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FOOL  作者: 朱花
第1章 色とりどりのFOOL
5/11


 まずハヅキは、この南区から本部のある北区に戻るにあたり、何かしらの公共の交通機関を使うことを考えた。他の荷物はレノの車に置きっぱなしだったが、モバイルと財布だけはポシェットに入れて身に着けていた。モバイルで使えそうな交通手段を調べればいい。


 だが、電波が不安定なのかインターネットは機能せず、位置情報も示されない。モバイルはほとんど役に立たなかった。この時点でこのミッションの難易度は大きく上がった。それでもまだハヅキには余裕があった。 

 

 荒野を抜け人の生活圏内にまで辿り着き、地下への降り口を見つけた。予想通りだ。地下鉄は国内のほとんどを走っている。国民の常識だ。 


 ここからの路線がどこに続いているかはわからないが、乗り継いでいけば北部に行くのもそう難しくはないと思った。



「おい、あんた。どこに行く?」


 地下への階段を降りる途中、そこに座り込んでいた小汚い恰好をした男が声を掛けてきた。地下鉄に乗るのだと答えたハヅキを、その男は冷ややかに見上げる。


「何を寝惚けてやがる。地下鉄なんぞ走っとらん」

「え?」

「そんなことも知らんとは、あんた余所者よそもんか」


 男は忌々し気に唾を吐いた。


「何年も前からこの地区には電車の一本も来ねえ。運行する金がねえってんで機能してねえんだよ」

「そんな馬鹿な」

「馬鹿もクソもねえ。本当のことさ。疑うんなら降りてみるといい」


 男の言葉が言い終わらないうちに、ハヅキは階段を駆け下りていた。しかし、一つ目の踊り場を回り、次の段へ足を掛けたところでそれ以上は進めなくなった。

 照明がない。階段の先は暗闇に吸い込まれている。

 とても先に進む気にはなれなかった。先に進んだとして、そこに目的のものがあるとは到底思えない。

 愕然として戻ったハヅキを、男は小馬鹿にしたように笑った。


「ケケケ。気の毒になぁ」


 ハヅキは無視して行こうとしたが、ふと思いとどまる。


「ここから北部へ行くにはどうしたら一番早いだろうか」


 答えを期待しての問いではなかったが、男は意外なことに、まともに考える素振りを見せた。


「北部ねぇ。とりあえず南区ここ出て中央抜ければ早ぇな。地下鉄も走ってるらしいが、あそこも最近は物騒って聞くからどうだかな。ちょいと遠回りにはなるが東回って行くのがいいかもしんねえな。西よか東の方がまだ安定してる。車でも地下でもどうにかなるだろうさ」

「東か……」


 東区はレノの車で通った。いくつか案内してもらった場所もある。行けばどうにかなりそうだと少し気が楽になった。

「ありがとう」


 男に礼を言って立ち去ろうとするが、「ちょっと待ちな」男の鋭い声がそれを止めた。


「おいおい、まさかそのまま行こうってんじゃないだろうな」

「もちろん行くが?」

「ハ! こりゃまあなんともの知らずなお嬢ちゃんだ。人が親切にしてやったってのに、礼の一つもねぇってか」

「礼なら――」


 言ったはずだ、そう言いかけて口を噤んだ。違う、男はその「礼」が欲しいわけじゃないのだ。

 ハヅキは黙って財布からコインを一枚抜き出し、男に向かって投げた。


「おっと! ――5ダラーか。しけてやがんな。ま、いい。あんがとよ」


 男に腹立ちはしない。ただ、ひどく落ち込んだ気分でハヅキはその場を後にした。




 物乞いに会ったのは初めてではない。士官学校を出たばかりに配属された部隊で、隣国の内戦地に派遣されたことがある。戦闘要員ではなく、あくまでも難民保護を名目とした派兵だった。


 そこの環境はひどいものだった。戦時下という非常事態もあるが、それ以前に貧困が蔓延していた国だった。村の人は部隊の人間を見ると、群がるようにして物を求めた。ハヅキは彼らに憐れみを感じ、それはただの傲慢だと戒めつつも、自分の生まれ育った国が豊かであることに安堵したのも確かだった。


 今ハヅキはその時のことを思い出し、そんな過去の自分を恥じた。


 自分の国は豊かだ――それはただ恵まれた環境しか知らない人間の思い込みにすぎなかったのだ。


 この国は決して豊かではない。

 今初めて、それを実感した。




 南区から徒歩で数時間かけ、ハヅキはようやく東区に入った。そこで動いていた地下鉄に乗り込んだ時点で期限まであと4時間強。タイムリミットには余裕で間に合うだろうと安堵して、ハヅキは閉まったドアにもたれた。


 それにしても、と車内を注意深く見渡す。5両編成の電車は、ほとんどの車両が閑散としていた。数少ない乗客は身なりのちゃんとした人たちで、南区で見かけたようなみすぼらしい恰好をした人はいなかった。


 まず、地下鉄の利用料金がおかしいのだ。

 首都を走る地下鉄の料金よりも高額だったことにハヅキは困惑していた。電車は首都のものよりもはるかに旧式、駅の設備もろくに整っていないこの地下鉄の利用料金の方が高い。必然的に、金銭的に余裕のある人しか使えないことになっているのだろう。


「……知らなかった」


 レノと別れてからほんの数時間で、自分がこの街のことを何も知らなかったのだと思い知った。

「いや違う」と心の中で自嘲する。知らなかったのはこの街だけのことではない、自分はこの国のことを何も知らなかったのだ。5年間も所属していた軍の腐敗にさえ、処分されるまで何も知らなかったではないか。


「!」


 突然ガクン、と電車が激しく揺れて慌てて手すりを掴む。おそらく線路の状態も良くないのだ。


「……」


 ハヅキはもう一度車両内を見渡した。怪しげな人物はいない。乗っている数人は上品そうな男女だ。危険は感じられなかった

 ほんの少しの逡巡の末、ハヅキはドア近くの座席に座ってひと息吐いた。体力にはそれなりの自信はあったが、それでもひどく疲れていた。

 車内に貼られた路線図を見る。この電車の終着駅は『イト』というところだ。『イト』は北区と東区の境にある駅だという。乗り継ぎをせず北区に入れる電車があったことはラッキーだった。


 ――その安堵が油断を招いた。

 

 

   **********

 

 

「――!?」


 人の気配にハッとする。隣に人が座っていた。ハヅキはいつの間にか眠ってしまっていたのだ。


 目を開けてすぐ、その違和感に気付いた。目の前の座席の並びには誰も座っていない。なのに、わざわざ人の隣に座るのはおかしい。


「!」


 さらに、車両にある4つのドアすべての場所に、男がそれぞれ立っていた。皆若く、わざと着崩したような服装をしている。明らかにこれまで乗っていた客層とは違う。

 ハヅキはとっさに立ち上がった。その右手が隣に座っていた男に掴まれる。


「どうしたんだい、お姉さん。まだ駅に着いちゃいないぜ」


 男は髪を真っ青に染めた若い男だった。好戦的な目をしている。


「離して」

「お姉さんが座ったら離すよ」


 下卑た笑いがドアにいた男たちから漏れる。

 寝入ってしまった自分の失態に臍を噛みながら、ハヅキは渋々腰を下ろした。いくら腕に覚えがあろうと、相手は五人、今抵抗しても敵わない。ここには逃げ場がない。


「お姉さんはどこに行くんだい」

「……」

「アハハ! 怖い顔しちゃって。そう警戒するなって。大丈夫、オレたち悪い奴じゃないから」


 さらに男たちが笑う。


「これから時間があるんだったらオレたちに付き合わない? 面白いところ知ってんだけど」

「あいにく、忙しい」


 きっぱりと答えたハヅキに、青髪の男は驚いたような顔をした。


「あれ、あんまりびびってないね。もしかして、場慣れしてるカンジ……だね?」


 声のトーンが変わる。ハヅキは内心で舌打ちした。変に警戒されてしまっただろうか。


「……ふうん、そっか。お姉さん、あんまり呑気に寝ちゃってるから、ちょっと驚かせてお小遣い貰うぐらいで済ませちゃおうと思ってたんだけど――気が変わった」

「!」

「次の駅で降りろ。抵抗すればどうなるかわかるよな?」


 こめかみにぐっと押し付けられるもの。見るまでもなく、それが何かをハヅキは理解した。


 ――拳銃だ。




 

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