息をどうにか整えながら、少年を上目遣いに見返した。
「あなた、は、いったい……なん、で」
息切れのために言葉が途切れる。少年は「チッ」と舌打ちした。
「だらしない。ちょっと走ったぐらいで」
毒づく少年は息が少しも乱れていない。信じられない思いでハヅキは少年を見やる。実際は「ちょっと走ったぐらい」ではない。こんな線の細い少年のどこにそんな体力が潜んであるのか不思議だった。
改めて見ると、美少年といっても差し支えのないほど整った容姿の少年だ。切れ長の目は透き通った緑で、色味の薄い金色の髪と合わさって、どこか儚げな印象を受ける。だが、その口から出る言葉は「儚げ」とは縁遠いものばかりだ。
「ほんっと、バカだね。なんでもっとうまく切り抜けようとしないの。あそこで抵抗とか、無謀にもほどがあるだろ」
「ちょ、っと待って」
ようやく呼吸が落ち着いてきたハヅキは、どうにか体を起こして正面から少年と向き合った。
「あなた……いったい、どこから知ってるの?」
「どこって――」
言いかけて少年はハッとしたように口を噤む。気まずそうに視線を逸らしながら着ていたジャケットを脱ぐと、それを乱暴にハヅキに投げ渡した。
「!?」
「前、どうにかしなよ」
「え……あ!」
ハヅキは自分の身体を見下ろし、ギョッとした。シャツはほぼ全部はだけ、下着が丸見えになっている。こんな格好で走ってたのかと、今更のように顔が熱くなる。
「あ、ありがとう」
ハヅキはそそくさと寄越されたジャケットを羽織った。
少年はまだ居心地悪そうにそっぽを向いている。先ほどまでの毒舌もすっかりなりを潜めてしまった。少年のその「少年らしい」態度に、ハヅキは逆に冷静さを取り戻した。
「ありがとう」
「……もう聞いた」
「ジャケットのことじゃなくて。助けてもらったお礼、まだ言ってなかったから」
少年がちらりとハヅキを見る。見ても大丈夫かと確認するような仕草に、ハヅキは両手を軽く上げて大丈夫と示して見せた。少年が大仰なため息を吐き、ようやくハヅキに向き直った。
「礼なんていい。ホントは助ける気はなかったし」
「え?」
「あんな目に遭ったのはあんた自身の責任でしょ。どうなろうと知ったこっちゃないって思ってた。自分でどうにかしろって」
辛辣な言葉にハヅキは戸惑う。
「でも……助けてくれた」
少年は不機嫌そうに息を吐いた。
「……だから嫌だったんだよオレは。新しい奴なんて」
独り言のように呟く。
「どうせ足手まといにしかならない、チームには必要ないって言ったのに」
「チーム……?」
ハヅキはようやく思い当たった。
ハヅキが新しく加わったチーム。その中に一人、まだ一度も顔を合わせてない人物がいた。
「――シジマ?」
少年が心底嫌そうに眉を顰めた。
「……馴れ馴れしく呼ばないでくれる」
シジマは冷たく言い捨ててハヅキに背を向けた。
「オレはあんたをチームの一員なんて認めてない。あれしきのことも一人で切り抜けられないような役立たず、チームには要らない。最初からオレは反対だったんだ」
シジマは崩れかけたブロック塀に手をかけ、身軽にその上に跳び上がった。
「あとは勝手にやってくれ。オレはもう二度と手を貸さない。これきりだ」
ハヅキが呼び止める間もなく、シジマは塀の向こうに姿を消した。
『チームには要らない』
シジマの残した言葉が耳から離れない。
「わかってたけどね」
ハヅキは自嘲する。『FOOL』に限らず、どんな場所であれ、新しく集団に入って最初から順調にうまくいくことの方が少ない。
そうわかっていても「要らない」とまで言われ拒否されれば、ショックを受けないわけがなかった。
だが。
「……なんなんだ、もう」
ふつふつと怒りと悔しさが沸き上がる。
右も左もわからないうちに、こんな訳のわからないミッションを突然与えられ、危険な目に遭い、チームの一人からは「要らない」と切り捨てられ。
――理不尽だ。
「……負けてたまるか」
奥歯を噛み締め、ハヅキは前を向いた。
そして17時39分。
ハヅキはフールの本部にたどり着いた。




